白い本、君からの手紙
僕が通っていた高校は、普通科のいわゆる進学校と呼ばれる高校のひとつだ。在籍する生徒たちは、多くの中学生が憧れるその校章付きの制服を普段着のように着こなしながら、文武両道の学校生活を謳歌している。
入学してからの僕はといえば、中学生の頃から何も成長できていなかった。
努力する才能だけに恵まれず、碌に勉強せず惰性に生きる日々を送っていた。それ以外の広く浅い万能さ、もとい異端さゆえに、僕はめでたく醜いアヒルの子と成り果ててしまった。放物線を描いて飛ぶ紙飛行機の揚力は、必ずどこかで重力に負けてしまう。その頃に芽生えた人間不信が、加えて孤独の居心地よさが、僕の人格の奥深くまで根を伸ばしていった。結果、僕は新しい環境にその身を置こうと相も変わらず、教室の隅で本を開き、イヤホンで耳を塞ぐ陰気な生徒のままであり続けた。そして自然に少しずつ、落ちていった。
まだ1年だったうちには唯一親しくなったオタク友だちがいたものの、クラス替えによって別々になってしまった。僕は2年になってもそれから後も、ずっと同じように生きるものだと思い込んでいた。協調性に欠けているからといって、期待にさえ応えていれば執拗に絡んでくる人間は進学校にいないし、そもそも大人数で学校生活を楽しむことだけが青春ではない。
そんなある日、僕は修学旅行の班編成をきっかけに、僕が僕になるためには欠かせなかった運命的な巡り会いをすることになる。
班編成は男女が別々に3~4人グループを作り、それを計7人になるようにくじ引きでくっつける単純な方法で行われた。僕が所属した男子4人のグループは、必然的に女子3人グループのどれかとくっつくというシステム。その3人の中にあの子が含まれていた。
あの子以外にも班の中にはもうひとり、Kさんという女子生徒も物語に絡んでくる。
聞くところによるとKさんは修学旅行を有効に使い、想いを寄せる男子生徒に告白をしたいのだという。その手伝いを秘密裡に行うことが、僕が同じ班員として追加で請け負うことになる裏の役割だった。
そして時は修学旅行当日を迎える。夕食後にKさんはパジャマ女子の犇めく部屋に男子生徒全員を招待し、二夜連続で自身の歌声を披露した。観客の視線を独占するKさんはさながらコンサート会場のアイドルのように輝きを放ち、どちらも盛況のうちに幕を下ろした。男子生徒へのアピールは大成功に終わった。
それからKさんは余韻の残っているうちに、彼を呼びだしふたりきりとなり、告白をする。
しかし、少なくとも僕には男子生徒の返答が予想できていた。あっけなくKさんの恋は蹴散らされるようにして終わってしまうことになる。
男子生徒は僕と同じ中学の出身で、カーストの高さは高校でも最上級。地味で目立たないKさんは弄ぶ対象として優良だった。このようにして構われることに慣れていなかったKさんの勘違いが始まってしまったのだ。
告白された男子生徒は悪意をもって断るだけに飽き足らず、そのときのKさんとのやり取りをすぐ周囲にばら撒いて歩いた。噂はあっという間に知れ渡り、現実を突きつけられたKさんは想いを伝えた代償にあらゆる自信を失ってしまった。
そして誰か話を聞いて欲しいと伸ばされた腕を僕が掴むことになる。残念なことに、メールや手紙のやり取りをする中で、Kさんが新しく別の誰かに恋をしてしまうのはそう時間のかかることではなかった。僕の「立ち直れるように」と導いた行為は「恋愛感情」という形で返還されてしまうことになる。その好意に僕は「拒絶」という形で処理をすることしかできなかった。僕はひとりの友人として手助けがしたかっただけなのであって、好きでもない人と付き合うことはしたくなかった。僕は傷つけることに深く傷つく人間であったため、一度傷つけてしまった人にはできれば二度と近づいて欲しくはなかった。僕はその旨をまっすぐに伝えた。それ以降、Kさんが僕に話しかけてくることはなかった。
