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第四話 私、お姫様になる!?

「エ、エイジさん、私、こういうの初めてなんで……」

 地下の、明かりが灯ったライブハウス。

 エイジさんと二人きり……


「ミナちゃん、大丈夫よ……アタシが優しく教えてあげるから」

「ほ、ほんとに……するんですか?」

 私は、これからする行為を想像して、ガチガチに緊張していた。


「安心して、みんな、そうやって大人の女性になっていくのよ」

 そっと、私の肩に手をかける、エイジさん。


「い、いきなりこんなこと……恥ずかしい」

「そう? ここをこうすると……もっと……」

「あっ、エイジさん、それ以上はダメ……」





*************




 私は、エイジさんにメイクの指導を受けていた。


 大きな鏡に向かって私が座り、エイジさんが後ろで立って、慣れた手つきで私の頬にファンデーションを塗ってくれる。

「ベースメイクで八割は決まるっていうから、念入りにね」

「そうなんですか……私、今までほんと、適当で」

「ダメよ、肌は女の命なんだから、気を使わなきゃ。あらっ、ミナちゃんほんとキレイな肌ね」

 見た目はイケメンのエイジさんが私に顔を近づけて、鏡越しに目が合うと、なんか照れてしまう。


「次はアイメイクね。ミナちゃんはナチュラルな感じの方がいいと思うから、やりすぎないようにね」

「は、はい」


「マスカラも付けてみよっか」

「わ、わたし、そんなの初めてで……」

「大丈夫よ、ちょっとだけ。私の貸してあげるから」


 そのあとチークを薄く塗って……

 口紅も普段したこともないような、鮮やかな赤。


「どう、ミナちゃん?」


 私は改めて鏡に映った自分を覗き込んだ。

 服も普段はデニムが多いんだけど、エイジさんのアドバイスで花柄のワンピースに赤いカーディガンを羽織ってみた。


 鏡の中では私と同じ服装をしたキレイな女の子が、戸惑いながらこっちを見ていた。


 なんか……私じゃないみたい。


「き、きれい……」

「でしょー! ミナちゃんは元がいいんだから、絶対良くなるって思ってた」

「エイジさん、ほんと、ありがとうございます!」

 私は、鏡越しにエイジさんに向かって頭を下げた。


「ミナちゃんの手持ちのメイク道具でも出来るようにしといたから、今度からちゃんと手を抜かずにね」

「は、はい。また色々と教えてくださいね」

「もちろんよ、あと、髪もちゃんとしたら、雰囲気もっと出ると思うけど」

「そうなんですか? 私、結構自分で切ってて……」

「ダメよ、そういうのはプロに任せないと。今度知り合いの美容師さん、紹介してあげるわ。カットモデルしたら、安くやってもらえるから」

「ほんとに! エイジさん、色々とありがとうございます」

「それくらいお安い御用よ。あっ、ミナちゃんそろそろ時間じゃない?」

 エイジさんはそう言って、カウンターに掛けられた時計を見た。


「あっ、ほんとだ、エイジさん、じゃあ行ってきまーす」

「気をつけてね。あと、アタシが言ったこと覚えてるわね?」

「大丈夫です! ありがとうエイジさん!」



 今日は、芸能マネージャーの岡安さんに会う日だ。

 そのことをエイジさんに話すと、ちょうどいい機会だからとわざわざ昼間からライブハウスを開けてくれて、私にメイクの仕方を教えてくれた。


 なんか、別の女の子に変身した気分。

 もしかして、私……お姫様になれてる?

 商店街を軽い足取りで、歩いて行く。

 カフェのガラス窓に映った私を見て、自分で少しニヤっとしてしまう。


「あれっ。ミナ……ちゃん? なんか雰囲気変わった?」

 顔見知りの店員さんが、少し首を傾げながら私の方を見た。


「女の子は変身するんですよーだ」

 私はそう言って、駅への道を弾むように歩いていった。

 花柄のワンピースのスカートの裾が、春風にふわりと舞った。



 エイジさんから岡安さんの名刺をもらったあと、私はすぐに書いてある携帯電話に連絡をした。

「ミナさんのマネジメントをうちでさせてもらえないでしょうか?」

「うちの事務所で、一緒にデビューの夢を掴みませんか?」

 岡安さんは淡々とそのように語った。

 私はまだ半信半疑だった。

 一度、会ってお話だけでも、とおっしゃったので

 私は岡安さんと、事務所がある最寄りの駅の喫茶店で待ち合わせをした。



 待ち合わせの店に着くと、岡安さんはすでに来ていて、きれいな姿勢でテーブル席に腰掛けて、窓際を見つめていた。


「すいません、お待たせしました」

「いえ、こちらが早く来すぎただけですから、それよりまずは……」

 岡安さんは、そう言って私を見ると、無表情のまま一瞬固まっていた。

 もしかして……私、ヘンかな?


「飲みものでも注文しましょうか?」

 岡安さんは私にメニューを勧めてくれた。


 普段は甘いのばかり頼むんだけど、今日は大人っぽく、コーヒーにしちゃおうかな。


「じゃあ、コーヒーをお願いします」

「私もコーヒーにしましょう」

 岡安さんは手を挙げて店員さんを呼んで、注文をしてくれた。


「ミナさん、お忙しい所を申し訳ございません」

 岡安さんは丁寧な口調でそう切り出してきた。

「いえ、こちらこそ、ライブにいつも来ていただいて、ありがとうございます」

 私も、頭を下げた。


「お電話でもお伝えしたのですが、ミナさんのマネジメントをうちの上原プロダクションでさせていただけないかなと、このように考えております」


「なんか、急なお話で、まだ実感がわかなくて……」


「実は、最初はほんの冷やかしのつもりで『hands』に行ったんです。そこで、あなたの歌に、その……年甲斐もなく、魅了されまして」

 岡安さんは相変わらずの無表情だったけど、少し下を向いた。


 照れているのかな……この人。

 もしかして、感情表現がニガテなだけ、とか?


