二十五話 急な出発
村人の様子が慌ただしい。
俺は丁度目の前を通った男を呼び止める。
「これはなんの騒ぎだ?」
「この村の上の方に住んでる貴族がエルフの女に襲われたんだったてよ!」
「エルフの女?」
「ああ、あんたも知ってるだろ。耳長の異形種だよ。
貴族の護衛兵士をたった一人で一捻りしたらしい。
まったく、自警団は何をしてるんだ」
エルフは随分と嫌われているようだ。
そんな話をしている最中、シンシアが少女を背負い家屋の屋根を俊敏に渡り歩いているのを見つけた。
「ノア、朔桜を連れてこの村の入り口で待っていろ」
「え? いいけど、ロードくんどこ行くの?」
「お節介なエルフを拾いに。とりあえず、任せたぞ」
「は~い。いこ、朔ちゃん」
「う、うん……」
何かから逃げるように必死で駆けるシンシアを飛翔で追う。
「お前は一体何をしている」
突然声をかけられ、一瞬鋭い目で俺を見るが
正体が分かると普段の顔つきに戻る。
「ロード、探したわ」
「貴族を襲撃するのがお前の探すなのか?」
「……色々あったのよ」
バツが悪そうに視線を逸らす。
「その背負っている者絡みでか?」
「まあね」
「とりあえず乗れ」
足元に風壁を張りシンシアを飛び乗らせる。
「一休みどころじゃなくなったな。
俺はあのトリオを探してくる。お前は馬車を出しておけ。
村の入り口でノアと朔桜と合流しろ」
「迷惑かけるわね……」
「ほんとにな」
シンシアを入り口付近まで運ぶ。
「フードの代わりだ」
以前、ステンから奪った魔装『黒帽子』を渡した。
「ありがとう。すぐに出れるようにしておくから!」
シンシアと別れ、俺はあの雑魚トリオを空中から探す。
住民が慌ただしく動いているおかげで、よそ者が戸惑い
立ち竦んでいるのがよく目立つ。
おかげで黒基調の三人が固まっている場所なんて見つけるのは容易い。
見つけた。黒バンドのアホづらが口を開けて周りの様子を見ている。
「おい、今日の宿は無しだ。全員入り口に向かえ」
「何事っすか!? またなんかしたんすか?」
「俺が騒ぎを起こしたみたいに言うな。
シンシアがここの貴族を襲ったとかなんとか。
まあ、それはどうでもいい。とにかく馬車で次の村に向かうぞ」
「あの。。。せっかく取った宿は。。。」
「無しだ。文句はシンシアに言え。
俺は先に行くが、お前らもすぐに来い」
すぐさま飛んで入り口に向かう。
入り口に着くと武装した精霊人の集団が目に入る。
一つの馬車を囲むように兵士が群がっていた。
あの馬車はどう見ても俺の馬車だ。
出して早々に囲まれたみたいだな。
「おい、邪魔だ雑兵」
地に降り立ち、物申した瞬間、俺目掛け、矢が放たれた。
それを風の魔術で一払いする。
「殺されたいのか?」
「う、うるさい! 散々殺しておいて!」
「あ? 記憶にないが」
「とぼけるな! 今さっき殺したい放題していただろ!」
辺りを見ると、防具や武器が転がり数名死んだ形跡がある。
だが、殺した覚えはない。
そうなれば、他の可能性は一つしかないだろう。
「おい、ノア!」
俺が大声で叫ぶと馬車の中からひょっこりとノアが顔を出す。
「えへへ、ロードくんに変身して見せしめで殺しちゃった」
溜息をつき、周囲の兵を風の魔術で吹き飛ばして馬車までの道を開く。
「何をしているお前たち! 早くあの黒いガキを殺し、エルフの女を捕らえろ!」
脂汗の染み出たデブの男は癇に障る大声で偉そうに雑兵に命令する。
兵士は躊躇しつつも命令に従う。
だが、兵士の表情からは命令への戸惑いや不信感が浮いてみえる。
忠義も敬意も一切無い。
なるほどな。仕方ない、僅かながらの慈悲を与えてやろう。
俺は空中で指をなぞり、風の魔術で兵の足元に線を引く。
「来るのは構わん。だが、その線の先は死だぞ?」
愚かにも俺の警告に従わず、線を越え進んだ者は一瞬で肉塊へと化す。
「ひぃ!!!」
それを見た兵士達は腰を抜かす者、足を竦ませる者、気を失う者様々だ。
怯えた兵士を掻き分け、一人の男が線のギリギリまで出てくる。
「貴様! どこの精霊術師だ!? なぜその異形種に加担する!」
「なんだお前。ああ、さっき命令してた脂臭いデブか」
「デッ!? 私は貴族だぞ!!!」
「我は王族だ。控えよ、脂デブ」
「王族の名を語るなど不敬千万! 誰か! 早くこいつの首を取れ!」
「口と態度と図体はデカくても肝もあそこも小さいみたいだな。
まあ、それは正しい判断だ。勝ち目がない相手とは戦わない。
自分の身の程をわきまえるのは大切だ。
こちらもやっと連れが来たし、ここでおさらばだ」
「ロードさーんって……何すかこの状況……」
状況を呑み込めていないレオたちが到着した。
「俺は命、シンシアは身柄を狙われているらしい。
だが、寛大な脂デブの好意で見逃してくれるみたいだ。
早く乗れ、すぐに出すぞ」
全員が駅馬車に乗り込んだのを確認する。
「よし、シンシア出せ」
馬車の中に控えていたシンシアは御者台に飛び乗り、馬を走らせた。
その瞬間、馬車の外で大きな爆発音が聞こえた。
その正体は、巨大な大砲。
脂デブの命令で馬車に向かって大砲をぶちかましてきたらしい。
まあ、常日頃警戒して風壁を張っている。
馬車には揺れひとつなく、全く恐れる事は無い。
「後ろは構うな。そのまま次の村に向かえ」
馬車から顔を出し、シンシアに指示を出す。
「ごめんなさい。私の勝手な行動で貴方たちに迷惑を……」
「大丈夫ですよ! シンシアさんはこの子を救ったんですから」
「うん、あのデブおじさん許せないもん! シンシアお姉さんが正しいよ!」
この二人はシンシアから事の顛末を聞いているみたいだ。
馬車で寝ている金髪の少女は、シンシアに背負われていた時は傷だらけだったが
傷はすっかり消えてスヤスヤと寝ている。
まあ、誰が何をしたか大体の予想はつく。
「シンシア、何があったのか話せ。俺たちには聞く権利がある」
「そうね、分かったわ。でも……先にやる事ができたみたい」
その瞬間、四頭の馬が暴れだし、馬車が急に止まる。
「今度は何事だってんだ」
また馬車から顔を出すと黒い獣の群れが馬車の周りをぐるりと囲んでいた。
はあ……次から次へと。
この馬車は、行く手を阻まれる呪詛でもかかっているのか……?