もちろん最後に僕が選ばれたというだけで、僕以外にもKさんの腕を掴んだ人間はいた。その中のひとりには当然、Kさんと仲の良かったあの子も含まれていた。
僕とKさんとのやり取りを一歩後ろから眺めていたあの子に、僕は「こんなことになってしまってどうお詫びをしたらよいか」というように頭を下げた。
「君は悪くない」とあの子はいってくれた。
どうやらこの話をした時には既に、あの子の目に映る僕は独特な雰囲気を纏っていたようなのだ。実際には口が利けないんじゃないかというくらい陰気な本の虫だというのに。
対して、僕の目に映るあの子はといえば、容姿から伺える華奢な見た目とは裏腹に、クラスの太陽であるかのような存在感をもつ大きな存在だった。あの子の長く艶やかな髪や、高く透き通る声は多くの生徒を魅了する。僕には目を合わせることを躊躇うほど眩しく、それまであの子とは挨拶すらまともに交わせたことがなかった。修学旅行に行くよりずっと前から、昇降口で僕に「おはよう」と笑いかけてくれていたあの子に対しては、本当に思い遣りに満ちた人なのだろうという印象を持っていた。
告白の一件が落ち着いてから数日のこと。席替えで班ごとに机が並べられ、僕とあの子が後ろと前に並んで位置していた時のことだ。
「お互い手紙を書こう」
突然のあの子からの提案だった。君のことを何でもいいから知りたい、という旨のようだった。正当な理由がなければ断れない性分の僕は、適当な嘘を考えることもなくあの子からの提案を受け容れる。
なにやら面倒ことになってしまったと思いつつも、帰宅してすぐにルーズリーフを机へ広げた。社交辞令を交えつつ当たり障りのない文書にしようと緊張感をもって書き上げては、皺にならないよう丁寧にリュックサックへと詰め込んだ。
翌日、余計な事を考えないようにしながら手紙をほいと手渡すと、あの子からも同じように、分厚いルーズリーフの手紙を受け取った。
こうして僕とあの子は、それまで決して観測することのできなかった、文章上にのみ存在する「君」と出逢うのだった。
昼休みに人目を盗んで手紙を手に取った僕は、ひと気のない特別棟の男子トイレの個室に入り、言葉に表すことのできない不思議な感情に包まれながらもおそるおそる手紙を広げ、視線を落とす。
短い文章に一体どれだけあの子の陰なる部分が書き記されていただろうか。
僕は大切なものをどこかで落としてしまった時のように、気になる箇所を納得できるまで何度も何度も読み返した。全部で3枚に渡る手紙はほんの数分のうちに、文字を読む僕の掌へと今まで経験したことのない大きな衝撃を与えた。
あの子の体には自分で望んで付けた切り傷と、両親から強制的に与えられた傷があることを知った。
あの子の心には、高校に入学するまでの間に受けたたくさんの傷があり、また、支えとなってくれた唯一の味方であり、他の誰より愛していた人を自殺で失った傷があることを知った。
そんなあの子は喘息と解離性同一性障害、他にも過呼吸や失声症、たくさんの苦しみを背負って生きてきたことを知った。
あの子が周期的に遅刻するのは朝が弱いからなのではなく、病院に時間を取られていたからなのだとその時ようやく理解した。
両親に対して殺意を抱いている子どもが、こうも近くに居たことに心底驚かされた。それだけではない。そんな記憶を抱えた少女が、当たり前のように人の輪の中心に立ち、誰よりも笑っている事実を僕は受け容れられずにいた。
いつのことだったか、「君は笑っているのに笑っているように見えない」という話をあの子にした記憶が脳裏を過る。果たして、誰ならばあの子の異常さに気づいてあげることができたのだろうか、と疑問が浮かんだ。しかしそんなあの子と交わした断片的なやり取りの数々の中に、自身の不甲斐なさが露見するだけだった。
僕はあの子の言葉に触れているうちに、当たり障りのない文章をしたためたことを酷く後悔していた。頭の中では、他者のどこを見ながら今まで生きてきたのだろうという問いが駆け巡った。
