特別話 無人島? 水着バカンス騒動
八月某日。
自然と汗ばむ季節。
カンカン照りの太陽。
キラキラ光る白い砂浜。
魚が浮いて見えるほど透き通った海。
こんなにも最高の時期と環境にも関わらず、煩わしい人混みは一切無い。
なぜならここはフィリピン海沖の小さな無人島だからだ。
ロードたち一行は、八雷神の一柱である伏雷神ライトニングの光速移動を使い
日帰りのバカンスに来ていた。
白い浜辺で海を眺めるのは、細身の身体に無駄の無い筋肉がついた上裸に内が透けるほどの薄い生地の真っ赤なアロハを着て、頭には黒い大きなサングラス。
大きめな黒い水着が良く似合うロードの姿。
「良い景観だ。何より静かだ」
一人海に向かい独り言を漏らす。
目を閉じ風を感じる。
潮の香りと太陽の日差しを感じていた。
自然を満喫していたロードの背後が突如、騒がしくなる。
「ロード! お待たせ!」
幼い容姿とは裏腹にたわわな胸を揺らし走ってきた少女は並木 朔桜。
桜色の長い髪をたなびかせてロードの傍に着く。
いつもと違う甘い香りが漂う。
日焼け止めのオイルは既に塗って来たらしい。
髪型はいつものおさげだが髪飾りはいつもの球体とは違い、今日は夏らしく大きなハイビスカス。
可愛いフリルの付いた白いラインの入った淡いピンクのビキニは彼女の武器を甘く誇張させている。
胸元には黄色く輝くオーバルの大きな宝石のペンダントが太陽光を浴びキラキラと光る。
「別に待ってないが」
「またまた~」
ロードの前でくるりと回転してポーズを決める。
「どう!?」
「なにが」
「えっ!? なにか感想はない?」
「ああ……。雷電池はちゃんと潮風に当てないとこをにしまっておけよ。錆びて宝具としての概念が消えるかもしれないからな」
「違う! そうじゃない!!」
「あ?」
「も~どうしてこう乙女心が分からないかなぁ~!」
プンプンと怒る朔桜の後ろからビュンと風を切って少女が飛び出す。
波打ち際で足元の砂をえぐり高く飛び上がり、激しい水しぶきをたてて遠海に飛び込んだ。
一番に海に入ったのは白い花柄の黄色いセパレート水着を着たノア。
元気で可愛らしい雰囲気がこれでもかと伝わる。
「ぷはー! 気持ちい! やっぱ海はいいね!」
ここ数カ月で感情が豊かになり、すっかり語尾が?のアイデンティティが無くなった様子。
「ティナちゃんも泳ごうよー!」
満面の笑みでティナに手を振るも、ティナは全くの無反応。
大きなパラソルの陰に入り、砂浜に敷いたレジャーシートの上で大きな白いタオルを羽織り
不機嫌気そうに体育座りをしている。
ロードがティナ見るとたまたま目が合い突然、食ってかかる。
「こっち見ないでよ、気持ち悪い」
「あ? 誰がお前なんか見るか。喉が乾いたから横のクーラーボックス見たんだよ」
「ふん。どーだか」
なぜ仲が悪い二人が一緒にバカンスに来ているかというともちろん、理由は朔桜だ。
ロードとノアと無人島に行くと聞いたティナは
飛行機をジャックしてでも付いてくるつもりだったらしい。
それを聞いて朔桜はロードに頼み込み、ティナの魔力九割を朔桜が持つ宝具【雷電池】にチャージさせるという条件で同行する事を許可した。
「もー! せっかく一緒に来たんだから今日ぐらい仲良くしなさい!」
朔桜が二人を叱るが、二人ともそっぽを向き話を聞かない。
朔桜はずがずかと二人のもとに近寄り、ティナの羽織ったタオルを素早く奪う。
「ちょっと! ひゃっ!」
朔桜はクーラーボックスから取り出した氷水をティナの背中にかけていた。
ロードの前で今後、二度と、絶対に、出すことがないであろう可愛らしい声を出す。
あまりの冷たさにティナはパラソルの陰から外に飛び出した。
すらっとしたモデルのような体型。
蜘蛛の巣柄のパレオから白くて長い足がちらちらと見え、
白く透き通った肌に黒い水着のセンスが彼女の魅力と品を高めている。
「あっつ」
砂の熱さと日差しの暑さに顔をしかめる。
その背中を朔桜が押して二人とも海に入っていく。
美少女三人が海で遊んでいる中、ロードはパラソルの陰に座り、
キンキンに冷えたコーラを取り出し、喉を鳴らし飲む。
「ぷはぁ~~~。うっま」
四人はしばしの間、快適なバカンスを過ごした。
日焼け止めを女子たちで塗り直したり、
【変身】でイルカに変身したノアが朔桜とティナの乗ったバナナボートを引っ張ったり、
