十三話 月夜の昔話
俺は周囲の生物反応を確認し、安全だと判断したのち
馬車の中で朔桜、ノア、シンシアと顔を突き合わせる。
「さあ、聞こうか。その“精霊女王の忘れ形見”の話を」
以前、薄っすらとシンシアから話を聞いたが、今回はより詳細に話を聞いた。
“精霊女王の忘れ形見”の中でも“喰者”という精霊獣は
忘れ形見の中でもトップクラスに強いらしい。
喰者の生き残りは三体。
誘香粘竜 ストロベリアル
複製結合 バルスピーチ
漂酸 ビッグレモン
ストロベリアルは以前遭遇した赤い竜だな。
今回の異常な量のオーガは、バルスピーチの能力《複製》で作られた可能性が高いらしい。
オーガは川を挟んだ東の山に住んでおり、麓に下りてくる事は滅多になく
普段は二、三体で狩りを行うらしい。
あそこまで多いオーガを見たのは初めてだと言っていた。
一番気になる点は、さっきの奴らには集団としての意識がなく
ただ周辺の生物を襲う事にしか執着していない感じだった事だ。
味方が死のうが、己が死のうが、まるで愁いがない。
まるで心無き空の傀儡だった。
「そんなもんがこの辺にいるって事は――――」
「シネト村は……もう荒らされた後かもね……」
一気に空気が沈む。
そんな沈黙の中、朔桜が前のめりになり声を大にして話す。
「一刻も早く行って確認しなきゃ!
まだ襲われていないかもしれないし! ねっ!?」
朔桜が熱く訴えかけるが、俺の心は一切揺るがない。
他人がどうなろうと知れた事ではない。
弱いモノが強いモノに狩られる。
それは四世界共通の摂理だ。
冷えた頭で話を聞いていると、シンシアが素早く御者台へ移動して馬車を動かす。
「おい、何している。
出せと言った覚えは無いぞ」
「今すぐ向かえば、助かる人もいるかもしれないじゃない!」
その言葉を聞き、俺は呆れる。
シンシアお前も“そっち側”かと。
「ノアもまた人助けするー!」
ノアは楽しければいいという感じだ。
「私も避難誘導くらいなら出来るよ!」
二人はわいわいとホノポ村で聞いた勇者の話を語りだす。
人のためにと自分の身も厭わずに
戦いの渦中へ飛び込むような勇者なんてお人好しにも程がある。
実にくだらない。
そんなモノを英雄と呼ぶ二人を俺は冷めた目で見ていた。
その勇者は自分の正義に酔っているだけだ。
相手にも己の正義があり、勝った方が自伝として話を残せる。
そんな昔の話は、勝手に脚色された美談に過ぎないだろうに。
まあ、別に馬車を止める必要はない。
全員死んでいようが、生きていようが、なにかあの影の手がかりさえあればそれでいい。
馬車を走り出してから数時間。
そろそろ日も傾いて薄暗くなってきた。
「この左付近で止めろ、シンシア。今夜はここで過ごす」
シンシアは馬を巧みに操り、馬車道から少し外れ広い原っぱに入っていく。
「そうね。夜道は危険だし。
この辺りでいいかしら?」
「ああ、ここで停めてくれ」
指定した場所は草原のど真ん中。
足の甲にも届かない程の低い草が生えていて見晴らしが良い。
周囲に死角になる木も岩も一切無い。
馬車道からも近く、野営には丁度いいだろう。
「ツリーツ。フレイ」
地面から小さい木を生やし、小さい火で燃やす。
これで火は確保できた。
「驚いた。風と雷だけじゃなく樹と火も使えるのね」
「水と土も使える。俺は“六適者”だ」
その言葉を聞いてシンシアは驚く。
「今まで生きてきて私以外の“六適者”に会うのは初めてよ!」
その口調からシンシアが使う属性の数が分かる。
「お前も“六適者”か。俺も自分以外では初めて会ったぞ」
「でも、もう私は“六適者”じゃないんだけどね」
「どういう事だ?」
「戦いの中で水、地、樹のエナジードの回路を使い潰してしまったのよ。
だから私は火、風、雷のエナジードしか使えないの」
回路を使い潰した?
そんな事、聞いたことがないぞ。
「長命だからこその事象か?
それとも、術を使い過ぎるとエナの回路が潰れるのか?」
この話は他人事ではない。
「年齢に関係なく、ごく一般的にエナを使う分には回路が壊れる事はないわよ。
私みたいに無理な使い方したらエナの回路が潰れて二度とその属性のエナが通らなくなるわ」
「無理な使い方って……具体的にどんな事をしたんだ?」
「うーん……世界を消滅させるような一撃とか?」
思っていた以上にスケールがデカかった。
「ねえ! 二人の話難しくて分かんない! ノアに楽しい話して!」
「お前、朔桜と話すようになってから知能が下がったのか? Drが泣くぞ」
「ロードッ!? それどういう意味かなっ!?」
朔桜が介入して一気に騒がしくなる。
「ごめんね、ノア。
オーガの件で話しそびれたけど
ノアが楽しめるようなとっておきの昔話があるわよ」
シンシアが何かを含みながら微笑んだ。
「なになに!?」
ノアは前のめりになり、目を輝かせながら何度も身体を前後に揺らす。
落ち着きねぇな。
「とある昔の勇者の話」
「それ知ってるー! 勇者カウルでしょ!」
「えっ!? どこで聞いたのっ!?」
シンシアは突然血相を変えた。
何を焦る事がある。
「村でノアちゃんがゴブリンを倒した時に聞いたんです!」
「カウルの話だけ?」
「はい! 精霊王の最初の幹部との戦いまで聞きました!」
「最初の幹部……ああ、オオマガジュね」
「シンシアさんも勇者カウルのファンなんですか!?」
「あー、うん。そんな感じかなー」
いつもと違って何だか歯切れが悪いな。
「でも話を知ってるなら続き聞きたいです!」
「今回はノアも聞くー!」
バカ二人はノリノリの様子。
すっかり勇者様のファンらしい。
「じゃあ、私の知っているところから話すわね」
シンシアは咳払い一つすると、まるで昔を思い出すかのように語り出す。
誰かから聞いたような聞きかじりの英雄譚などではない。
すぐ横で雄姿を見ていたような、共に戦っていたような、具体的な密度の濃い話。
ところどころぼかしていたが、これはもはや……。
本人が伏せてる以上、無粋な口を挿む必要はない。
それに、俺も最初は全く興味が無かったが
いつの間にか、火に薪をくべつつも耳を傾け話に聞き入ってしまっていた。
戦闘の話が終わったところで、シンシアは小さく手を叩き、区切りを付ける。
「とりあえず、キリもいいしこの辺にしときましょうか」
辺りは既に真っ暗になっていた。
明日の朝は早い。
いい頃合いだろう。
「シンシアさん、お話上手!」
「ほんと! ノアも夢中で聞いちゃった!」
「そ、そうかしら? 楽しんでもらえて良かったわ」
少し照れ気味にはにかんだシンシアの顔は
今まで見た事のない生き生きとした笑顔だった。




