悪魔の宴と2枚の金貨
結構主人公ひどい目に合います。
共感できる方には不快に感じるかも
しれません。ご了承ください。
基地の渡り廊下を歩く司令官は追従する
部下に歩きながら話す。
「なんとしてでも奴から情報を引き出せよ
俺の、いや基地の評価がかかっているからな」
司令官の浅い企みに気づかぬふりをして
部下は返事をする、ふと疑問を投げかけた。
「司令官殿、私から見ればエリックという男、
経歴、話し方、性格、どれを見てもただの一般人に
しか見えないのですが···」
気に入らない司令官は立ち止まり、
眉をへにゃりと曲げて怒りを露にする。
「···貴様、上官の俺を疑うのか」
「そんなつもりは滅相もございません!!
ただ、表向き一般人の人間を捕虜にするとなると、
上にはどう伝えればいいのか気になったもので」
「上には伝えるな」
司令官の突然の軍法違反行為に部下は
耳を疑う。軍には当然どの基地に対しても
報告義務が課せられている。情報の統制が
かなり戦況に影響を与えるからだ。
「伝えるなとはどういう···」
「今はまだ時期ではないだけだ。
密偵を一人捕らえただけでは
大した成果にはならんだろ。
奴を足かがりに行方が途絶えたクロハ領主を
発見すれば、この戦地で我々が
最も功績を挙げたことになるやもしれんぞ。
ワハハハ!!」
「は、はぁ」
「それより、あの化け物どもの正体は分かったのか?」
外には怪物の姿はなく、駐屯地基地はいまだ
暴れた爪痕が残されていた、まるで巨大な岩が
幾重にも落ちてきたような穴ぼこができている。
基地の人間は復旧作業と前線で
怪我を追った兵士を運ぶ作業で追われている。
「はい、腐敗の危険性があったので
解体して焼き、一部のみ、保管しました。
学者が胃の内容物を調べた所、
北方の地にしかない植物が摘出されました。
北の観測所からは襲撃を受けた前の晩に
月を覆い隠す大きな影と低い轟音が
確認されたとのこと。
更に仕留めた生物の体には黒い謎の球が
いくつか埋め込まれていたようです」
牢獄の外からは鳥の鳴き声と
爽やかな風が吹いている。
渡り廊下を歩く人間の足音が恐ろしく、
一人の時間は目を瞑り、耳を塞いですごした。
そしてその時がついに訪れた。
牢屋の前に拷問官があらわれ、
俺は引きずられて拷問室に運ばれた。
辺りは錆びついた血の臭いと生々しい拷問器具が
ところ狭しと並んでいる。一体どれ程の人間の
苦痛と叫びがここで生まれたのだろうか。
何も考えたくない、考えてしまえばこれから起きる
苦痛に正気など保てるわけないからだ。
拷問官は半ば無理矢理に俺を椅子に座らせ、
針金できつく四肢を固定させる。徹底的に
痛めつけるらしい。
まず手に持ったのは細い針だ。指の中をじわじわと
刺していく。痛みで跳ね上がる体は固定されている為、
虚しく顔だけが天井を仰ぎ見た。
天井には怨念が具現化したような黒いしみが
苦悶の表情を浮かべている。
しばらく拷問は続き、全ての指に針が仕込まれた。
痛む指からは鮮血が滲むように垂れ、
じっとりとした脂汗が体に流れる。
覚めない悪夢の中にいる気分を
痛みと苦しみで現実のものである事を悟らせた。
拷問官は日々の憂さ晴らしを
俺にぶつけているようだ。
起きては拷問をされる日々が6日経過した。
牢屋の水溜まりにやつれた自分の顔が見える。
手は拷問の跡で痛々しく無数に傷があり、
血濡れの包帯で粗く止血されている。
何回殴られただろう、体はあちこち軋むように痛む。
今日も眠れそうにない、起きてさえいれば
少しだけ、拷問される時間が先伸ばしになる
気がするからだ。
いつものように目と耳を塞いでじっとしていると、
鐘の音が聞こえてきた。地鳴りが
石の出っぱりに座り込む俺をゆり落とす。
山が鳴いているような低い唸り声、この音には
聞き覚えがある、空を覆う怪物の群れだ。
力の入らない体を起こして鉄柵の隙間から
外を覗く。そこには逃げ惑う人の姿と、
怪物が朝日を背に空中から攻撃を仕掛けている。
咆哮をすると大気が割れて一直線に
空気の塊が地面に向かい、全てを押し潰す。
