十話 シンシア渾身の一撃
ロードが駆けつけた時には、既に市場は大混乱。
村の入り口に二十体ほどのモンスターが押し寄せていた。
土埃を被り、荒れた緑の肌。
鋭い黄色い目。
不揃いの黄ばんだ牙。
小柄ながらも引き締まった筋肉の精霊。
「ゴブリンだー!! ゴブリンが出たぞー!!」
一人の男の叫び声が、人々の恐怖と不安を煽り、大衆は逃げ惑う。
そんなゴブリンの群に恐れず、立ち向かうノアの姿があった。
周辺には、何匹もの気を失ったゴブリンが地に伏している。
「みなさん! 慌てずに~! 押さないで~!」
朔桜は大声で村人の避難誘導する。
「蜂羽切!」
ノアはDrの発明『雨の羽衣』でゴブリンたちを一掃していく。
舞い踊り攻撃する姿は、まるで踊る妖精のよう。
颯爽と駆けつけたロードは戦意を失い警戒を解いて静かに傍観する。
「こりゃ、ノア一人で十分だな」
シンシアが駆け付けた頃には、ゴブリンは一匹残らず掃討された後だった。
「なんでこんな所にゴブリンが? しかもこんな少数で……」
シンシアはいろんな可能性を考察。
「まさか……!?」
ロードの顔を恐る恐る見た。
「なんだ?」
シンシアはロードの耳元に寄ると、手を添えて小声で話す。
「声を大にして言えないんだけど、これ貴方のせいかも……」
「俺の?」
ロードには何も心当たりが無い。
「うん。ストロベリアルの誘香粘液を出させたわよね?
あの付近の山岳はゴブリンの生息地。
もしかしたら飛び散った液をゴブリンが浴びたのかもしれないわ。
それでこの辺りまで迷い込んで来たのかも」
「そうか……じゃあ、尻拭いはしないとな!」
ロードは上機嫌に飛び出す。
「紫雷―咲花」
放たれた雷撃は大樹のように枝を分け、倒れたゴブリンたちを襲う。
弾ける雷に身を焼き尽くされたゴブリンたちは、エナの光となり宙へ散る。
ロードは喜びに満ちた表情で待ってましたと言わんばかりにエナを吸収した。
「あー殺しちゃった! 朔ちゃんには命は奪わないでって言われたのに~」
「ふん、相変わらず甘いな。こんなちっぽけな命でも
このロード・フォン・ディオスのエナ値の糧になる。名誉な事じゃないか」
息巻くロードにシンシアは眉を寄せ、真っ直ぐ向き合い苦言を呈する。
「無益な殺生と吸収は良いことではないわ。強い力はいずれ己を……滅ぼすわよ」
「己を滅ぼす? 己が力に溺れるのは、ただの三流だ」
ロードはシンシアの言葉を冷たく嘲笑う。
「……っ! そんな次元の話ではないわ!