三人でビーチボールで遊んだり、バルーンの中に入って海を歩いたり。
ティナは『八つ脚の捕食者』で魚を突いてたり。
その間、ロードはひたすら釣りに興じていた。
コマセとサビキで小魚を釣り、その魚を使って泳がせ釣りで大物をバンバン釣る。
一同はひと時の普通の幸せをこれでもかと楽しむ。
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日は傾き夕陽が島を照らし、皆の影が伸びる。
「そろそろ帰るか」
ロードの言葉に皆が頷く。
「今日はいっぱい遊んだね!」
まだまだ元気そうな朔桜。
「もう……塩水でベタベタよ」
絡んだ髪に手櫛を通すティナ。
「zzzzz」
遊び疲れて眠てしまったノア。
全員が帰り支度をしたその時だった。
異様な視線を感じ、ロードとティナは海を睨み警戒する。
「なになに? どうしたの?」
朔桜が海を覗き込もうとしたその刹那、鋭い鉄片が顔前に飛んでくる。
キン!と鉄が弾かれる音。
ロードがドーム状の風壁で攻撃を防いだ。
「背後から出るな。あとノアを起こせ」
朔桜はその場から大きな声でノアを起こす。
「ノアちゃん起きて!」
「ん~~もぅおうち着いたぁ?」
寝ぼけたノアは目を擦り起き上がる。
「蜘蛛女、敵の数は分かるか?」
「海に二百五十……いや、三百ちょいはいるわ。それに後ろにも何十体かいる」
樹木の奥からも鉄片は投げられているが風壁はびくともしない。
「ちなみに魔力を九割チャージしたから魔術はほとんど使えないから。
おチビちゃんも遊びに宝具を連発してたし、ほぼエネルギー切れね」
「役立たず共が」
「先にあんたを殺そうかしら?」
「そうしたら帰る手段の無いお前らは泳いで日本に帰る事になるぞ。
まぁ、そもそもの話お前ごときに負けるなんて絶対にあり得ないけどな」
顔を突き合わせ二人が言い争っている間に何本もの鉄片が投げられ、周囲は鉄片が散らばっていた。
ロードの風壁を破れるわけはなく、遠距離攻撃を諦め、
海中に潜んでいたモノたちはぞろぞろと砂地に上がってくる。
その姿は、ナマズのような顔をした魚人。
つぶらな黒くて丸い目と長いヒゲ。
手足には水かきが付いていて槍を握っているものもいる。
腰には太い蔦に大量の魚が括り付けられていた。
「魚ふぜいが随分と好戦的ね」
「なるほど、ここの島は無人島ではあるが、有魚人島だったって事だな」
「どういう事??」
朔桜は首を傾げる。
「ここはこいつらの縄張りで、俺たちは家に入り込んだ侵入者ってところだろうな」
「ええっーーー!」
朔桜の大声を皮切りに魚人が一斉に風壁の周りに集まり、
四方八方上に登っている輩もいて全方位逃げ道が無くなった。
「ロードどうするの!?」
朔桜はキョロキョロ周囲を見回しながら慌てふためいている。
「問題ない。蜘蛛女、岩壁は使えるな?」
「愚問ね」
「朔桜とノアを抱えて使え」
腹が立つという釈然としない顔と舌打ちを鳴らしながらも
ロードに言われた通り、ノアと朔桜を抱えて自身の周りに岩壁を張る。
それを見届けたロードは風壁を解き、上に爆雷を放つ。
丸焦げになった瀕死の魚人を掴むと飛翔で宙へ舞い上がる。
魚人たちは逃がすまいと鉄片を飛ばすも、手に掴んだ魚人でガード。
「おいおい、同族が苦しんでるぞ?」
掴んだ魚人を盾にする非道な行為に
リーダーであろう一回り大きい魚人が前に立ち、後続にやめろと指示を出す。
「お前が長か。王族に楯突いた罪は重いぞ」
アロハ姿でサングラスを頭に付けたロードの身体中から紫雷が弾ける。
その雷から恐ろしい程の圧を感じる。
つい先ほどまでバカンスを楽しんていた者とは思えない。
「さあ、外来種の駆除の時間だ」
そして、ものの数分で四百近くいた魚人は一体残らず、グラサンアロハに殲滅されたのだった。
のちに知った話ではあの海域は魔の海域と呼ばれ船が難破する事故が多発していたらしい。
おそらくあの魚人たちの仕業だろう。
ロードたちは空中から上陸したので阻害されなかったみたいだ。
ロードたちが魚人を殲滅してあの海域は平和になったが、
いずれあの島を見つけた人間があの場所を広めてしまうことだろう。
そうなればもう静かなバカンスは出来なくなってしまう。
こんな事なら魚人を少しだけ残しておくべきだったとロードは少々後悔したのだった。
余談だが、帰宅後その話をノアがDrにすると「誘われなかった」と数日拗ねていたらしい。