標的にあった基地の矢倉は
根元を大地ごと押し潰されて倒れる。
怪物は空からこの基地を襲撃しているようだ。
連合軍の陣頭指揮をするのは
冷徹な司令官である。
「各員に次ぐ、全ての滅弩[めつど]を起動し、
早くあの黒ミミズどもを撃ち落とせ!!」
陣形を組み、攻城戦用の巨大な大弓を
10人程で矢をつがえ、空へと飛ばす。
矢は飛翔する鳥のように推進し、怪物へ命中する。
接触した部位からは赤黒い粘土の高い血が地上へ
吹き出し、怪物は低い唸り声をさせて地上へ堕ちる。
落下の衝撃で地震のような揺れが辺りに響いた。
兵士達は歓声を上げて、次の獲物に狙いを定める。
しかし、怪物は地上へ堕ちてもなおうねる体を
武器に地上の兵士を薙ぎ払う。
果敢に立ち向かう兵士を吹き飛ばし、
巨体に巻き込まれる姿は
まるで潰されていく羽虫の様だ。
下に堕ちた怪物に気をとられていると、
空中の怪物の群れが一斉に咆哮を地上へ浴びせる。
十数もの大気の塊が大弓や建物、兵士を無残な
姿に変えていく。
「我々の攻撃手段を把握し、破壊してくるとは···。
軍用ゴーレムを投射せよ、空中から叩き落とせ!!」
司令官の号令に、建物から鉄の砲台が出現する。
砲台からは黒鉄の球体を発射される。
球体は姿形を変え、
体長3メートルの鉄人形に変形した。
怪物に貼りつくと腕をかざして
巨体に向かって振り下ろすとくの字に曲げて
悲鳴を上げる怪物は宙で暴れ回る。
発射されるゴーレム達は次々と怪物に貼りつき、
肉弾戦で怪物達の攻撃を阻止する。
依然としてこの戦闘は連合軍の優位のようだ。
空中にいた怪物達は20体近くの内、
半分以上がゴーレムに妨害を受けて落ちていく。
クロハ領の兵士が負ける理由も分かる。
最新の装備を持ち、統率力の高い兵士達は怪物達を
圧倒していた、恐怖を覚える程に。
「貴様!!!···ぐあぁっ!?」
後ろから見張りの兵士が大声を上げ、
鈍い打撃音が牢獄に響き、後ろを振り返る。
そこでは見覚えのあるフードを被った男が
兵士の鎧の隙間にナイフを突き刺し、
首元を突かれた兵士が生き絶える瞬間であった。
無惨にも兵士ごと甲冑が地面に叩きつけられ、
兜が地面を転がっていく。
男は淡々と兵士の死体をまたいだ。
「逃がしてやる、そこから出ろ」
「ふざけるな!!!誰の、誰のせいで
こうなったんだと思って思ってんだよ!!!ゴホッ」
元凶となった人間を前に俺は怒りを抑えることは
できなかった。血混じりの咳を吐き、なおも
この激昂は収まる事を知らない。今までの苦痛は
この男の身勝手な行動によって
生み出されたものなのだから。
「俺は命令されてここに来た。
お前に同情し、助けに来た訳じゃない。
好きなだけ恨め」
男の自分勝手な釈明にこれ以上何も言う事は
できなかった。
基地から脱出し、今なお戦い続ける怪物達を
見えなくなる手前で確認する。
何故かその光景は嘆きと悲しみに満ちた
哀れな姿に写った。
男は無言で、道案内をする。
こちらも会話をする余裕も気分もなかった。
何よりこの男と話をする事なんて
頼まれたってごめんだ。
途中、増援部隊が走り過ぎていったが、
茂みに身を隠すだけで難なくやり過ごせた。
1日中歩き、星明かりを頼りに
暗闇を探るように歩く。着いたのは
森に囲まれた石造りの神殿だ。
知識と時を掲げる女神、オリハンテの銅像が
この世を偲ぶように静かに佇んでいる。
神様を信じている訳じゃないが、
あの苦しみから解放された今、
教会に寄付してでも普遍な生活に
喜びを感じていたいものだ。
神殿の周りは森に囲まれており、
崩れかかった柱は触ると青苔と蔦の感触があり、
歴史の重みを感じる。
神殿の奥へ入っていくイアンに
少し離れて着いていくと少し歩いただけで
神殿は石積の壁で道が途絶えている。
イアンが特定の石に触れると
石壁は霞みがかって消えていく。
魔法の一種だろうか。
暗闇の更に奥へ進む、すると奥には
暖かみのある光が見えてきた。
そこには町ひとつ神殿の中に収まっており、
外の無人の静かな印象とは想像のつかない程に
たくさんの人間が生活していた。
ここは一体······。
