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第三話 片想い

 王子様とお会いした、翌日。

 私はいつもの通り、バイト先への道を歩いていた。


「あーあ、やっぱり素敵な王子様だったなあ……強くて、カッコよくて、クールで……でも、お相手とか、いるんだろうなぁ……」


 最近、喜んだり落ち込んだりが激しい。私ってどっちかというと明るいキャラで通ってたんだけど。「ミナちゃんって、悩みがなさそうだよね」とかバイト仲間に言われるし。

 私だって、悩みくらいあるよ。


 ああ……王子様のことを誰かに話したい! でも私、親しい友だちなんかいないしな。高校の同級生は、もう五年以上社会で活躍していたり、専門学校や大学へ行って卒業して、まっとうな仕事についている。やっぱり私は引け目を感じてしまって、もう連絡もとってない。

 

 バイト仲間も……このバイトを始めたばかりのころ。一人暮らしの大学生の男の子がいたんだけど。私がなにかと世話をやいていたら、その男の子に好意を寄せていたらしい女の子に目をつけられて、一度バイト仲間から無視されるような感じになって。それから、同僚に深く関わるのはやめることにした。休憩中も当たり障りない会話しかしてないし。もっとも、大学の講義やサークルや、コンパの話題なんて、私にはついていけないんだけどね。



 王子様……せめてお会いして、一言お礼を言いたい。


 もう一回、あの駅に行ったら、会えるかな……


 あっ! 思い出した! 王子様の手がかり

 確か、家来が名前を呼んでいたよね……えーっと……


「ちょっと、サエキさん! どこ行くんですか!?」


 そうだ、サエキさん! 王子様のお名前はサエキさんっていうんだ!

 あとは……胸元のバッジ、あれって、会社のマークとからしいんだけど……うーん、どっかで見たことあるような気がするんだけどな。王子様のカッコいい仕草の印象が強すぎて、思い出せなくなってきた。



 そんな事を考えていると、バイト先に着いた。


「ミナちゃん、お疲れ様、今日もよろしく頼むよ」

 店長はちょっと疲れているみたいだった。バイトのシフトの穴埋めや、四月から入った新人さんの指導とかでクタクタなんだろう。丸メガネの奥の瞳も元気がない。


「こんにちは、店長は……お疲れみたいですね」


「う、うん、早くジュリナちゃんのライブにでも行って、元気を充電しないと、身がもたないよ」

 そう言って、店長は寂しそうに笑った。


「そうですね、ジュリナちゃん、可愛いですもんね」

 私もいつか、歌を聴いてくれた人に元気を与えられるような、そんな存在になりたいな。


「ああ、そういや、デモCD、そろそろ焼いたほうがいい?」

 店長はパソコンを持っていない私に代わって、私のデモCDを作ってくれる。エイジさんからもらったライブハウスで撮った音源を元に、それを店長が自宅で作ってくれるんだ。材料費だけでいいって言ってくれるし。それに私は自作のイラストが入った歌詞カードをコピーして、手書きのメッセージを添えたりして、三〇〇円で販売しているっていう流れ。


「はい、お願いします。最近何枚か売れだしたので……そうですね、十枚ほどお願いしてもいいですか?」


「おお、そんなに大量注文! もしかしてそろそろデビューしちゃう!? とか」


「そんなんじゃないですよ、たまたまです!」


「ミナちゃんのデビューライブは、絶対行くからね! あとはMステでジュリナちゃんと共演とかしたら、俺を楽屋に呼んでね」


「もちろん、その時はお呼びしますよ!」


「絶対だよ!」

 店長の顔が、少し明るくなったようだった。


「ああ、そう言えば店長、インターネットで調べて欲しいことが」


「ん? どんなこと?」


「実は、こんな感じのバッジなんですけど……どこの会社のか、わかりますか?」


 私はそう言いながら、そばにあったメモ用紙に王子様が胸元に付けていたバッジのイラストを書いた。ただ、記憶があいまいで、細部が思いだせない。


「うーん、これだけで、わかるかなぁ……」

 店長はメモ用紙を手に取りながら、首を傾げた。


「○○駅で見かけたんですけど……」


「○○かぁ……うん、わかった。CD焼くついでに、ちょっと検索してみるよ」


「ありがとうございます!」


 パソコンかぁ、あると便利なんだろうな。でも私、お金ないしな。インターネットって毎月お金かかるみたいだし。携帯もスマートフォンが普及してきているけど、私は未だにガラケーだしね。機種変したのは、うーんと、確か元カレと付き合いだした頃だったから、もう四年も使っているよ。


 さっ、バイトバイト!






