六話 甘香の赤竜
ロードは早々に朔桜とノアを地上に降ろし、戦闘態勢を取る。
一直線に飛んで来る赤い巨竜はロードの眼にも捉えられるほどの距離まで近づいてきた。
大きさは全長三十メートルはあるだろうか。
流石に忌竜アルべリアウォカナスほど大きくはないが、十分に巨大だ。
先端にかけて丸く尖り、大きく膨らんだ頭には
小さな薄緑色の目の様なものがたくさん付いている。
白い線の入った赤い身体。
身体と同じくらい大きい赤翼。
年季の入った鋭い薄緑色の爪。
尻尾の方から緑の体毛が生えており、尾の部分から色が変わりまるで深緑の太い蔦。
太い蔦尾から細い蔦尾が数本に分岐しており
細い蔦尾の先端には、鋭い爪のような、棘のようなものが生えている不可思議な赤竜。
ノアの言う通り、ロードたちを目掛けて来ていたのは間違いないようだ。
ロードの攻撃射程範囲を見切り、赤竜は距離を置いてピタリと空中で止まると
双方は互いに出方を窺う。
先に動いたのは、赤竜。
大きな翼を勢いよく羽ばたかせ、一直線にロードに迫る。
「雷造!」
ロードは退かずに真っ向から立ち向かい、雷造で作った拳銃で狙いを定めた。
引き金を引くと銃口から電磁投射砲が放たれる。
赤竜は加速したまま身体をぐにゃりと曲げ、光速の攻撃をいとも簡単にかわした。
「なっ!」
ロードは危機を感じ、咄嗟に風壁を張ろうとしたが、完全に赤竜の攻撃範囲内。
素早く繰り出された太蔦尾の一撃をモロに食らい、木々の枝を折りながら地面に叩き下ろされた。
「くそっ! 見かけよりも速ぇ。それに動きも柔軟だ」
あらかじめ自身の周囲を風壁で守っており、外傷はない。
以前戦ったクオルドネルと同等程度の威力。
前よりも魔力は上がっていても、護身用の風壁じゃ容易く破壊される。
膝を付いたロードが立ち上がろうとすると、真上で赤竜が大顎を開口。
「風壁っ!」
何かを察し、瞬時に風壁を全力展開。
前方に魔力を集中させる。
赤竜は口から真っ赤なブレスを吐き出した。
「風壁―球!」
咄嗟に風壁を球体へ形状を変化させ、周囲全体を守る。
そのブレスはドロっとした液状で風壁全体を覆い尽くす。
「おっと」
ノアは朔桜を雨の衣で掴み、飛び散るブレスから退避した。
ロードの視界は完全に奪われたが、そんなのはお構いなしに術を唱える。
「紫雷―向日葵!!」
ロードを中心として大きな花が咲くように紫の激しい雷撃が広がっていく。
ドロドロのブレスはその雷撃に吹き飛ばされ、周囲に飛び散る。
「消し飛べ! 爆雷―鈴鯨!!」
赤竜を上回る大きさの鈴の鯨が出現。
鈴鯨は赤竜に体当たりすると同時に鈴の音を響かせる。
直後、大爆発。
超高密度の電撃を一気に放電し、周囲の木々は消し飛び、
大地は抉れ、爆心地はぽっかりと荒野と化した。
そんな巨大な攻撃を喰らった赤竜は無事では済まない。
体組織は六割り消し飛び、千切れかけた練り消しのようだ。
「あれでも死なないのか。しぶとい奴だ」
損傷した部分から大量の赤い液が噴き出す。
それは血ではない。先ほどロードに吐き出したものと同じドロドロの液体だ。
まるで止まる気配はなく、湯水のごとく溢れ出ている。
次第に赤い液体は地面一体を赤く染めていく。
「なんだこの液体……それに、この匂い。甘ったるくて胸焼けがする……」
ロードは嫌悪の表情で鼻と口を黒鴉の衣で覆う。
「何これ~! 凄く良い匂い!」
「臭い! ノアは好きじゃない……きもちわるい……」
朔桜は好意的だが、ノアは不快感を感じており
香りを嗅いだみんなの感想はバラバラだ。
「貴方たちっ! 何をしているのっ!? 今すぐそれから離れなさい!!」
突如、背後から凛として芯の通った女性の声で諫言される。
「その匂いを嗅いではダメッ! 液にも触れないで!!」
鬼気迫る声に従い、三人は液体から距離を取る。
「視力が惜しいのなら目を覆いなさい!
デネブ! アルタイル! ベガ!」
掛け声とともに放たれた三つの光は
世界から色が消えたかのように一瞬で辺りを白く染めた。
上下左右の感覚が麻痺するほどの二つの閃光。
それに加え、一つの閃光が竜を貫く。
光が消えた頃には、ロード、朔桜、ノアの姿はその場には無く
崩壊した赤竜の肉片だけが残されていた。




