三話 早めの卒業旅行
墓地から足早に立ち去ろうとするロードの『黒鴉の衣』の裾を軽く摘まみ、
朔桜は引き留める。
「ねえ、ロード! この後時間ある?」
「無いな。すぐに精霊界に行く計画を練る」
「よし! じゃあ、遊びに行こー!」
元気に腕を伸ばす朔桜。
「おい。話を聞け、会話をしろ」
「いいじゃん! 答えを出すのは今日まででしょ? 今日が終わるには後十時間以上あるよ!」
「まあ、そうだが……お前この後学校だろ?」
「うん! 今日で終わり!」
「夏休みって長期休暇が終わったばっかだろ? また休みなのか?」
「違うよ。今日で学校辞めるから」
朔桜は笑顔でそう言ったが、その表情からは寂しいという雰囲気を感じる。
「……確かに。精霊界に行くとなればそうなるか」
「うん、だから退学届けを出す前に卒業旅行しよ!」
「先に出してこいよ」
「そしたらもう高校生じゃないもん! 高校生のうちに旅行したいの!」
ロードは少し悩み、朔桜の一世一代の決断に免じて首を縦に振った。
「よし! じゃあまずは北極! その次南極! 次はアメリカ、フランス次は――――」
「待て、その地域までの距離がどれぐらいかは知らん。が、何で行くつもりだ?」
「それはもちろん――――」
「よもや八雷神の一柱。伏雷神 ライトニングなどと戯言は言うまいな?
使役しているとはいえ神だぞ! 移動の脚にするな!」
「ま、まさかそんなわけないよ! もちろん徒歩だよ、バスだよ、電車だよ、飛行機だよ!」
「よし、じゃあ行ってこい」
その後、みっちり叱られてたくさん謝った朔桜を抱え
ロードは風の魔術、飛翔を使って国内の目的地に向かう。
そこは歴史的建造物のお寺や庭園、神社などが今も数多く残っている古都 京都。
ここ京都はエナを使える人間が一番多い都市でもあり、人魔戦争では多くの偉人が名を残している。
修学旅行や卒業旅行と言ったらここが定番なのだ。
都市周辺は自然も多く、空気も穏やかで、エナの量も他の地域より些かに多い。
昔の数多くの偉人がここに拠点を構えたのは、そういう理由もあるのかもしれない。
約時速600km。一時間足らずで京都駅の屋上、大空広場に着陸。
着地間際にクリアエアで空気を捻じ曲げ透過させる。
周りの人間は空から降りてきた二人には気が付いていない。
「よし! 早速、観光をしよう!!」
いつもより五倍増しのテンションではしゃぐ朔桜。
たった今飛んで来たのに、今にも飛んでいきそうな朔桜にせかされていると
ロードの魔導具『黒鏡』に通信が入る。
それを確認すると蜘蛛女と三文字が表示されていた。
不思議と文字を見るだけで相手の感情が分かる。
それに第一声は大声だろう。
黙ってそのまま閉じると一秒と経たずに通信が入った。
ロードはため息を漏らし、通信をオフにする。
「どうしたの? 早く行こうよっ!」
「ああ、そうだな」
ロードはティナへの日頃の憂さ晴らしとして全て無視する事に決めた。
今頃ティナは顔を真っ赤にして怒り狂ってるであろうが。
そんな事はいざ知らず、朔桜はお気楽で楽しそうだ。
紅葉が咲くにはまだ時期は少し早い。
気候は暑くもなく寒くもない。丁度いい気候だ。
駅から数十分歩き東寺という千二百年前に建設された寺院へ行く。
朔桜は抹茶を飲みながら東寺を見上げ「うわー本物だー」とかいう感想を残し
スマホで写真を撮り次へ。
近くの大型ショッピングセンターで飲み物を買い
鴨川沿いをのんびり歩いて景観と川の音色を楽しみながら目的地に向かう。
向かったのは千本鳥居で有名な伏見稲荷大社。
着いた途端、朔桜は鳥居の前で軽く会釈をしてから隅の方を歩く。
ロードは堂々と真ん中を突っ切った。
「こらこら! 真ん中を通ってはいけません!」
朔桜が手招きをするがロードは無視。
こそこそと寄ってきた朔桜はロードの腕を取り隅に引っ張った。
「なぜわざわざ人間が多いとこを歩くんだ! 邪魔くさい!」
ロードは非効率的だと不満を口にする。
「真ん中は神道だから通ったらダメなの!」
