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第二話 王子様との出会い

 今日はバイトも休みだし、久々に路上で弾き語りしてみようかな。


 四月も後半に入り、ファミレスに新しい学生バイトが入ってきて、ようやく落ち着いてきた私。先週から、嵐の十連勤だったもんね……。

 私の職業は、シンガーソングライターのはずなのに。

 店長は「ウチに就職したら?」なんて誘ってくれるけど、私はまだ、夢を諦めたくない!


 今日は、行ったことのない駅に行ってみよう!

 ギターケースに担がれながら、いや、担ぎながら、私鉄とJRを乗り継いで、とある駅にやってきた。


 駅前にこじんまりとしたバスターミナルがあって、その周りに飲食店がポツポツとある。あとは小さいビルとか、その先は住宅街が広がっている。


 辺りは薄暗くなってきて、帰り道の学生さんや、サラリーマンなんかを狙っていく。


 多くて十人くらいが集まってくれて、なんと予想以上の収穫だった!


「よかったら、CDもあるので、聴いてくれませんか?」

 そんなふうに語りかけると、なんとデモCDが二枚売れた!

 一日の自己ベスト、更新!?



 とはいえ……

 調子に乗って夜十時くらいまで歌っていると、さすがに寒くなってきたなぁ……

 半袖のTシャツで来ちゃたし、なんか鳥肌も立ってきた。


 そろそろ……帰ろうかな。


 そう思っていると、一人の中年のサラリーマンがフラフラとこちらにやってきた。

 お酒、飲んでるのかな?顔が赤い。


「よう、ねえちゃん、一曲やってくれよ」

 そう、気軽に話しかけてきた。


 私は取りあえず、一番得意なオリジナル曲、自分と友達を励ますメッセージソングをギターを奏でながら歌ってみた。


 オジさんは、拍手して、ウケていた。


 こんな中年の人でも、感動してくれるなら、私の歌もまんざらでもないのかな……

 私がそう思った時だった。


 オジさんが私に近づいてきて、

「なあ、おねえちゃん、いくら?」


 値段? デモCDのことかな?

「あ、あの、三百円ですけど……」


「さ、三百円ーー!」

 オジさんはびっくりした声を出した。


「は、はい」

 私もびっくりした。


「ねえちゃん、自分をあんまり安売りするもんじゃないよ。イチゴーでいいから、オレといいことしようよ。大丈夫だって、オレ、優しくするから……」

 さらに近寄ってきて、お酒臭い息が間近にかかるまでになった。

 どういうこと? 何この人。

 なんか、気持ち悪くなってきた……


 どうしよう? 誰か、助けてくれる人……いないかな?


 辺りにはすでに人影がなかった。

 オジさんは私の肩に手をかけてくる。

 イヤッ!!


 怖くなってきて、足がすくんで、声が……出ない。

 いつもは、うるさいくらいの声って言われているのに……


 泣き出しそうになっていた、その時、


 向こうから、若いサラリーマンの二人組がやってきた。

 お酒を飲んでいるのだろうか?

 楽しそうに喋りながらこちらに近づいてくる。


 一人の方と目が会った、気がした。

 なんとか助けて欲しい……私が目で訴えると

 もう一人の方が私とオジさんに近寄ってきて。


「やめましょうよ。女の子が困ってますよ」

 本当に助けてくれた、本当に、感謝です!


 でも……

「うるせー! お前には関係ねえだろーが!」

 オジさんは怒ってしまって、収拾がつかなくなった。

 腕をぶんぶん振り回して、今度は私を助けてくれた若い方の男性にからんでいった。


 若い男性は、助けを求める子犬のような目で、先輩っぽい連れの男性の方を見た。


 先輩は、ため息を一つついて、少し冷めたような表情で彼を見ると、

「まあまあ、大将。いい年した大人が若いもんに絡むのはほどほどにしましょうや」

 といって、オジさんをなだめながら、オジさんの手をとった。


 オジさんは

「なんだと!」とか「今いい気分だったのによ!」とか、色々言っていた。


 そしたら、急に

「イテテテテテテテテテテ!!」

 オジさんは顔をしかめて、その場にうずくまりそうになった。


 なんか、テレビの刑事物とか、時代劇のヒーローみたいな感じ!

 カッコイイ!!


 私は、襲われるかもという不安から逃れて、一気に胸がキュンとした!