店や倉庫が壁一面両側に並んでおり、奥の大広間は
きらびやかな装飾に彩られた噴水がある。
中は神殿とは思えない大きさだ。
建物の中でも明るいのは光が宙を舞っていて、
天井は星のように光がついている。
クロハ領は魔法とその応用力に
力を入れていたと聞いていたが、
実物を見ると感慨深いものである。
しかし物資が足りていないようで、
至るところで人々が恐々としている。
イアンに着いていった先には
一際大きい建物がある。
建物は神殿と一体になっており、
壁の中をくりぬいた作りになっている。
「この中に入って三階にいけ。
······俺は用事あるからこれで」
つくづく勝手な男だ。建物の中は
書類と人で埋まっており、すれ違う人間は
いかつい顔した人間ばかりだ。
言われた通り3階へ行くと登った先には
重厚な鎧兜を着けた騎士2人が立ちはだかる。
明らかに身なりは一般の兵士とは違う。
高貴な貴族の騎士のような見た目だ。
「この先は関係者以外立ち入りを禁じている。
身分を明かしてもらお···ん?」
騎士はこっちの体を確認し、大きく溜め息をつく。
「はぁーイアンめ、虫の居どころが
悪くなって逃げだしたか。
···すまない、君が件のアレン君だね。
私は近衛騎士副長をしているヴェルートだ。
詳しい話は中へ」
ヴェルートと名乗った騎士は
旧名の名前を知っていた。
どうやら狼と共にいた少女から話を聞いたのか。
となると、あの場から逃げ延びたようだ。
3階中の部屋は、
周りの部屋より綺麗で管理が整っている。
一際豪華な椅子に座るのは
世間を騒がせる今最も有名な人間。
クロハ領、現領主ロベルト・スコットの姿があった。
クロハ領主は宮中から行方不明になっていると
騒ぎになっていたが、
この神殿に落ち延びていたようだ。
噂では近衛騎士がクロハ領主を殺し、人知れず
死体は焼かれて埋められたとか、裏の賞金首狙いの
人間に捕まっているなど色々な話を聞いたが
見つからず戦闘区域から逃げているとは誰も
夢にも思わないだろう。連合軍が血眼になって
探しているのも頷ける。
領主は俺が数年前ここを訪れた際に見かけた
肖像画と変わってはいない。透き通った金髪に
立派な髭を生やし、サファイア色の瞳をしている。
年齢は40代後半だろうか、若い領主だが、
気品と威厳のある懐の深いオーラをまとっている。
「我がクロハ領18代領主、名をロベルト・スコット
まずは君には悪い事をした詫びをせねばならんな。
すまない」
「ロベルト様!? 顔をお上げください」
近衛騎士達はあわてふためく、しかしそれでも
クロハ領主は頭を下げ続ける。
「ヴェルートよ、この問題は
我がクロハ領の軽率な行動が招いた凶事なのだ。
この者の苦痛が如何様なものであったか、
我には到底はかり知れん。
詫びは罪なき者を巻き込んだ者への当然の行為ぞ」
俺はこの光景に違和感を覚えた。
何故、このような真面目で誠実な領主が
この領土戦争を引き起こしたのか。
そこに全てのきっかけが集約されている気がした。
思いきって事の発端を領主へ尋ねてみる。
「ロベルト領主、今回の領土戦争
貴方が望んで起こしたというのは本当ですか?」
領主は苦い表情で重く横へ首を振る。
悲嘆と覚悟のこもった顔に
こちらも自然と体が強張る。
領主はしばらく沈黙していたが、
何かを決意したかのように踏ん切りをつけて、
その重い唇を開け、話始めた。
「我々クロハ領は代々魔法の基礎と
応用の研究に財を投資し、
ゆっくり着実に研究は実を結んでいった。
まじない紙や精霊学の発見などだ。
更に初代クロハ領主の待望でもあった
この世界と異なる三千世界の扉を見つける手段も
何百年と月日をかけて
我の代で見つける事が叶った」
「異なる世界の扉とは?」
「言葉の通りこの世界以外にも世界があり、
精霊や竜、天上の都や悪魔の迷宮など我ら人類の
思慮を越えた超越した世界に繋がる扉だ。
扉は物理的な物である事もあれば何らかの行動が
きっかけとして扉が出現する事もある。
我らクロハ領は古より祭られる神殿を調べ、
精霊世界、夢想世界、竜の都の発見に至った。