 一週間後、四月ももうすぐ終わりに差し掛かろうとという頃。

 もうすぐゴールデンウィークか。でも、私には関係ないか。

 帰省する学生さん達に代わって、私はバイトばっかりだし。

 実家かぁ……鎌倉の実家、長いこと帰ってないな……。

 私の脳裏には二人の家族の顔が浮かんだが、私はぶんぶんと首を振って、すぐにそれを振り払った。


 今日は、エイジさんとライブハウスで音合せをする日。

 次のライブでエイジさんが共演してくれるから、その打ち合わせ。

 なんか、自分がアーティストになったみたいですごくウキウキする。

 いや、私アーティストなんだよね、芽が出てないだけで。


 いつも通り『hands』に続く地下への階段を降りていくと、うねるようなギターのサウンドが聞こえてきた。明かりにぼうっと照らされたライブハウスのステージで、エイジさんがエレキギターを奏でていた。


 長い金髪を振り乱して、演奏に夢中になっている。相変わらず黒い革ジャンにスキニージーンズ。まさにロックンロール! カッコいい!


 私が思わず見とれていると、エイジさんはようやくこちらに気づいたみたいだった。


「あら、ミナちゃん、来てたの? 覗き見なんて趣味が悪いわね」

 エイジさんはそう言って、薄く化粧した顔をほころばせた。


「すいません……あまりにカッコよくて……つい……」


「どうせなら、アタシもイイ男を魅了してみたいけど……、まあいいわ」


 私もつられて笑った。


「そうそう、ミナちゃん。さっき、例の男が来てたのよ!」

 エイジさんはそう言って、ギターをスタンドに置いてカウンターの方へと歩いた。


「え! あの、スーツの小柄な男の人!?」

 私もエイジさんについていった。


「そうよ、アイツ、相変わらずの無表情だったし、ニコリともしないのよ」


「な、何しに来られたんですか?」


「次のミナちゃんの演奏スケジュールが知りたいって、あと連絡先もできれば教えてって言われたのよ」


「も、もしかして、ストーカーとか?」

 私は、おそるおそる聞いてみた。


 エイジさんは首を横に振った。

「いや、そんなんじゃないみたいね。アタシもさすがに連絡先はダメって言ったのよ。そしたら、彼がこれ、置いてったの」


 エイジさんはそう言って、一枚の紙切れを取り出した。

 名刺だ。


「えーっと、上原プロダクション……マネージャー……岡安正司おかやすせいじ! えっ、もしかして芸能マネージャー!?」

 思わず私の声がうわずった。


「そう、プロダクションの人だったみたいね。ただ……」


「ただ……?」


「聞いたことのない所だったから、少し調べてみたのよ。ほら、芸能界に夢見る女の子を、デビューさせてやるとかいって、事務所に行ったら、脅されて無理やりビデオを撮られたりとか……ミナちゃんも聞いたことない?」


「あっ、はい……」

 そんな噂は私も聞いたことある。


「だからね、そっち方面のプロダクションの可能性もあるかなって、もちろんCDデビューは大事だけど、そんなことで一生傷を負ってしまったら意味が無いでしょ。それにね……ミナちゃんみたいな小さい子って……あの……案外需要あるのよ……」

 いつもは明るいエイジさんが、少し口ごもった。

 ちょっと、最後の部分の意味がよくわからなかったけど。


「それで……その、上原プロっていうのは、どうだったんですか?」


「あっ、そうそう、そっち方面じゃなかったんだけど、なんせ小さい事務所でね。女優のFさん、聞いたことある?」


「ええ、知ってますよ」

 私はテレビが数少ない娯楽だから、よく知っている。二時間ドラマとかによく出てくる女優さんだ。あとはドラマの脇役とか。


「その人が稼ぎ頭みたいね。あとは聞いたことない芸人コンビとか、モデルとか。所属してるのが五、六人くらいかな」


「へえー、そうなんですか」


「もちろんこの業界、所属するなら大手の方が、仕事ももらいやすいんだけど……」

 エイジさんはそう言って、少し遠い目をした。

 この人、業界にも詳しそうだし、ギターもあれだけ上手だし。過去に何かあったのかな?