ただどれだけ考えたところで過去の自分は変えられないと思い頭の中を白紙に戻すと、次にはあの子に何をしてあげられるだろうかと、先のことを考えることにした。
一方は陽、もう一方は陰。広い学校という空間の中で、人知れず僕があの子にとって、たったひとりの味方として認識されるためにはどうすればいいのか、その方法を永く、思索した。
僕の妄想の世界では、まだ幼気な瞳で空を見上げ、果てしない青さに感銘を受けているような、無垢で、臆病で、涙脆い、幸せそうに笑うことができるあの子の姿が遠くに見えていた。
結果として、口下手な僕には文章を書くことしかなかった。二万字を超えるファンタジー小説を趣味で書くような人間だ。今度こそ洗いざらい僕の全てをあの子に晒そう。それ相応の対価を払えば、あとはなるようになるだろう。そう考えていた。
僕の陰気な性格は、生まれた環境の所為ではなかった。中学に上がるまではどこにでもいる優等生の学級長を務めてすらいたくらいだ。いくらでも明るい振る舞いはできるはずだった。苛めは決定的な原因ではない。僕を殻の中に閉じ込めたのは、たったひとつ、友との別れだ。
そもそも僕がオタクになったのは、インターネットの面白さに気づけたのは、本を読み、絵を描き、歌詞を書き、歌を作り、歌を歌うようになったのは全て、あるひとりの親友に影響を受けたからだった。どこまでも個性的な親友は、ネット上では時代の寵児であった。僕は隣に座る親友から新鮮な知識を吸収しながら過ごす日常に「楽しさ」を見出していた。その親友とはそのまま卒業までの2年間を共に過ごせると約束されていた筈だった。
9ヶ月後、学校から親友はいなくなった。将来を見据えての転校だと本人から聞かされた。行きたい高校が千葉から遠く離れた北海道にある、という話だった。
しばらく僕は途方もなく永い時間、喪失感に苛まれることになる。
道標とは少し違う、競い合うライバルを無くしたような、付け加えるとすれば向上心を持つ意味そのものを失ったような気分がした。僕の掌に残されたのは、誇るには程遠い中途半端ないくつかの芸術の素質くらいだった。
来る日も来る日も楽しい出来事がない日常の波に流されていると、親友がネット上から姿を晦ましたことにふと気がついた。直接の連絡を取る手段のなかった僕は、頭の隅で気に留めるくらいが、できるせいぜいのことだった。
遥か遠い地で女の子は若くしていくつもの病に罹り、心臓を患い、幾度にも渡って難しい手術を行った末、大量の血を失ってしまった。何日が経っても目を醒ます気配がない。そんな親友についての話を、永い時間が経ってから人づてに聞いた。それ以降、親友の話は誰からも耳にしていない。ただ、親友が生きていてもいなくても僕がこれ以上何かを失うわけではない、そう思ってしまう僕がいることに嫌気がさしたことは覚えている。
そんなこんなで今の僕がいる。僕にはたくさんの趣味がある。その多くをひとりの親友から貰った。
他にも、生まれてからなくなるまでずっと先天性脳腫瘍と闘っていた友人の話。机に花瓶が置かれて遊ばれるような友人の自殺を止めきれなかった話。捨てられた猫の話。
あの子に宛てた手紙にはこんな風に僕が経験した出会いや別れの話をたくさん書いたような気がする。
手紙のやり取りをしているうちに、大切な人を失うくらいなら、孤独でいた方が穏やかでいられる。と、僕の秘めていた想いを綴ったこともあったかもしれない。
そうして僕に与えられた限りのある時間は、あの子のためだけに動くようになった。
とめどなく溢れ出てくる言葉を何度も何度も紡いだ。
きっと一ヶ月とかからなかっただろう。
「全部引っくるめて、君という人間が好きなのだから」とあの子は文字に起こしてくれるようになった。僕たちは互いを「友達」とひと言で表すことのできない、「大切な人」として、赦し合うことができた。