しかしこれこそが
全ての最悪の始まりであったのだ。」
34日前、日朝・書記ロベルト・スコット
クロハ領主である我は次々と
報告に上がる精神病に頭を抱えていた。
精神病は脈絡なく発症し、患者は凶暴化し人間に
襲いかかる奇病である。
名は狂気病とされ、クロハ領主は
全町村に病の伝令を配布、
発病患者は夢想世界と妖精世界の
精神を安定させるまじないを治療に当てた。
その効果は凄まじく、
瞬く間にあらゆる領土へ情報が回る。
当然他の領主は軍事転用や私腹を肥やす為、
研究成果の横取りや
同盟を結ばせ代価を手に入れるのを目的とし、
ひっきりなしにたくさんの領土から
大使がクロハ領へ訪れた。
その時、領主の間で最悪の事態が起きてしまう。
狂気病を発病した近衛騎士の1人が数人の大使を
剣にて殺害、周りの領主とは関係は絶縁。
好戦的なシルバーラット領主の
クロハ領の開戦行為であるという発言が
他の領主達を焚き付け、領土戦争が開戦された。
我らの研究は他の同族に
搾取される運命にあったのか。
何故我らの領土でのみ、狂気病の発病が起きたのか。
未だなおこの事実は解明されていない。
話しすぎて疲れたのか、クロハ領主は
背もたれに寄りかかり、大きく息を吐く。
「詳しい話はまた後日にしよう。
アレン君、君には休息が必要だ。
使いの者に案内をさせるから
今日はゆっくり休んでくれ」
クロハ領主は全ての経緯を話してくれた。
狂気病、異なる世界、領土戦争のきっかけ、
そして全面的に領主は今回の捕虜の件について
クロハ領側の非を認めた。
謝られたからといって痛みが消える訳ではないが、
理不尽な扱いを受け、疲弊した心の苦しみが
和らいだような気がする。
しかし他の近衛騎士は
あまり歓迎していない様子だ。
確かにこの緊急時に領主の頭を下げさせる輩など
厄介極まりない存在と認知されても仕方がない。
長居はせず、立ち去る事にした。
外に出ると、クロハ領主の
言っていた従者が待っていた。
ボサボサの白髪にグレーのロングコートを着て、
壁を背にしてあくびを交えながら、
スモークオイルを吸っている。
スモークオイルは亜熱帯の幻想樹という
木の樹液から生成される液体である。
少量を専用の紙に垂らして燃やす事で
人間の気分を落ち着かせる効能の煙を出す。
ようは嗜好品だ。
「おう、来たか」
男はこちらの姿を視認すると、起き上がるように
壁から背を離し、
ゆったりとあさっての方向へ歩き出す。
「腹減ったろ、うまい店あるから行こうぜ」
腹の虫には逆らえない、
男についていく事にした。
エリックが退室して10分後。
クロハ領神殿内部、領主部屋
「···我は思うのだ。
我自身にもっと力があれば今回の戦争をも
回避できたやもしれぬ。
戦闘で命を落としてしまった者達は死なず、
皆が自らの人生を謳歌できたであろう」
クロハ領主は視界に映る書き綴られた
死亡確認された兵士の名を見て
消え入りそうな声で語る。
近衛騎士達は生前知り合いだった者を思い浮かべ、
領主と気持ちを重ねた。
「ロベルト様、道中ば倒れた者達は我らクロハ領を
守る為、命を賭けて
戦い抜いた勇者であり誇りです。
彼らの願い、どうか聞き入れてください」
騎士、ヴェルートは
領主の前にかしずき、頭を下げる。
部屋にいる者全てが同じ気持ちを抱いていた。
「我がこの領地を捨て、他の領地に亡命する話か」
「はい、スコット家の血を世代をかけて受け紡ぎ
いつかまたこの領地をクロハの旗を掲げるまで、
貴方は死んではなりませぬ」
他の近衛騎士もヴェルートに習い、
領主の前に片足の膝を床へつけていく。
「我を生かせば両軍何百、何千と死ぬぞ」
「それでもです、貴方が倒れればクロハの領は
立ち行かない、生きてください」
「···········」
扉の外は焦る人々の足音が強まる。
静止を打ち破るようにノックの音が響く。
「入れ」
血相を変えた兵士がなだれ込むように入り、
息悶えに報告する。
「はぁはぁ、各地より伝令!クロハ領の首都が
連合軍によって制圧。遠方の砦を残すのみです」
