4話 矛盾
フェンリル、4年前のトレス事件。これの生き残りのベルという当時学生だった少女から得た情報によると襲撃した第二世代ユグドラシルの中にフェンリルと名乗る青年のようなユグドラシルが存在したという。
「フェンリル…」
特別派遣部隊の会議室の一室でその言葉が全てを沈黙させた。
「この裏カジノにユグドラシルが一枚噛んでいる、なので北支部でこれを対処することが決定した」
「北支部ってことは…」
「(他の班のやつと組むということか)」
とても機嫌の悪そうな顔をしながらその話を聞いていた国沢が軽く舌打ちをする。
「すでに本日から班別での調査が始まっている。丹羽班と小鳥遊班に負けないようにな」
「丹羽さんの班も参加するんだ」
根谷は自分の髪をくるくると髪を指で巻きつける。
「我々は裏カジノの場所を突き止める」
「はぁ、じゃあ自分は足を使って捜査するので資料あさりは根谷に任せる」
そう言って国沢は立ち上がれば机の上に置かれていた資料を全てカバンに直し、部屋を出ていった。
「…全く、国沢は相変わらずだな。すまないが根谷、過去の資料から不審な施設を調べてくれ」
「はい…」
根谷は渋々首を縦に振りながら了承した。
「司さんはどうするんですか?」
「私は増田の方を調べてみようと思う。増田が裏カジノとどう関わりを持っていたのかを知りたい」
香椎も机の資料をまとめて鞄の中に入れればそのまま部屋を出ていこうとする。
「そうだ実原、昼飯に付き合え」
「お昼……ですか?」
「……」
実原の目の前に用意された茶色いスープに入ったラーメン。本来ならば醤油ラーメンか何かだと思うのだろうが、スープの色が濃すぎて麺が全く見えていなかった。
「どうした、食べないのか>私の奢りだ」
「いや、司さんこれ……」
平然と麺をすする香椎に実原はドン引きするような仕草を見せる。
「やっぱり実原ちゃんは普通のがいいでしょ、お代はいいからこっち食べな?」
そう言って優しそうな少し年老いた店員が普通の醤油ラーメンと取り替える。
「そんなココアラーメンなんて食べるの香椎さんくらいだよ……」
「うむ、そうなのか?」
司さんは一回味覚の診断をしてもらったほうがいいんじゃないだろうか。そんなことを思いながら実原はようやく割り箸を割って丼に手を付け始める。
「実原、今回の件なんだが……お前は降りろ」
「えっ」
唐突な言葉に実原は箸を止める。
「な、なんでですか……!?」
「……」
香椎は答えない。
「もしかして、澪田深雪という人と関係してるのですか?」
「っ!?」
香椎は一瞬驚く仕草を見せるもそれは本当に一瞬だった。
「ちゃんとした理由がないのでしたら、その命令は受けれません」
「……お前は自分の生い立ちを覚えてないだろう?」
「……」
「私と出会う二年前より前のことを覚えてないのには理由があるんだ」
「記憶のない理由……」
実原舞果日。20歳。性別女。18歳で魔導軍に入隊。だが彼女は18歳より以前の記憶がまったくなかったのだ。
「お前はその、その澪田深雪という人物にそっくりらしいのだが。理由は分からないがお前は澪田深雪と間違えられてユグドラシルに誘拐されたことがあるんだ」
「えっ!?」
実原は驚きのあまりに持っていた割り箸を落とす。
「恐らくその時のショックで記憶を失ったのだろう。そしてお前は監視という目的で魔導軍に入れられたのだ」
「……じゃあ」
「澪田深雪を知っている以上その誘拐に関与している可能性がある。だから今回の作戦は降りたほうがいい……」
「……です」
「え?」
「いやです!」
小さな店で実原の声が大きく響き渡る。
「私だって魔導兵なんです、逃げるなんて……絶対嫌だ!」
「……そんなところまで似なくてもいいのに」
香椎はまるで実原を誰かと重ねるように、そして胸の痛みを覚える。
「わかった、お前がそこまで言うのなら。ただし」
香椎は立ち上がり明細を手にレジまでゆっくりと足を運ぶ。
「魔導軍内部に気をつけろ。敵が内部にいないとも限らん」
「……」
「お、舞果日」
そう言って実原に呼び掛けてきたのは丁度支部を出ようとしていた有坂と竜宮寺だった。
「有坂少佐、今から出るんですか?」
「有坂少佐がチンタラしてるから遅くなったのよねぇ」
「うっせー」
竜宮寺の軽口にめんどくさそうに有坂が答える。
「……二人と初めて私と会ったときのこと覚えてますか…?」
「初めてね、覚えているわ」
有坂でなく竜宮寺が答える。
「貴女と、知り合いを間違えたって話よね」
「それがどうしたんだよ」
「……もしかしてそれって澪田深雪って人じゃないですか?」
二人は驚く仕草もなくただ何も喋らずに黙ったままだった。
「澪田深雪って、誰なんですか……?」
「舞果日、それは―――」
「亡くなったのよ」
有坂の言葉を遮るように竜宮寺が言い放つ。
「4年前のトレス事件でね」
言葉を漏らす竜宮寺の顔はとても悲しそうで、嘘を言っているようではなかった。
「そう、なんですか……」
「だから貴女を初めて見たときは驚いたわよ、深雪が生きてたのかと思って」
「そう、だったんですか……」
話を終えれば実原は二人に一礼だけしてその場を去った。