「ミナちゃん、どうする? 一度連絡してみる?」

 エイジさんは名刺を手にとって、私に向かってヒラヒラさせた。


「私……せっかく声をかけていただいたので、連絡してみようと思うんですけど……」


「うん、そう言うと思ったわ! じゃあ、頑張ってみて。あと困ったことがあったらアタシにちゃんと相談するのよ。ミナちゃんは一人で抱え込みそうなのよね。こんな場末のライブハウスのマスターにだって、できることはあるんだから!」


「はい、ありがとうございます! エイジさん」


「あと、あの岡安ってマネージャー、案外イイやつかもしれないわね」


「えっ! わかるんですか?」


「裏稼業のニオイが全然しないのよ。最初見た時、一流企業のエリートサラリーマンかなと思ったし。業界の人って、どこか陰があったりすることが多いのよ。ヤツはそんなこと全然なかった」


「そうなんですか!」


「あとは……」


「あとは?」


「女の勘よ!」

 見た目が精悍な顔つきのエイジさんは、そう言って満面の笑みを浮かべた。


 私はエイジさんから名刺を受け取って、胸に押し抱いた。

 この紙片が、華やかな舞台への夢のパスポート。

 そうなるのだろうか……


「あ、あの……エイジさん、ひとつ聞きたいことが……」


「ん? どうしたの? ミナちゃん」


「もし、もしですよ、両刀使いの男の人がいたとして……その人は、私みたいな子でも恋愛対象になるんですか?」


 エイジさんは驚いたのか、目を丸くした。

 こういうのは、聞いちゃいけない質問だったのかな?


「まさか、ミナちゃんから、そんな質問が出るなんてね……」


「ごめんなさい」


「謝ることなんてないわよ。安心なさい、ちゃんと恋愛対象に入っているわよ」


「アタシみたいな男しか好きになれないのならともかく、両刀、バイの人は男も女もいけるわけだから、入っているに決まってるじゃない! もしかして、そういう人に片思いでもしてるの??」


「えっ、ええ? いや、あくまで、もしもの話ですよ」

 私は慌てて否定した。


「まあ、いいわ。今度ゆっくり聞かせて頂戴。ただね……恋愛対象も二倍ってことは、ライバルも二倍になるわね」

 エイジさんはそう言って、ニヤっと笑った。


「そっか……そうですよね」

 ライバル……やっぱり、あの家来?


「でもね、もっと大きな意味で、人を好きになる、誰かを大事に思うって素晴らしいことよ。例えば、アタシ……ミナちゃんのこと……好きよ」

 ふいに、エイジさんは私のことをじっと見つめた。イケメンのエイジさんにこんなに見つめられたのは初めてで、私は恥ずかしくなって目をそらした。


「あっ、恋愛対象とかそういうのじゃないから、安心して。だって何回も言ってるけど、アタシは男にしか興味がないから。尊敬してるとか、何かあったら力になるとか、そういったことよ」

 エイジさんは愉快そうに笑った。

 私のことを……エイジさんが、尊敬……なんか、とっても嬉しいな。


「こういうことは、あんまり難しく考えないほうがいいのよ。ミナちゃんも可愛いんだから、もっと自信を持って! あっ、デビューするんなら、もう少しメイクもしっかりしないとね。今度メイク道具持ってらっしゃい、教えてあげるから。あと、いつか……」


「いつか……?」


「いつかミナちゃんの、両刀使いの王子様を、アタシにも紹介してね」


 ああ、やっぱり、この人にはかなわないな……


「大丈夫よ! 王子様を奪って食べたりしないから、安心して。さっ、恋バナもいいけど、音合わせしなくちゃ!」

 そう言って、エイジさんはステージの方へと歩いていった。


 私はカッコいいおネエさんの後ろ姿に、しばし見とれていた。


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