どんな強く気高い志があっても、この“世界の法”には抗えないのっ!!」
突如、大きな声を張り上げ瞳を潤ませた。
怒りと悲壮混じりのシンシアの表情を見て、ロードはそれ以上の言葉を噤む。
「…………ごめんなさい。取り乱したわ。少し、頭を冷やしてくるわね」
目元を拭いながら小走りで市場を駆け去ってゆく。
その姿を見た朔桜はロードの方に駆けてくる。
「……なにがあったの?」
「さあな」
「今度はシンシアさんまで苛めたの? ダメでしょ!」
「おい、勝手に決めつけるな」
二人が言い争いをしていると
散って行った村人たちがワラワラと集まってくる。
「ゴブリンを倒してくれたのは、あなたか!?」
商人の男が昂る様子でロードに迫ってきた。
それに便乗し、他の民衆もたかってくる。
「ええい、鬱陶しい! それ以上近づくな!」
ロードの一喝で民衆は興奮を抑えた。
雷をバチバチと鳴らし警戒させる。
「おっと、これは失礼! 勇者様!」
「勇者様……? 俺の事か?」
「もちろんです! 勇者様! 貴方のおかげでこの村は助かりました!」
「いや、俺らのせいらしいんだが……」
小声で呟いたおかげで村人には聞こえてなかった様子。
「いやぁまるで、あの伝説の勇者様のようでしたよ」
「さっきから勇者、勇者って一体なんだ?」
「まさか! ご存じでない?」
馬鹿にされた態度を感じ取り、すぐに威圧する。
「あ?」
「し、失礼! あちらにある銅像が見えますか?」
男は市場中央にある噴水の像を指差す。
蛇のように何度も湾曲した剣を突き立て
最低限の身を守れる質素な軽装を纏い
頭にゴーグルを付けた凛々しい青年の銅像が威厳を放ち飾られていた。
「あの銅像こそ、約千二百年前精霊王を倒し
この世界を救った伝説の勇者、カウル様です」
「伝説の勇者!? すごいっ! ゲームの主人公みたい!!」
村人たちは自分の事の様に話を誇らしげに語り始め
朔桜は目を輝かせ、勇者カウルの英雄譚を聞き入る。
ロードは興味無さそうに話半分で聞いていた。
結局、小一時間ほど話を聞かされ、ノアはウトウトと舟を漕ぎだした。
「ノア疲れた。帰りたい……」
日も落ちてきて月と星々が輝くいい頃合い。
「そろそろ俺たちは宿に戻る。ここらでお開きだ」
ロードの一声でその場の全員は従い、道を開ける。
半寝のノアを背負い、朔桜と横並びで宿へ向かう。
「本当にありがとうございました!」
村人はロードたちの背から深々と頭を下げ、三人が見えなくなるまで見送った。
「別の世界って凄いね! 私の世界じゃ、夢物語だよ」
「確かに。英雄譚って感じの話だったな」
王道の正義の味方という感じで
ロードにはまるで刺さらなかった様子だ。
「そういえば、聞いたことなかったけどロードの世界はどんな感じなの?」
朔桜はふとした興味でロードに聞いてみた。
「聞きたいか? 六つの属性の国々が魔界の覇権を決めるため民を巻き込んだ死の大戦。
王族を決めるための貴族同士の醜い裏切りと騙し合いの血の争い。
いつ暗殺されるかも分からず、己の身を守るために延々と繰り返される
厳しい修練を行う殺伐とした日常の日々の話を」
「あ、やっぱいいです……」
朔桜は地雷を察し、話を逸らす。
「そ、そういえば、シンシアさんは大丈夫かな?」
「さあな。時間も経ったし、流石にもう落ち着いているだろう」
宿に到着し、ノアを布団に寝かせた後、二人でシンシアの様子を見に部屋を訪ねる。
「シンシアさーん! 大丈夫ですかー?」
朔桜が呼びかけながらドアをノックする。
少しの間の後、ドアの鍵が開く音がした。
しかし、ドアは開かれない。
「入れって事だろう」
ロードがドアノブに手をかけ勢いよくドアを開ける。
「…………」
ロードはドアの前で硬直し、動かない。
「早く入ってよー」
朔桜は不審がりロードを押しのけ中に入る。
開いた先には、タオル一枚の半裸の女性の後ろ姿。
長い髪から滴り伝う水滴を弾くきめ細やかな張りのある白い肌が目に映った。
精霊界のタオルの生地はぶ厚いバスタオルというよりも薄い手ぬぐいに近い。
そのせいでグラマーなボディーラインがタオル越しにもハッキリバッチリと分かる。
むしろ肌も薄っすらと透けている。
「シ、シンシアさん!?!?」
朔桜が驚きの声を上げるとビクッとしてシンシアは振り返り
棒立ちのロードの存在に気づく。
「§/※Φ@/◆※/Θっ!!!」
声にならない声を上げ
近くにあった陶器をロードの顔目掛け、豪速一投。
その豪速の凶器は呆然と立つロードの額に直撃し
ド派手に砕け散ったのだった。




