9話 始まりの始まり
「……」
銃を後頭部に押し付けられ中本は持っていた銃を床に置き両手を上げる。
「……若いな」
「黙れ」
中本の後頭部に銃を押し付けていた男、国沢は中本を黙らせるように銃を更に押し付けた。
「……お前がフェンリルか?」
「いや?」
「……」
国沢は小さく舌打ちをする。
「お前、例の偽聖字って部隊か?」
「知ってるのか?」
「ユグドラシルの魔核を体内に取り込ませる技術……ね。お前、フレームの仕組みを知っているか?」
「……」
国沢は答えない。
「本来魔核を体内に取り込むと、人ではなくユグドラシルよりの存在になってしまう。下手をすれば魔核が肉体を支配して人格すら失ってしまう可能性がある」
「そこで聖字の理論を応用した」
「ほう、知ってるのか」
「聖字は魔核にフレームと呼ばれる魔核が肉体に浸透しないようにするための加工がされている。これがどうやって出来ているのかは分からないが、これを偽聖字にも応用した」
「だが魔力を使うと魔核が大きくなる現象に合わせてフレームも大きくなる聖字と違って偽聖字のフレームは魔核と合わせて大きくすることが出来ない。だからフレームよりも魔核が大きくなってしまうと―――」
「フレームアウトを起こしてしまう、だろ。だが俺はそんな馬鹿なことにはならない」
「どうだかな」
と、男は笑みを浮かべながら体を大きくかがめ、国沢の顎を蹴り上げる。
「ぐぁ……」
蹴り上げられ怯んだ国沢は床に倒れ込む。中本は床においていた銃を拾いすぐさま国沢に向けて構える。だが国沢もすぐに体勢を戻しており、腕に魔力を集中させていた。
「そんなもの、俺には効かんぞ」
国沢の腕が糸に包まれていき、まるで剣のような形を作っていく。
「糸の剣」
「……」
中本は無言で国沢に銃を放つ。その銃撃は国沢の腕の県によって全て弾かれていく。だが中本はなんの躊躇いもなく銃撃をやめることはなかった。
「……」
こいつ馬鹿なのか。そんな風に国沢が考えていると銃の残弾が尽きたのか、銃を捨て懐に持っていた銃を再び構えた。
「……っ!?」
その中から放たれた銃弾は今まで弾いていた剣を貫通する。だが剣そのものを突き抜くことはなく、国沢に届くことはなかった。だが着弾地点からブクブクと何かが侵食していく。
「ぐ、あが……!?」
「今着弾したのは魔核の増強弾だ」
体に異常を感じ、倒れ込んだ国沢の頭を踏みながら中本は再び銃を国沢に向ける。
「本来別の目的で使うつもりだったのだが、偽聖字持ちにはこれが一番効くみたいだな」
「……く、そが」
「悪いな、死ね―――」
中本の銃弾が国沢を貫く直前に、何かが中本を襲う。その何かを躱すように中本は大きく後方に向けて飛ぶ。
「貴様か……澪田深雪」
「国沢くん大丈夫!?」
実原は持っていた槍を構えながら倒れ込む国沢に向けて大きな声をかける。
「……貴方は」
国沢の無事を確認すれば、実原は中本の方に視線を向ける。
「……流石に澪田深雪を相手にするのは無理か」
そう言って中本は実原に背を向ける。
「待ちなさい!」
「イブ」
「人使いが荒いのう」
そう言って唐突に中本と実原の間に赤いフードをかぶった仮面の女性が割り込んでくる。
「ほれ」
「くっ」
女性の腕から刃のようなものが生えてき、実原はそれを持っていた槍で受け止める。
「……ふむ、うぬが噂の澪田深雪か」
「こ、の!」
実原が槍を大きく震えばイブと呼ばれた女性は大きくジャンプする。
「木偶の坊」
「……」
イブのジャンプと入れ替わるように覆面をかぶった男が大きめの剣を実原に対して振りかぶる。
「バカが」
その間を割って入るように氷で生み出された剣を持ち神木が受け止める。
「ふっ」
数度神木と覆面の男が刃を交える。
「……こいつ」
「……」
大きな金属音が鳴り響く中神木は覆面の男をきつく睨みつける。
「私は、澪田深雪じゃ―――」
イブに向かって槍を構えるがイブの動きが早く、イブは実原の顔を掴んで地面に叩きつける。
「まぁうぬが誰かはわしには関係のないことじゃ」
「実原……!?」
途中部屋に入ってきた香椎が大きな声で呼びかける。
「……さて、そろそろ離脱できたかの」
イブは仮面の下で笑みを零しながら背を向ける。
「逃がすか……」
だが覆面の男が持っていた剣を大きく振り神木を方法へと弾き飛ばす。
「さて澪田深雪、また迎えにくるぞい」
イブと呼ばれた女性は不敵な笑みを浮かべながら、覆面の男と部屋を出ていった。
「この子があの化物の中にいた……?」
カジノの事件から約三ヶ月の月日が流れた。カジノで大暴れした化物は聖字を持った小さな女の子が意図的に暴走させられていた結果であることが調査でわかり、三ヶ月を経てようやく開放されたのだ。その少女を迎えに香椎と根谷が北支部の病院に訪れていた。
「ルーカス家の生き残りがまさか存在したとはな」
香椎は少女の身元が書かれた紙を少女を交互に見やる。
「でも司さん、この子本当にうちで引き取るんですか?」
「意図的に暴走させられていたとはいえ一度は魔導軍に刃を向けたのだ。処分されないだけマシだろう」
「そうですけど」
根谷は小さくうつむく。
「そういえば実原は今日は非番か?」
「はい、なんか美容院に行くとか言ってましたね」
「そうか」
香椎は興味がなさそうに頷く。
「さて、ルーカス。君はこれから我々魔導軍に入りともに戦う、という処置になったのだが、本当にかまわないのか?」
身長が低く小柄な桃色の髪の少女は小さく頷く。
「よろしくお願いします……!」
「いい返事だ、近いうちに大きな作戦がある。頼りにしているぞ、悪魔」
「大型の作戦、ですか?」
病院の一室に一人の女声が入ってくる。
「誰だ……」
「えっ―――」
根谷が急に病室に入ってきた茶髪の女性の顔を見て不意を疲れたような表情を見せる。
「先輩……?」
「は……?」
それを聞いた香椎がきょとんとした顔で女性の顔にもう一度視線を向ける。
「はい、似合いますか?」