天文部の部室で絵しりとりをした。天文台であの子の鼻歌を聴いた。図書館であの子が好きな文庫本を探して内緒で読んだ。下駄箱にプレゼントを入れた。一緒に下校して野良猫と戯れた。城址公園から隣り合って街を見下ろした。ひとつの傘で駅まで歩いた。手を繋いで歩いた。数えきれないくらい屋上に忍び込んで、赤く染まる夕日が見えなくなるまで空を見ていた。話をした。いつもあの子の側にいた。
僕は……幸せだった。
あの子もまた、きっと。
僕たちは恋人同士ではなかった。言葉で定義する必要のない、ふたりだけに通じる関係だったと今でも思う。それを僕は本物の「家族」と呼んでいる。
僕は他の誰よりも、あの子を守れる存在でありたかった。
それでも、必ずいつしか、別れの日は訪れるのだった。
あの子には、もう一人大切な人がいた。別の高校に通っている、あの子のクラスメイトだったSだ。僕とSは、あの子という共通の大切な人を通じて知り合い、時折3人で遊びに出かけたりするような不思議な仲だった。
けれどSは初めからあの子のことを異性として見ていた。Sからしてみれば、どこの馬の骨かもわからない人間に、好きな人と時間をかけて築き上げた自分の立ち位置を奪われるかもしれない。そんな懸念があって当然だったはずだ。
あの子の中で大きくなっていく僕という存在に危機感を覚えたからなのか、Sは紅葉が舞い落ちる頃、あの子に告白をした。
僕はそのことを、あの子から屋上で聞かされた。Sの存在を耳にしていた頃から予想はできていた展開だった。
「君は、どうすればいいと思う?」
あの子の口からはそんな言葉が零れた。
選ばなくてもいいのか、それとも、選ばなければいけないのか。あの子には大きすぎる選択だったようだ。
あの子は大切なものがひとつでも欠けることを誰よりも恐れている。それでも、僕はあの子を家族だと、あの子は3人が兄妹だと、互いに信念があった。
「君の好きなように選ぶといいよ」
この僕のひと言が、僕らの行方を決定づけたのかもしれない。僕はあの子という居場所を諦めたのではない。例えどれだけ傷つくことになっても、あの子の幸せの為にしてあげられる最大限の選択をすることに変わりはない。
僕の中ではこの時既に、物語は完結していた。同時に、僕は少しずつ僕ではなくなっていくのだとわかった。
付き合うことになった。
と、数日後にあの子から報告を受けた。「おめでとう」と、僕は心からあの子に告げた。
これからも大切な人でいられるかな。
今度は溢れ出てくるそんな言葉たちを、余すことなく呑み込みながら。
彼は、あの子を僕に寄せ付けなかった。あの子は彼に望まれるがまま縛られた。
「もう君に何もしない。何かをされるのも全て拒否する。彼が不快に思うこと。傷つくような言葉。全て今日が最後だ。」
夕暮れの屋上であの子に渡された手紙には、そんな言葉が刻まれていた。とても重たい一枚だった。
手を繋ぐことも、大好きを伝え合うことも出来ないことを、僕は初めて手紙を読んだときから受け容れていた。今ここにあの子がいることそのものが奇跡なのだと、深く息を吸うように実感した。
僕の、心だけが泣いていた。一ヶ月と少し、絡まっていた糸の千切れる音がした。
あの子は座り込んで俯く僕に頭の上から毛布を被せて、覆いかぶさるように強く抱きしめた。誰かに抱きしめられたのも、これほど近くにあの子を感じたのも僕には初めてだった。
そしてこれが最後なのだと、僕は眠るように瞼を落とした。
足音が非常階段から遠ざかっていく。僕はついさっきまで絡まっていた糸を手繰り寄せて、千切れた先端を撫ぜるように、夜が訪れるまで、闇に呑まれていく空を見ていた。
その日からしばらくの間は、僕は彼女の目の届く浅いところにいた。彼女が諦めることのできなかった僕が、まだ微かに息をしていたようだ。
僕の首には、彼女がクリスマスプレゼントでくれた、名前の刻まれた手作りのネックレスが輝いていた。
その時の僕は、彼女と彼とのクリスマスデートが終わった後に、屋上で告げられた
「愛したかった」
という重たすぎるひと言を、彼女を視界に捉える度、顔に出さないように思い出していた。