 もしかして、白馬の王子様……


 王子様は相変わらず少し冷めた表情で、オジさんの脇に手を入れて立ち上がらせると、


「それくらいにしときなよ。それとも、もう少しオレたちと遊ぶ? こう見えてもオレたち、男も女もいけるクチだから、朝まで遊ぶのも面白いかもね」

 そう言って、オジさんの太ももをゆっくりとなでた。


「ひぃぃぃーー! わかった、帰る。帰る!」

 オジさんはそう言って後ずさりしながら、ヒーローにやられた悪役みたいに駅の方へと消えていった。


 カッコいい!!

 平凡な顔立ち、背も普通くらいかな。

 でも、どこか冷めた表情が、クールで……そこがいい!!

 スーツ姿も、バッチリ決まっている。

 ベージュのネクタイも、さわやか。デキる男って感じ。


 なんかさっき、さらりとヘンなことおっしゃってた気がするんだけど。

 きっと、ここから、二人の恋が始まるんだよね。


「あ、あのう……」

 私は口ごもりながら、どのようにお礼を切り出そうかと、じっと王子様を見つめた。



 王子様も、照れたように私を……

 そして……見つめ合う二人……


 と思ったんだけど、王子様は急に苦しそうに顔をしかめて、口元を押さえて元来た方へと走り出した。


「ちょっと、サエキさん! どこ行くんですか!?」

 役に立たなかった後輩くんが、慌てて後を追いかけた。


 お二人の走る足音が遠ざかったあと

 夜の駅前には再び静けさが戻ってきて……


 私はひとりぽつんと、そこに取り残された。






「あーあ……」

 結局私は、一人で下北沢の自分のアパートに帰ってきた。


 あれからしばらく待ってみたんだけど、王子様とその家来は帰ってこなくて……


 なんとしてもお礼が言いたかったんだけど、私もひとりぼっちで、またさっきのオジさんみたいのが絡んできたらと、また怖くなってきて。

 結局、電車に乗って帰ってきてしまった。


 せっかくトキめいたのに……なんかすごい残念な気分。


 寒いし……とりあえずお風呂に入ろっと。

 私は、お風呂のお湯の蛇口の栓をひねった。


 防音以外は全て妥協した、下北沢の古いアパート。

 たぶん、一つ屋根の下にいる住民は、貧乏な音大生とか?

 六畳でフローリングはハゲかかっているし

 バスはユニットバス。最初これがなかなか慣れなかった。


 オートロックなんて気の利いたものもないから、一週間に一回くらいは、新聞とか宗教の勧誘がくる。

 私、世間知らずで最初はお話を聞いていたんだけど、無視したらいいんだとわかってからは、ピンポンが鳴っても出ないことにした。

 友達のいない私をアポなしで訪ねてくる人なんていないし。


 狭いユニットバスに、お湯をためて、

 Tシャツとデニムを脱いで洗濯カゴに放り込んだ。

 足を体育座りにしながら、湯船につかる。

 身長一四九センチの私が膝をたたむって

 どんだけ小さいバスなのよ……


 いや……なんか考えると虚しくなるから、やめよう。


 お風呂の中でゆっくりと目を閉じて

 さっきお会いした王子様のお顔をもう一度思い出す。


 強くて、クールで

 私と目が合うと、すぐに去っていった。

 もしかして、恥ずかしがり屋さんなのかな。


 口元を押さえて苦しそうにしていたから、もしかして何かご病気をお持ちとか……

 妄想が、勝手に膨らんでいく。


 再会した私と王子様。

 でも、徐々に王子様の体を病魔が襲ってきて……

 

 献身的に、王子様の看病をする私。

「いつもありがとう、ミナ……」

 いつもはクールなのに、私だけに笑いかけてくれる、キレイなその瞳。


 でも、運命は、残酷で

 二人の間を引き裂いていく……

 

 ベッドの上で、最後の力を振り絞るように、永遠の愛を誓う二人。


 私の小さな腕の中で、私だけを見つめながら、静かに息絶えていく……私の王子様。


 えーと、王子様は、さっきなんておっしゃってたっけ?

 王子様のお言葉を思い出してみる。


「オレたち、男も女もいけるクチだから……」


 ???

 あれ、あっ、あれ??


 えーと、こういう人は、バイセクシャルとか、両刀使いって言うんだったかな。


 もしかして、王子様とさっき一緒に居た家来って、デキてたりする??

 私の入り込む隙間ないじゃん!


「キャーーーー!!」

 私はショックで、湯船の中で、思わず叫び声を挙げた。

 このアパートが防音で、よかった。



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