二話 墓標
住宅地の一角。風景の一部として馴染むような二階建ての青い屋根の家の前で足を止める。
一人で住むには些か大きく、少し物寂しい。これが私の家。
門を押し、何も植えていない花壇を後に、バッグから出した可愛い犬のキーホルダーの付いた鍵を回し家に入る。
暗い玄関と静寂。この空気も久しぶりだ。
最近はロードも居たし、明やノアちゃんもたまに遊びに来ていたから、いつもより静かに感じる。
電気も点けぬままリビングのソファーで横になり、部屋の隅々を見渡す。
月明りと外灯でうっすらと見える景色。ここで小さい頃から過ごしてきた。
ここに住んでもう……。
「何年だっけ?」
幼い頃からここに住んでいたという記憶はある。
でもそれが具体的にいつだったのかは記憶の一部に白い靄がかかったように思い出せない。
思い出せる事を整理する。
私は幼い頃からお母さんとおばあちゃんとここに住んでいた。
お父さんとおじいちゃんは私の記憶に無く、見た事も写っている写真も無い。
お母さんは「二人とも遠いとこにいる」と言っていたのは薄っすらと記憶にある。
その後、「お仕事があるからあなたは幸せに」と言い残し、お母さんは私の前から消えた。
一緒に暮らしていたおばあちゃんも後に病気で亡くなってしまい
お婆ちゃんの知り合いの町風香さんに色々とお世話になり、今こうしてこの家で暮らしている。
「こう思うと結構ヘビーな家庭環境だよね、私」
考えたくは無いがお母さんがもしも生きていなければ天涯孤独か……。
暗い部屋のせいで思考がどんどん暗くなってしまう。
足を頭の上に突き上げ、一気に下に振りその反動でソファーから起き上がる。
リビングを後にし、階段を上がって二階の部屋に向かう。
一面ピンクの自室を見ると気持ちが少し落ち着いた。
ロードや明は趣味が悪いと言うけど私は可愛いと思う。うん。
ベッドの上に座っているテディベアを勢いよく抱え、ベッドに飛び込む。
「ねえ、私どうしたらいいと思う?」
テディベアは何も答えてはくれない。
真っ黒で硬いつぶらな瞳には不安そうな私の顔が映っていた。
考え事をしながらいつの間にか寝てしまったみたいで、目が覚めると外の鳥がうるさく鳴いていた。
時計を見ると朝の六時だった。
「よし!」
お風呂に入り、朝食を摂り、着替えを済ませ、一筆文字を書く。
制服に着替え早朝から出かける支度を整えた。
家を出てまだ静かな繫華街を歩く。この時間だと、どこも開店準備中みたいだ。
今日は平日。スーツを着たサラリーマンや二人で談笑しながら通学する学生。
ランニングするおばさん。お店のシャッターを上げるおじさん。
みんないつもの日常を過ごしていた。
海沿いの道に出て、小さな無人の小屋から必要な物を借りる。
自然の残された小高い丘へと登る。
上は鬱蒼とした草木が生い茂り、右側には海沿いに落ちないよう強固な柵。
左側には丸石が私の背より高く積まれている。
緩やかな螺旋状に作られた幅の広い平岩の階段を小股でちまちま登って頂上を目指す。
牡丹と松に挟まれた石道を通った先、空と海、果ての無い二層の境界線が広がる。
そして辿り着いたのは小さなお墓。そう、ここは墓地。
眺めは抜群で海が一望できる立派な場所。
嫌な事があると良くここに会いに来ていた。
「来たよ、おばあちゃん」
下で借りてきたのは桶と柄杓。
近くの蛇口で水を入れ、持ってきた布巾で墓石を隅々まで掃除し、残った水を湯呑に注ぐ。
つま先で屈み、数本のお線香を束ね、火を付ける。
軽く振り、煙が立つのを確認し、お線香を供えた。
「ごめんね、今日はお花無いんだ。これからね、私、世界を救ってくる!
おかあさんもいつかここに連れてくるから!
きっと帰ってくるから! ここで見守っててね」
目を閉じ手を合わせる。
すると後ろから一迅の風が舞う。
そこには、黒鴉の衣に身を包んだロードの姿があった。
「どうしたの?」
「どうしたもあるか。ここに来るルートは知らされていない。随分と探したぞ」
「あ、そういえば……」
何かあった時のために私が行く場所はマッピングしているんだっけ。
「黒鏡にも出やしない」
「あ……昨日のバッグに入れっぱなしだ」
舌を出してウィンクしてわざとらしく頭を小突く。
「おい」
声が本気……。ご立腹みたいだ。
「えへへ、ごめんごめん」
ロードは何をしているのか気になる様子でこちらを覗き込む。
「手向けか?」
「うん、おばあちゃんのお墓参り。近々来れないかなーって」
「そうか。決めたんだな?」
「うん。私も……一緒に精霊界に行くよ!」
その言葉を聞き、ロードはふうっと息を漏らす。
今の溜息は決断が遅いという呆れからだろうか。
私が行くと決めた安堵からだろうか。
「ブルームス」
ロードは不意に魔術を唱える。
手には、色とりどりの立派なお花が握られていた。
「花ぐらい用意しておけ」
「ロード……」
「俺も半分は人間の血だ。死者を供養する概念は知っている」
「ロードもこういうことするんだ……。少し意外だな……」
「魔界じゃほとんどがエナ持ちだ。死んだら光になって消えるけどな」
「じゃあ、なんで知ってるの?」
「母親が良くやってたんだよ。無い死体相手に。他人でも死は尊ぶものだと。
まあ、綺麗ごとだけどな」
「そんな事ないよ。きっと亡くなった人は嬉しいよ。私のおばあちゃんもきっと喜んでる」
「それなら……いいが……」
「これは知ってる?」
私はお墓の前で両手を合わせる。
ロードは軽く「あぁ」と返事して手を合わせ目を閉じた。
珍しく真剣な面持ちに数秒見つめてしまう。
視線を感じていたのか、ロードは薄目でこっちを睨んだ。
私は慌てて手を合わせて目を閉じる。
不思議と同じお墓に手を合わせるその数秒間は、とても温かな時間だった。




