7話 行手
「突入―!」
多くの魔導兵がカジノの入口に向かって走り出す。入り口の目の前にいた二人の見張りを詠唱銃で撃ち抜いた後に全ての魔導兵が中にはいっていく。
「谷口班、ここは任せた!」
「わかった、気をつけろよ!」
谷口と呼ばれたガタイのいい男性が持っていた斧のような魔導器を片手に丹羽たちを見送る。
「香椎、私の班の人間を2人連れて実原大尉達のところへ行け」
「……?丹羽はどうするんだ」
「私たちはフェンリルを探す」
「し、支配人!魔導兵がどんどん入って来ます!」
「……」
6台ほどモニターの置かれた少し広い部屋で黒いノースリーブの服を着た男が棒状のお菓子を片手にモニターを眺めていた。冷静にモニターを見ていたのはその男だけで周りはみな焦るものばかりであった。
「あの、中本さん……これは一体」
「……増田のカセットテープ破壊したって聞いてたんだがなぁ」
男は小さく舌打ちする。
「フェンリルは先に転移魔石で離脱を」
「えっ!?」
フェンリルは驚いたような表情を見せる。
「でもあの転移魔石は一つしかなかったんじゃ……?!」
「でも最優先はあんた、これは絶対だ」
中本と呼ばれた男は持っていた棒状のお菓子を握りつぶす。
「離脱までの時間を稼いだら我々も離脱しますんで。おい」
「は、はい……」
近くにいた男が返事をする。
「例のアレを出す、それでかなり時間を稼げるはずだ」
「ですがあれは制御が……」
「構わん、ここで放棄する」
その言葉を聞けば男は黙って頷き部屋を出て行く。
「中本さん、あれって一体……」
「なに」
あくまでも冷静に中本は振る舞う。
「フレームアウトさせた、文字持ちですよ」
「こっちの方が支配人のいる部屋か……?」
丹羽とその後ろについてくる魔導兵たちが薄暗い通路をゆっくりと歩いていく。
「少佐、こちらはクリアです」
「ということは、こっちか……」
別の通路から一人の魔道兵がやってくる。それを確認すれば明かりの付いた方に丹羽は視線を向ける。
「気を引き締めろよ……」
と丹羽が魔導器を構えるのとほぼ同時に明るくなっていた部屋のほうが大きく爆発を起こす。他の魔導兵たちは一瞬ビクッとなるも、すぐに魔導器を構え直す。爆発の起こった方からドスン、ドスンと何かが歩いているような音が近づいてくる。
「……ぅ、ぐぉ……」
一言で言えば化物。それ以外に表現するとしたらなんと表現すればいいのだろう。赤と黒の肉体に巨大な翼、殺意をまるで具現化したような顔。その化物のような何かがこちらに視線を向ける。
「ぜ、全員……戦闘準―――」
その刹那、丹羽の体は消え去り大きな音が後方部で衝撃とともに鳴り響いた。
「……に、丹羽少佐?」
先程の化物は一瞬で構える魔導兵たちの後方部へ移動しており、その化物の右腕には白目をむき血だらけで全く動くことのなくなった丹羽の頭が鷲掴みにされていた。
「……ご、す?」
ザシュ。一人の魔道兵が化物に対して槍状の魔導器を刺す。
「こ、この化物め……」
「ば……きゅ、の」
化物が腕を一振りすれば、魔導器を刺していた魔導兵が大きく吹き飛ばされる。壁を突き破り煙が舞う。
「ひっ……」
化物の雄叫びがカジノの会場をこだまする。
「実原!」
すでに制圧し終えた実原たちのもとに香椎が到着する。
「司さん!」
「向こうの部屋は谷口が確保してくれている、今のうちにお前たちは離脱しろ」
「でも国沢くんの姿が見えなくて……」
「制圧の時に一緒じゃなかったのか?」
実原は小さく首を横に振る。
「……あいつ」
香椎は苛立ちを見せながら背を向ける。
「私は国沢を探す、お前たちは谷口班と合流しろ」
「でも国沢くんは私の管理ミスで見失いました、だから私が探しに―――」
実原の言葉が続くよりも早く壁が爆発する音が部屋中に鳴り響く。
「なんだ…!?」
まだ部屋の中にいたユグドラシル達が騒ぎ出す。爆発で部屋に大きな穴が開き、そこから赤と黒の化物が息を荒げながら魔導兵を引きずり入ってくる。
「こいつ、ユグドラシルなのか……?」
化物は引きずっていた魔導兵を投げ飛ばし、その魔導兵は騒ぐユグドラシルの方へ吹き飛ぶ。
「構えろ、三人共!」
香椎の言葉とともに実原が魔導器を構え、根谷と染川も身構える。
「俺が行きます」
染川が大きく一歩踏み込む。と同時に染川の背中から粒子状の翼のようなものが姿を現す。
「ふんっ!」
その粒子状の翼から槍のようなものが化物に向かって降り注ぐ。
「根谷!」
「はい!」
根谷が大きく飛び、腰辺りから伸びる尻尾が化物を数度切り裂く。化物はのけぞるが、すぐに体勢を戻して腕を大きく振るう。
「ぐぬっ!?」
染川は化物が振るった腕を受け止めるが衝撃に耐えることが出来ずそのまま壁に叩きつけられる。
「染川くん!」
根谷がぐったりしている染川の方に駆け寄る。
「根谷、後ろだ!」
香椎が叫んだ頃にはもう遅く、再び振りかぶった腕が根谷に向かっていた。
「危ない!」
爆発。と言うよりは何かが膨張したような音が鳴り響くのと同時に、根谷と化物の間に丸いクッションのような球体が現れる。
「シールド系の魔導器……?」
振り向けば、黒髪の小柄な少女―――雪村がそこにいた。
「雪村……お前確か丹羽班じゃ」
「……丹羽班は私を除き班長を含めた全兵が殉職しました」
「……」
それを聞いた香椎が言葉を失う。
「こいつがやったんだな」
「……」
雪村が小さく頷く。
「やるぞ、実原―――どうした?」
先から黙り込んでいた実原の方に視線をやれば実原は化物の方に集中しているのかまるで聞こえていなかった。
「実原?」
「助けを求めてる……?」
「は……?」
香椎は呆れたように答える。
「あの子、苦しんでる。多分フレームが外れてるんだ……」
フレーム。聖字は本来その強力な力故に、暴走を起こす恐れのある力である。だがそれにフレームと呼ばれる力の制限をかけるストッパーのようなものが存在する。そのフレームを含めた魔導器なしに魔法を行使する力を人は聖字と呼んでいるのだ。
「待て、フレームアウトはありえない。聖字のフレームは絶対外れない」
「でも確かフレームって体内の魔力をいじれば意図的に外すことが出来ましたよね……」
「……」
香椎は答えなかった。
「あの子は暴走した聖字持ちじゃないでしょうか……?」
「だから、なんだ。あれが暴走しているのなら、尚更処分するのが我々の勤めだ」
「……救います」
そういって実原は刀を構えゆっくりと踏み出す。
「……」
「これは私の独断です、不必要だとおっしゃるのでしたら腰のそれで私を撃ってください」
「……」
香椎は黙って実原に背を向けた。
「ありがとうございます、香椎少佐」
実原は小さく呟けば、つけていた両手の手袋を脱ぎ捨てる。その右手にはAの文字が刻まれているのが見えた。
「……あれが実原舞果日のAの聖字」
加速、雪村の口からそれが零れるのとほぼ同時に実原の魔力が開放された。