九話 ホノポ村
三時間徒歩移動の末、ロードたち一行は村の入り口に到着した。
到着するやいなや、シンシアは途端に茶色の薄手のローブを被る。
「やっと着いた~」
朔桜は既にバテて息を切らしていた。
太陽は丁度真上で煌々と照っており、人間界でいえば昼の十二時くらいだ。
密集して生えるホノポという名の大きな木の葉陰に家が作られている。
それがホノポ村の名の由縁だ。
この村は以前、門の近くにあったのだが
誘香粘竜ストロベリアルに蹂躙され、廃村となり移転したのだ。
朔桜が休んでいたあの小屋も当時の名残りであった。
ホノポ村の人口は、三百人程度。
農業、畜産、木材や薬草の採取などで生計を立てている。
入口近くに市場があり、果実、野菜、肉、それに服や武器なども販売されている。
「うわ~すごいゲームの中みたい!」
朔桜は目を輝かせ、辺りをあちこち見て回っていた。
周りからは奇異な目で見られている。
それもそうだろう。
朔桜とノアは人間界の私服。
ロードは真っ黒の衣を纏い
シンシアは頭をすっぽり覆うローブを被っている。
怪しく思わない方がおかしいだろう。
服を見繕うにも、まずはこちらの世界の通貨が必要になる。
「シンシア、物の相場が知りたい。
この金塊、この世界でどれくらいの価値になる?」
ロードは黒鴉の衣から片手一杯の金塊をこっそりとシンシアに見せた。
「こ、こんな量換金できないわ! この村が買えちゃうわよ!」
「なるほど。これで村一つか」
「この村はそんなに豊かじゃないからね」
「ならこれ三つの額を教えてくれ」」
楕円の金塊を三つほど掌で転がす。
「ざっと600000リルくらいね」
「リルはこの世界の単位だな。理解した」
素っ気無く答えると換金所の場所を村人に聞いて堂々と入っていく。
中には質素な服を着たスキンヘッドの強面の男が椅子にどっしりと座っていた。
「ん? ガキが何の用だ?」
ロードを品定めするような怪訝な目で睨む。
「これを換金してくれ」
金塊を一つを取り出し、机の上に人差し指で立てて置く。
すると男の目の色が変わった。
「……いくら欲しい?」
低い声で静かに訪ねる男。
「200000リルだ」
「おいおい、バカ言っちゃいけねえ。これじゃ100000リル……いや、80000リルだな」
「おいハゲ。図に乗るなよ? この品質とこの重量、まともな品定めも出来ねえのか?
訳あって即金が必要だからわざわざこんな辺鄙な田舎で売ってんだ。
買い叩くなら余所で100000リルで売る」
ロードはすぐさま金塊を握り、踵を返す。
「お、おい! ちょっ、ちょっと待て!」
強く机を叩き、ロードの気を引こうする。
「なにか用か? 茶でも淹れてくれるのか?
それとも、都合よく相場でも変わったか?」
にやりと悪い笑みを浮かべる。
「俺が悪かった! 200000リルで買い取る! だから余所で売るのはやめてくれ!」
「ふん、懸命な判断だ」
ロードが机の前に元に戻ると男は冷や汗を拭う。
「ああ、そういえば忘れていた。後、二つあったんだった」
男は大量の汗を流し、引きつった笑顔をみせた。
換金所からロードが戻ると女子三人は
串焼き屋の長椅子に腰掛け、わいわいと食事をしていた。
「ロードーー! これ美味しいよーー!!」
遠くから朔桜が叫ぶ。
「それどうやって買ったんだ?」
「シンシアさんが奢ってくれた!」
ロードは溜息を漏らし、一番大きなコインを指で弾いてシンシアに渡す。
「別にいいのに。ところで換金どうだった?」
「きっちり500000リルにしてきた」
「あまり叩かれなかったわね」
「最初はくそみたいな値段を提示されたさ。
だが、奴らも商売人。それが当然」
「随分と寛容ね」
「一つ200000リル。三つで600000リルだが、口留め料として100000リルまけてやった。
これで面倒事にはならんだろう」
「貴方……交渉の才能があるわよ?」
「こう見えても、一応王族なんでな」
「王族……ふふっ……やっぱり貴方たち面白いわ」
シンシアは二人の話に一切興味を示さず
一心不乱に肉を食らう朔桜とノアを見て平和を感じるのだった。
四人は最初に宿を決めた。
場所はこの辺の宿で一番お高い宿。
豊かじゃない村とシンシアは言っていたが、十分に広さがあり清潔感もある。
その部屋を三部屋借りロード、朔桜とノア、シンシアと分けた。
食料の買い出しに全員で市場に向かう途中、シンシアはすまなそうに口を開く。
「悪いわね、私の分の部屋代まで……」
「構わない。ここまでの案内料だと思ってくれ」
二人のやり取りを聞き朔桜は口を尖らせる。
「ロードなんだかシンシアさんには優しいよね」
「そーだよね! ノア達には厳しいのにさ」
二人はブーブーと不満を漏らす。
シンシアはどう反応していいのかと困惑している。
「優秀な人材にはそれなりの待遇があるのは当然だ。
お前らもいい対応してほしいなら肉がっついてないで聞き込みでもしろ」
「ふん! すごい情報手に入れてくるもん! 行こ! ノアちゃん!」
「うん! みとけよ~」
二人は市場を颯爽と駆けて行ってしまった。
「くそ、あいつら……。先に買い出しだろ……」
「まあまあ。とにかく買い出しを先にしちゃいましょう。
その後は服の買い出しね。あなた達の服かなり目立つから」
「随分と手際がいいな。冒険に慣れているのか?」
「ええ……まあね。昔、かなり大冒険したから」
シンシアは澄んだ空遠くを感傷的に見つめる。
語りたくない事なのだろう。
ロードは空気を読み、それ以上の話をしなかった。
目的通りに市場で買い出しを済ませ、三日分の食料を一気に買い込んだ。
「こんなところか」
「そうね。でも、携帯食とかは買わなくていいのかしら?
村同士の間隔が結構遠いから数日とかはざらよ?」
「問題ない。人間界で優秀な携帯食を買い込んである。数年持つものもあるそうだ」
その言葉にシンシアは目を見開いて驚く。
「数年!? それは凄いわ! やっぱり他の世界は文明が進んでいるのかしらね」
「魔界や人間界を見てきたが、正直ここが一番文明レベルは低いな」
「まあ、薄々感じてはいたけどね」
「その口調、以前にも他の世界の人間に会った事があるみたいだな」
「御明察。私はこの世界で他世界の人種と会っているわ」
「随分と経験豊富な人生だな」
「まあ、千五百年生きてればね」
会話の途中、シンシアの耳が機敏に動く。
直後、市場の奥から甲高い悲鳴が聞こえた。
その方向は朔桜とノアが駆けて行った市場の入口方向。
嫌な予感が頭をよぎる。
「ロード!」
シンシアが大きな声で呼びかける。
刹那、ロードの姿は一瞬で消え、その場には一迅の風が渦巻いた。