彼女はネックレスの他に、手紙ともうひとつ、白い本を僕にプレゼントしてくれた。
マス目が付いているだけの、真っ白な本。物語を読み、物語を書く。そんな僕を思い浮かべて選んでくれたに違いない。僕はそれを彼女との日記にしようと決めていた。彼女と過ごした一日一日を記録するためだけに使った。僕が僕でいられた間、25頁に渡って文字は敷き詰められている。
これから先の出来事は、殆ど僕の記憶には残されていない。
彼女に拒絶されてから三週間が経った頃に、僕は再び屋上へと呼び出された。
あの紙切れは間違いだった。
そんな風なことを伝えられた。
こんなに離れてしまうなんて、傷つけてしまうなんて思ってもいなかった。そう彼女は悲しんでいた。
「一緒に居たい」「君を愛していたかもしれない」と震えた声が聞こえた。
壊れてしまったものは二度と元には戻らない、昔彼女が言っていた言葉を思い出した。同時に、僕の幸せがもうどこにもないことを受け容れてしまった。
「失って初めて気がついた」と彼女は言った。
僕は聞こえないように呟いた。
「遅すぎるよ」
結局その日屋上で、僕たちの関係が修復されることはなかった。
それ以降、異常だった日常は元の形に復元され、彼女が僕の居る屋上を訪れることもなくなった。すれ違っても挨拶をすることさえしなくなった。
やがて校舎は桜の花で彩られ、僕たちのクラスは文系と理系で離れ離れになり、教室で受験に追われる彼女の姿を探すこともなくなった。
僕は一人も友人のいない教室で、ただ只管穏やかに、彼女が愛した本を集めては読んでいた。
梅雨が明けた頃、Sから「別れた」と聞かされた。彼女の心から愛と呼べる感情がなくなってしまったようだった。その代わりに、僕への膨大な罪悪感が渦巻いていることを僕は全く知らなかった。
言わなければ伝わらないことは、思っているだけでは伝わらないことはたくさんある。と彼女はよく言っていた。僕は彼女の口からいつまで経っても教えてもらえなかったことに不満を抱いていたように思う。
夏休みには、僕の誕生日の2日前に、一度だけ彼女とふたりで遊びに出かけた。
13年前に廃墟と化したテーマパークがふたりで選んだ行き先だった。錆びついたフェンスを乗り越え、いくつものトンネルをくぐりぬけ、道無き道を枯れ草を掻き分けながら進んだ。その先には防波堤に打つかる激しい波の音が遠くから響いて聞こえ、色褪せたガラクタが無雑作に転がっていた。辺り一面に広がる過去の栄華の残骸は、今の僕にそっくりだと思った。
彼女の一歩後ろを歩く僕は、二度と握ることのできない彼女の右手を、そっと見ていた。彼女もひょっとしたら僕と同じように、人生で一番幸せだった時のことを思い出していたのかもしれない。
もう僕たちの間に、名前のつけられる関係はそっくりなくなってしまっている。ふたりぼっちと呼ぶのが相応しいくらい、どちらも相手が自分を見ているようには思えなかった。
それから先の彼女は尚更受験勉強で忙しくなり、僕と会うことは殆どなくなった。
11月の彼女の誕生日を取り上げてみても、特記に値するようなことは起きていない。
あるとすれば11月10日。前触れもなく渡したいものがあると屋上に呼び出され、先日僕が母に渡せと命じられたプレゼントのお礼にと、母用の手作りのヘアゴムをプレゼントしてくれた。
ただそれは僕に会うための正当な口実だったのかもしれない。
途切れ途切れの他愛ない話をしながら日が暮れるのを待っていると
「好きな人はいる?」と問いを投げかけられた。
僕は時間をかけて何度も心の中で反芻し
「いないよ」と後悔しない返事をした。
今でも君を愛している。そのひと言を伝えることができたら、どれだけ心が晴れるだろうか。けれども僕はそれ以上、何も言うことはなかった。
彼女は「そっか」と空を見上げると、寂しい気持ちや誰かを抱きしめたくなる気持ちについて話し始めた。
僕には話を続ける彼女がどうしても、泣いているように見えた。
