三十四話 正しい行い
ロードたちが入り口で待機していると
ネオパンサーを掃討しに行ったシンシアたちが無事帰還。
後方には、途中で保護したであろう怪我をした村人が数十名付いて来ていた。
周囲の安全確認をした後、大きな門を開く。
身内だったのか、恋人だったのか、友人だったのか
門で隔たれていた人々は、抱き合い再開の涙を流した。
そんな感動的な空気の中、一人の男が突然声を荒らげる。
「この異形種が!! 同族を虐げた腹いせに村を襲うなんて! この外道め!」
この声の主は、エルフの少女を奴隷として使いシンシアと揉めたあの太った貴族の男だった。
その男の言葉が周囲の不安を煽り
気疲れして正常な判断を下せない村人の心情をざわつかせる。
「あんた何を言っているんだ!
この人達は命の恩人だ。滅多な事言うもんじゃないぞ!」
一人の男が食ってかかると複数の村人も声を上げた。
「そうだそうだ!」
「なんて事言うんだ!」
「でも、昼頃あのエルフとそこの貴族が揉めてるの俺見たぜ」
「俺も見た。それで村を出て行ったんだよな?
なのに、なんで戻って来ているんだ?」
「まさか……ねぇ……?」
村人のロードたちを見る目が変わる。
その目は感謝の眼差しから
疑いの眼差しへと変わっていた。
「朔桜、ノア下がってろ」
二人は村人の視線に怯え、恐る恐るロードの後ろに隠れた。
不安なのか朔桜は黒鴉の衣をぎゅっと握る。
「違うわ! 私たちはネオパンサーの群れがこっちに向かったからそれを追って来ただけよ!」
「あんな数千体の群れがいたっていうのか!? ありえるわけなかろうが!!」
「それはバルスピーチの能力《複製》で増やしていたからよ!」
シンシアも必死で弁明する。
「あの忘れ形見を呼び込みこの村を襲わせたのか!! なんて卑劣な!!
目的は金か!? それとも私たちを食べる気か!?」
「ほんとに自作自演だったのか……?」
「なんで怪我した俺たちを助けてくれたんだ?」
「決まっているじゃない! 奴らは私たちを生きて食べるつもりなんだわ!」
「おい、ちょっと待ってくれよ!」
あまりの言われっぷりに居ても立っても居られなくなったレオが
村人に近づくと女性は悲鳴を上げる。
「キャー!! 来ないで!!!」
その目は完全に怯えきっている。
「外道めっ! 女、子供から先に喰おうというのか!
戦える者は武器を持て! 最後の抵抗だ!
精霊人の意地を見せろ!!」
太った男の一声で男達は落ちていた棒や石を持って立ち上がる。
向けられているのは侮蔑、憎悪、怒りの感情。
「主犯のエルフの女は生け捕りにしろ! 他の者はどうしたって構わん!」
言いなりに動く村人はじりじりとロードたちに迫る。
再び、悪い状況へと一転してしまった。
「あの男は……やはり助けるべきじゃなかった……」
シンシアは自分の善行を人生で初めて悔やむ。
「雰囲気やばくないっすか? どうします? 逃げます?」
「お前らが助けた命だ。処遇はお前らが決めろ」
ロードの問いかけにいち早く答えたのは朔桜だった。
「私たちが救える限りの人は救えたよ!
だからもう争う必要はないよ! みんな、逃げよう!」
全員それに同意し、村から逃げるように駆け出す。
「追え!!!」
「アースウォール」
キリエは地の精霊術で岩の壁を展開。
疲労困憊の村人達を足止めするには十分だったようだ。
振り返り確認しても、誰一人として追って来る様子は無かった。
馬車を停めた所まで戻って来ると朔桜がポツリと呟く。
「あんなに頑張って助けたのにな……。
別に感謝してほしくてやった訳じゃないんだけど……悲しいね……」
「ごめんなさい。私のせいで貴方たちにも嫌な思いをさせてしまったわね……」
「仕方ないさ。村人たちも精神的に不安定だったんだ」
「そうです。。。気にしないでください。。。」
シンシアが自責の念を負い謝ると
キーフとキリエがすかさず擁護する。
「そう言ってもらえると心が少し楽になるわ……」
「とっとと出るぞ」
ロードが馬車の中を覗くと
寝ていたエルフの少女が真ん中でペタリと座っていた。
「ああ、そういえば居たなこんなの」
「ロード忘れてたの!?」
「ああ、完全に忘れてた」
ロードと朔桜のやり取りを聞き終えると少女は立ち上がり一礼する。
「こんばんは。貴方様が新しいご主人様ですか?」
透き通るような声色と可愛らしい容姿。そして尖った耳。
身体に染みついたご機嫌を窺う仕草と笑顔。
「ああ、そうだ。お前の名を聞こう」
「私はリクーナと申します」
「リクーナか。良い名だ。
リクーナ、我のためにその命を燃やし、誠心誠意尽力せよ」
「かしこまりました」
「我が従者には、その重苦しい下品な代物は必要ない」
指を鳴らすと鉄の首輪が綺麗な断面で両断される。
エルフの少女は数百年ぶりに自分の首の触り心地を両手で確かめる。
「私の首……こんなにも暖かかったんですね」
少女は涙を流し微笑む。
それを見てシンシアは自分の行いに間違いは無かったのだと
正しい行いだったのだと改めて確信したのだった。




