表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▲お題に合わせて・掌編シリーズ(哲生・雪子)

【漢字一文字】あかり 〜ひと時の灯火と潰れた殻〜

作者: にける

 車は湿った音をたてて止まった。


「飛び出すなよ」


 先生が後ろ髪を結わえながら振り返った。夕闇に白い顔が火を灯したように浮かんで見える。

 いつ日は沈んでしまったのだろう? ころころと音がして諒輔は窓の外に目をやった。

 黒く見えるのは川の流れだろうか。水のにおいがする。


「こ、ここはどこなんですか?」


 諒輔が蛙のような平たい声を出した。隣で哲生が口真似をしてからかう。

 三つ年上の諒輔が声変わりの時期を迎えた。哲生はそのことがなんだか気に入らないようだ。

 諒輔は目を細め哲生を見下ろした。


「……いいところだよ」


 先生は車から出てドアを閉めると、ぐんと両手を天に伸ばした。

 ついて外へ出ると山際の空が薄赤く染まり、雲が白く光っているのが目に入る。

 昼間は夏のように暑いのに日が落ちると急に肌寒くなる、と諒輔は二の腕をさする。


 うわぁ、と哲生の目が輝く。哲生はもうとらわれてしまったんだなと諒輔はうれしくなる。

 足元ではキロロロロと甲高い音が蛙の声がする。あちらこちらで呼応がはじまり瞬く間に大合唱だ。

 水田にはこれから根付こうとしている時期の苗が、背筋を伸ばしたバレエダンサーのように決まりよく並んで影を落としている。


 諒輔には哲生の体の中に押し寄せる波のように衝動が高まっていくのがわかった。それは尊いものだ。

 例え誰にも理解されなくても。

 哲生は諒輔の脇を抜け、道を渡り水田の横を脇目も振らず駆け抜けた。クラクションが鳴り、一瞬車のライトに照らされた哲生の影が映る。


「ごめんなさい」


 先生が大きな声を放ち、哲生の代わりに諒輔が運転手に向かって頭を下げた。哲生はとうに暗闇の向こう側だ。

 諒輔と先生は慌てて哲生の後を追う。


 ちかっ。


 傍の竹林が季節外れのクリスマスツリーのように一度にわっと灯り、はじけるような萌黄色の点滅がふわあと山間を舞った。


「すごい、ほらみて! 蛍!」


 哲生は両手を伸ばしくるくる光を追いかけていた。犬みたいにはしゃぐ哲生の周りには初々しい新芽のような緑がいくつも灯る。

 光は浮遊するタンポポの綿毛のようにゆったりと空を泳いだ。


「林の中のはヒメボタル。それからこっちはゲンジボタルだ」


 先生が興奮してくるくる旋回している哲生を抱きとめる。哲生はキラキラした目で蛍を追うとうん、と大きな返事をした。


 今日は哲生と過ごす最後の日になるかもしれない。

 哲生も諒輔も公立学校から吐き出されるようにして学園に通うようになった子供だった。

 一時的な逃げ込み場所だったはずなのにこのまま学校に戻れなくなったのでは困る、と哲生の家族は哲生を学校へ戻す手続きをしたらしい。


 諒輔は、きれいきれいと跳ね回った末、あぜ道にねっころがってしまう哲生をとても素敵だと思う。

 でもきっとみんなはそう思わない。髪も背中も泥だらけにして平気で道に寝っ転がる哲生のような子供を学校は受けつけないだろう。


「なにしてるの」


 尖った声にツキンと胸が跳ねた。哲生は飛び起きて尻の泥をあわてて払う。

 どうやって追いかけてきたのか、気がつくと哲生の母がそばで荒い息を吐いていた。

 泣き出しそうに震える手で哲生を引き寄せる。


「うちの子に勝手なことをしないでくれますか」


 哲生の母親が先生に詰め寄った。

 近くで何かのつぶれるいやな音がした。


 哲生が足を上げると殻の刺さったカタツムリが身をよじっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 親と子のことを考えました。 誰しも、自分に合った、自分にとってのびのびとしていられる場所にいたい。 けれど、親が子を直視できないまま、親の理想にはめ込んでしまったら……。 可能性のある未来が…
[一言] はじめまして。 toriさんに寄せられた素敵なFAより、こちらへ流れて来たよんと申します。 タグにバッドエンドとありましたが、この手の話は書くのが非常に難しいですよね。 にけ様の『あかり』…
2017/01/01 19:19 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