「通っているうちに、あなたのギターの演奏とそこからにじみ出る人柄、本当に素直で前を向いている……そこに惹かれました。夢はメジャーデビューだとお聞きしました。ぜひ私と一緒に二人三脚で、デビューを目指しませんか?」


「は、はい。でも……もう少し、御社のことをお伺いしないと……なんとも」

 私は、首をひねりながら答えた。


 それから岡安さんは、上原プロダクションの現状を語ってくれた。

 おおむね、エイジさんが教えてくれた内容と一緒だった。

 先代の社長のツテで、レコード会社との付き合いもあるから、もちろん絶対とは言えないけど、私の頑張り次第でデビューも出来るって。


 包み隠さず、丁寧に喋ってくれた。

 なんか、好感が持てるな、この人。

 無表情だから、危ない人かと思ってたんだけど。


「あの、アゲインアゲインっていう、お笑いコンビ、ご存知ですか?」

 岡安さんが少し、話題を変えた。


 私は、首を横に振った。

 結構、お笑いは見てるつもりなんだけど。


「そうですか、私が今マネジメントしているコンビなのですが……」

 岡安さんはかすかに残念そうに言った。


「すいません、知らなくて」


「いえ、いいんです。実は、コンビ名を付けてくれって言われたので、私が考えまして。困難にぶつかっても、何度でも立ち上がれるようにって、そう想いを込めました」

 身を乗り出して、そう語る岡安さん。


「今は下積みですけど、いつかゴールデンタイムに冠番組を持つ。その夢を胸に頑張っています」

 顔は無表情だけど、仕事に情熱を持ってらっしゃるんだな。


「今すぐにとは言いませんが、こういうのは早いほうがいいので」

 岡安さんはそう言って、ビジネスマンっぽいカバンから書類を出してきた。


「弊社の契約内容です。ぜひ、目を通しておいてください」


 エイジさんからの唯一のアドバイス。その場で契約をしない。

 契約書は必ずエイジさんに見せること。


「ありがとうございます。一度持ち帰って、ゆっくり見させてください」

 私はそう言って、その書類をカバンにしまった。


「あっ、あと一つ、ミナさんにお伺いしたいことが……」


「何でしょう?」


「ミナさんが歌手を目指されたきっかけを、教えていただけませんか?」


「ああ、はい」


 私は、おせっかいであまり周りの空気が読めなくて、中学くらいからクラスで浮いてたこと。勉強もスポーツもダメで自分に自信がなかったこと。

 そんな時、女性シンガーソングライターのAさんの曲を聞いて非常に励まされたことや、ギターやピアノを弾きながら歌う姿に憧れたこと。そして、いつか自分も彼女のように人に勇気を与えられるような歌手になりたいと、そんなことを岡安さんに一生懸命に話した。


 岡安さんはじっと私の目を見て、真剣に話を聞いてくれた。

「いいお話ですね。夢を持っている人、自分をちゃんと持っている人はやはり強いんですよ。その気持ちを忘れずに、いきましょうね」


「はい、ありがとうございます。あ、あとは……」


「あとは……?」


「私の夢を応援してくれた、お父さん。四年前に病気で亡くなってしまったんです。もし、私が有名になって、天国まで……私の歌が届いたらって……」


 いつも、笑顔が絶えなかったお父さん。

ー ミナは、ほんとに歌が上手だな ー


 私を励ましてくれたお父さん。

ー ミナが紅白歌合戦に出たら、観覧席に俺たち家族をちゃんと招待してくれよ ー


 そして病気と闘いながら最後の力を振り絞って、私に語りかけてくれた……お父さん。

ー ごめんな……ミナ……父さん……お前がデビューする姿……見たかった…… ー


 私は大好きだったお父さんのことを思い出して、涙ぐんでしまった。


「そしたらお父さん、もう一度、褒めてくれるんじゃないかなって……私が歌っている姿を見て、いつも笑っていてくれたから……ご、ごめんなさい」


 ついに涙があふれてきて、止まらない。


「よかったら、使ってください」

 岡安さんはそう言って、ハンカチを貸してくれた。

 きちんとアイロンがかかった、紺色のハンカチ。


「あ、ありがとう……ございます」

 私は泣きながら、ハンカチで涙を拭いた。

 せっかくエイジさんが塗ってくれたマスカラ、取れちゃうかな。


「そのお話を聞いて、ぜひともミナさんと一緒にやってみたくなりました。ミナさんがデビューできたら、お父さんもきっと喜んでくれると思いますよ」

 岡安さんは、優しくそう言ってくれた。


 ほんとは、あと二人の家族にも、褒めてもらいたいんだ。

 でも、そのことは私の胸の中にしまっておいた。


 しばらくして、私はようやく泣き止むと、岡安さんにお礼を言って喫茶店を出た。

 情熱があって、気配りができて、優しそうな人だった。

 小さな事務所でも、いいじゃない。

 できたらこの人と一緒にお仕事したいな。



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