二人の大きな言い合いを聞いた観光客たちは静かに道の隅を歩き始める。
「俺の中にも八体の神がいる。故に俺が真ん中を通ってもなんの問題もない!」
ロードは朔桜の手を振り切り、一人で真ん中の道を突き進んでいった。
手水舎で手と口を清めた朔桜は真っ黒の服装で周りから浮いている連れを拾う。
ロードはあまりの人の多さに嫌気がさしていたが
シーズンの時期だとこれの倍はいると朔桜に聞き、更にげんなりしていた。
対照的に朔桜は先程の落ち着いた雰囲気とは一変。テンションはMAXだ。
ロードの事を忘れ、普通の高校生らしくはしゃぎスマホでパシャパシャと写真を撮りまくっている。
朔桜が一通り満足した後、二人は参拝に向かった。
本殿の前に立つと空気がフッと変わる。
「なんかここ落ち着くね」
ロードは目を閉じ雰囲気を感じる。
「空気も澄んできてエナの質も高い。確かに。悪い気はしないな」
「でしょ! まずはこうやって」
大きな綱を揺らし頭上の鈴を鳴らす。
ポケットに用意していた五円玉を賽銭箱に投げ入れる。
「なぜ五円なんだ?」
「別に深い意味じゃないけど、ご縁がありますようにって語呂じゃないかな?」
「じゃあこれでいいか」
ロードは朔桜の財布からお札を三枚抜き、投げ入れた。
「ちょっ! 何円入れたの?」
「三万円だ。三万回縁が来そうだろ? むしろ来ないと許さんが」
「今日の旅費と食費なんだけど……」
「金塊ならまたいくらでもやる。最大限恩を売っておく方が重要だ」
金塊をくれるならいいかと気持ちを切り替えた朔桜は二拝二拍手一拝し願う。
いつか母と会えますように。と
そしてロードも同じく動作を真似て願う。
いつか母と会えますように。と
「よし! 次はおみくじ引こっ!」
朔桜は半ば無理やりロードを引っ張りおみくじを引かす。
「どうだった!?」
結果に興味深々の様子。
ロードはその文字に顔をしかめる。
「これ、なんて読むんだ?」
ロードの広げた紙には吉凶不分末吉の文字が書いてあった。
「きちきょうわかたずすえきち? かな?」
「どういう意味だ?」
「待って、今調べるね。えーっと、あ、あった! 基本的には吉だが凶に転じる可能性ありだって」
「なるほど、わからん。お前はどうだったんだ?」
「私はね~じゃーん! 大大吉!!」
「それはすごいのか?」
「たぶん! 一番すごいはず!」
「運だけはいいのな、お前」
「えへへ」
朔桜は満面の笑みで嬉しそうだ。
おみくじをしっかり結び、お守りを買いに行く。
「いろいろあるんだね~」
朔桜は表を見てじっくりと吟味する。
「金ならあるし、全部買えばいいだろ」
「そーじゃないの! 一つにするから特別感あるの!」
そこから数分悩み、ロードと朔桜はお互い一つずつお守りを買った。
朔桜が買ったのは黄色い布に複数の鳥居の模様が描かれた願いが通るお守り。
ロードが買ったのは縦長の赤い布がポリ塩化ビニルで囲われた
為したいことが成就するお守りだった。
「なんでそれにしたの?」
「勘だ。お前はなんでそれにしたんだ?」
「私も結局勘にしちゃった」
てへと舌を出す朔桜にロードはさっきの時間は何だったのかと呆れている。
その後も京都を観光して回ったが、金を売ったり
朔桜の買い食いに時間を割いたりで
全てを回りきる事は出来なかった。
時刻は十六時。
夕陽が空を染め、日が沈みかけている。
そろそろ戻らないと学校が閉まってしまう。
「修学旅行はここでお終いかぁ~。全然回れなかったなぁ~」
京都駅の展望施設から橙色に染まった風景を一望し、独り言を呟く。
「人間界に帰ってきたらまた来ればいいだろ」
ロードの何気ない一言に朔桜は少しの期待を交え一つの質問をする。
「そしたらさ、また一緒に来てくれる?」
キメ細かい髪を揺らし振り向いた朔桜は少し不安そうな表情をしていた。
ロードは一間置いて答えを出す。
「混んでいるシーズン中じゃなければ、な」
「うん! 約束!」
朔桜は今日一番の満面の笑顔をロードへと向けたのだった。