静寂が訪れると、今日はありがとうと彼女は階段を降りていく。その時僕は彼女を、らしくもなく追いかけようと思った。
丘に立つ校舎から続く下り坂で、僕は彼女に追いついた。「一緒に帰ろう」と声をかけるも、僕の直感はどうやら正しかったらしく、彼女は一向に返事をしなかった。僕はただ、側にいようと思った。
城址公園に続く鳥居を横目に通り過ぎ、目が会うだけで挨拶をしにすり寄って来る猫のお家に寄り道をすることもなく、駅に続く橋を渡ろうとした時だった。彼女は橋を渡らず足早に、川の上流の方へと進路を変えて、岸まで降りて歩を止めた。
後からゆっくり近づくと、「なんでついて来るの」「来ないで」と彼女は流れる川に向かって声を張り上げた。彼女の叫び声を聞くのは初めてのことだった。
何を言われようとも、立ち竦むばかりの寂しさに溺れた彼女のことを、僕には抱きしめてあげることさえできやしない。そうする僕を僕は許すことができない。
彼女はやがて、しゃがんでは顔を隠し泣き始めてしまう。何度も鼻をすする彼女を、僕はただ三歩離れたところから見下ろし、血が滲むほど強く拳を握りしめるだけだった。日が沈んで辺りが真っ暗になるまで、僕たちは絵画のように変わらずそうしていた。
徐に立ち上がって帰り始める彼女の三歩後ろを僕は付いて歩き、電車の扉が閉まるまで、その小さな後ろ姿をじっと見つめていた。
卒業式までは束の間だった。クリスマスや正月に何度か彼女と会ったものの、僕が愛した彼女の面影は綺麗にどこかへ消えてしまっていた。
バレンタインを目前にして、ふたりで行ったカラオケボックスで僕は、彼女の真意を探るために告白をした。彼女なら、僕が本気で付き合いたいと思っているわけでも、1%でも付き合える可能性があると思っているわけでも、ないことくらいわかっていたはずだ。返事は当然に「ごめんなさい」で、彼女にとっての僕という存在は、もはや罪悪感ひとつで繋がっているだけなのだろうと感じられた。僕は彼女に「一生僕を愛することはない」と言いきれるかを訊ね、「君を一生愛することはない」と彼女は口にした。
僕のことを絶対に独りにはさせないという見えない糸が、そうしてやっと切り離され、彼女は責任や罪悪感から開放されたのだろうと今となっては思う。
その後白い本に四月の文字が記されることはなく、彼女との思い出が記された日記は卒業の日を最後に途絶えた。
「私にはもう、君と向き合うつもりはありません」
彼女から二度目の拒絶を向けられたその日は、蝉時雨の降り注ぐ、僕の19歳の誕生日だった。
僕は19歳を迎えたその日から、少しでもまともな人間になろうと努力をした。明るく優しく、強い人間になろうとした。そのために日本中たくさんの人々と意思疎通を図った。手紙を書いて、相談を聞いた。少しずつ成長しながら、僕は誇れる新しい趣味も見つけた。そんな新しい日常を過ごしていても、それでも。
僕が彼女のことを思い出さない日はなかった。このまま五年や十年といわず、死ぬまで忘れられないのだろうかと頭を抱える日もあった。でもそれは仕方のないことだった。
僕にとっての彼女という人間はたった一人の、大切な家族なのだから。
僕だけはまだ彼女から貰ったものの全てを、命よりも大事にしている。
彼女と過ごした時間は僕の全てだ。忘れたくはない、忘れることはできない。
僕は彼女が大好きだといってくれた時のまま、変わらずに今日を生きて、明日を生きて行くだけだ。
子どものままでも構わない。彼女を忘れて生きることが、大人になることだとは思えない。
最後にもう一度だけ逢いたい。でも奇跡は二度と起こらないものだとわかっている。
彼女の手にはもう指輪が嵌められている。もう二度と逢うことはできない。
それでも僕が一番に望むのは、彼女が幸せでいることだけなのだ。
彼女が幸せなら、僕は孤独でも幸せだ。
この命がなくなるその日まで、白い本を閉じて、想い続けよう。
糸をほどいて、言葉を紡いで。
それができたのなら、君はもう独りじゃない。
ずっと君を愛してる。