「ばかな!?首都には七千の兵士がいたのだぞ、
たった2日で崩れるなどありえぬ」
近衛騎士達はざわめき、混乱する中クロハ領主は
ただただ口をつぐんだ。
「···それで首都の詳しい状況はどうなんだ」
領主の意を汲み取るようにヴェルートは
兵士に詳細な情報を求めた。
「ハッ、首都の防衛線を張り、
人員の配置までは滞りなく進んでいた所
近衛騎士四将軍の1人、アルキメデス様が寝返り
直属の兵士八百を連れ首都内部より襲撃。
警備の手薄であった
近衛騎士四将軍であるメイナード様の寝室を急襲。
メイナード様を始めとした
多数の騎士が討ち取られて連携が崩れ、
瞬く間に三万の連合軍に制圧されたの事」
「アルキメデス!!命惜しさに騎士の誇りを捨て、
我ら近衛騎士を裏切りおったか!」
老騎士は歯ぎしりをし、
戦略地図の広げられた机を叩く。
ヴェルートはあまりの驚きによろめいてしまう。
各々はメイナードの死とアルキメデスの裏切りに
錯乱し、衝撃を受けた。
「馬鹿な、アルキメデス。
四半世紀もの間
共にクロハ領を守ってきたではないか」
落胆する領主は遥か前の誓いの儀を行う
若きアルキメデスの姿を思い返していた。
首都が制圧されて二時間後。
クロハ領首都、夕焼けの都[サンセットキャピタル]
戦闘の名残で家や店は破壊されており、
果てた兵士の亡骸は
打ち捨てられたように広場へ置かれていた。
連合軍の兵士達は続々と首都へ侵攻し、
今なお抵抗する捕らえられたクロハ領兵士を
押さえつける。
「おら、さっさと歩け」
捕虜を槍の石突きで押す連合軍兵士。
列を為すクロハ領兵士は百人程で、馬車の上にある
頑強な鉄檻に押し込められていく。
「おい、お前何人やった?」
連合軍兵士は作業をこなしながら
見知った仲間に話しかける。
「あー10人ぐらい」
「ブフフッ、嘘つくんじゃねーよ。
ちなみに俺は6人な」
兵士達は戦果をたわいもない世間話にしている。
下品でふざけた会話に聞いた捕虜の兵士達は
無言で下唇を噛みしめ、悔しさを押し殺す。
まるで全てを呪わんとする恨みがましい
瞳の火を灯しながら。
捕虜用護送馬車と入れ違う形で首都へ入る
高級な馬車は宮殿へと止まる。
次々とあらゆる方向から高級馬車は姿を現した。
迎えの兵士達は敬意を払い、頭を下げる。
降りてくる者達は皆身なりの良い者ばかりで、
従者が御付きとして手荷物を持っている。
「領主様方がお着きになられた。
門を開けよ」
門番に兵士が告げると、制圧済みである
宮殿の入り口の大門がゆっくりと開く。
中からは兜を抜いだ大層気位の高そうな騎士が
待っていた。
「お待ちしておりました、各ご領主様方。
中は安全です、お入りください」
「失礼、君は誰だね」
領主の1人が尋ねると、
その者はカツンとかかとを鳴らし
片腕を胸に当てて答える。
「これは失敬、私はアルキメデスと申します。
このたびは僭越ながら
助力をさせていただきました」
領主は少し頭を傾げる。
「アガレス様、この者は
元クロハ領近衛騎士四将軍の一角であり、
連合軍の軍門に下ったアルキメデスです。
内部より反乱を起こし、
我らの犠牲を減らしました」
従者は領主に耳打ちをし、こっそりと教えた。
合点がいった領主は
やや警戒しながらも手を差し出す。
「おーそうかそうか、騎士アルキメデス
よくぞ私達に協力してくれた。
君の待遇については領主会議にて決まるはず。
私から君の功績を議題に上げよう」
「この上なき感謝でございます。
ヒートスティール領アガレス・スミス領主」
アルキメデスは深々と頭を下げ、
アガレスはその前を過ぎ去る。
領主達は首都の中心部に位置する
宮殿の中へ入っていくのであった。
「ではこれより領主会議を始める」
会議参加者
ヒートスティール領領主、アガレス・スミス
ブルームーン領領主、ティラミス・アーモンド
パープルスワンプ領領主、ジャック・ラントーヌ
グリーンタイル領領主、イザベラ・イシュ
マウスクラウド領領主、イーサン・ベア
スノーガイア領領主、オスカー・ハート
元クロハ領近衛騎士四将軍、アルキメデス・ダリア
第二章・悪魔の宴と2枚の金貨、終