三十三話 裏方の理解者
目映い紅光が湖を包み、極少量のエナが舞い散る。
ロードはエナを漏れ無く吸収した。
「あのデカブツ……この程度のエナしかないのか。
これじゃ、差し引きしても大損じゃねぇか」
溜息をついて不満を口にする。
「す……すげぇ……」
レオは一方的な戦いにただただ呆然としていた。
「あっ! そうだ! バルスピーチは!?」
「シンシアが光の矢でズタズタにしていた奴か。
湖に沈んでいったきり上がって来ていない。
エナとなって消える瞬間を確認していない以上、確実に倒したとは言い難いな」
「そう……っすか」
一安心したのも束の間
ロードは急に風壁を解き、ノアとレオは再び湖に落下する。
ノアはくるくると回転し陸地に降り立つが、レオは見事に湖に落ちた。
「こぼぼっ! 突然何するんすか!?」
「もしかしたら、お前の足元にいるかもな」
「うぇ!? ごぼぼぼぼぼっ」
レオは情けないビビり声を上げ、その拍子に足を攣って溺れる。
「ははは! 迫真の演技だな、まるで本当に溺れているみたいだ!
お前の特技として誇って生きていけ」
「ちょ! マジでおぼぼぼぼぼ……溺れてるんすぅぼえ!」
「あはっ! レオくんおもしろーい!」
二人とも溺れたフリだと思っているのか、ただ傍観しているのか、一切手を貸さずに笑っている。
「溺死するっ! おふ……がっこいい戦死っ……じゃなぐて溺死で溺ぼぼぼぼぼぼ…………」
レオの目の前は真っ暗になり、暗い湖へと沈んでいったのだった――――。
レオが目を覚ますと目の前には泣いたキリエの顔が見下ろすように覗き込んでいた。
綺麗な瞳から零れた暖かい涙が、溺れて死にかけたレオの冷たい頬を伝う。
「レオのバカ。。。」
弱々しく握られた拳がレオの胸を何度も叩く。
びしょびしょに濡れた服から浸み込んでいた水が飛ぶ。
「冷たっ……おいやめろよキリエ……」
身体を起こすとみんなが囲うようにしてレオを見ていた。
「本当に無事で良かったです……」
「まさか、あれに勝つなんて。凄いわ、レオ」
「流石は俺の相棒だ! おめぇはやる奴だと思ってたぜ!」
みんながレオを称えて褒めちぎる中
ロードとノアは隅でクスクスと笑っていた。
「ノアとロードくんが来た頃には、もう肉塊の姿は無くて
勇敢にも戦ったであろうレオが湖にプカプカ浮いてたんだよ……ププ」
「ああ、確かにプカプカ湖に浮いてたな。
さぞ、立派に戦ったのだろうな……フフ」
二人はレオが戦って勝ったという事にしたいらしい。
理由はもちろんレオに花を持たせるためなんかじゃない。
単純にそっちの方が面白いからだ。
ノアが生存していた件も適当な理由で説明した。
溺死寸前の旅仲間を溺れてから引き上げる悪魔のような二人だ。
レオはなんとなく状況を察し、それに便乗する事にした。
「ああ! そうさ! 俺の反拳でばちこーんと跳ね返してやったさ!」
適当な出まかせをつらつらと並べる。
それを聞いてロードとノアは噴き出す寸前だ。
「も、もういいよレオくん。……それ以上はノアたちが笑い死んじゃうよ……ププ」
「とっとと火を鎮火させて村を出るぞ! フフ」
ロードは笑いを堪えたまま飛翔し
村全体を見下ろせる位置まで飛び上がり、魔術を唱える。
「アクアダーラ!」
湖の水が複数の水柱となり、触手のように自由に動く。
伸びた水柱は村の火の気を次々と潰し、あっという間に鎮火。
一同は愕然する。
その大胆かつ圧倒的な魔術に。
「火消しは終わった。
シンシア、キーフ、キリエは村に残った畜生共を片づけてこい。
俺たちは先に村の門に向かっている」
三人は速やかにネオパンサーの掃討に向かった。
ロード、朔桜、ノア、レオは風壁の上に乗り移動する。
レオは気疲れしていたのか安心した様子で横になると
そのままぐっすりと寝てしまった。
一段落着くと、朔桜はノアを強く抱きしめる。
「ノアちゃん……生きてて良かった……」
「あはは、心配させてごめんね?」
「まったくぅ!
分身体なら最初から私にも言っといてよね、もう!
だけど、ロードもお疲れ様」
朔桜は返しの言葉を待たず、ペンダントをロードの頬にツンと押し当て
今回で使った分のロードのエナを完全に回復させた。
「お前…………」
「ん? なに?」
労いの言葉はどの事を指しているのか。
なんて、そんな無粋な事は聞く必要はないだろう。
相手はこの勘だけはやたらと良い並木朔桜なのだから。




