二十五話 大陸震撼砲 八雷神 ネザー
海原を裂くように白く巨大な船が一直線で突き進む。
辺りに島や漁船は見えない。
派手な交戦になっても巻き込まれるモノはない。
「ドクターは子供たちの所に行って安心させてあげて?」
「わ、わかった!」
「そこの黒いお姉さんは、後方確認お願い!」
「は?」
一言で威圧するティナ。
「明、お願い!」
「……しょうがないわね……」
「ロードくんは何が起きても大丈夫なように備えててね?」
テキパキと乗り組み員を指揮するノア。まるで船長だ。
「おチビちゃん、でかい魚釣れたみたいよ」
ティナが後方を見ると今やこの舟の二十倍以上ある忌竜アルべリアウォカナスが
大きな背ビレを水面から出し、大波をたててながら舟を追う。
速度は圧倒的で数秒で舟との距離を詰めてきている。
「真後ろ付いてるわよっ!」
ティナが叫ぶとノアは思いっきり舵を切り左に曲がる。
「撒けてない! 体当たり来る! 備えて!」
ドンッ!!!!
体が吹き飛ぶような大きな衝撃。
ロードは朔桜を抱えて守り、ノアは舵にしがみ付き
ティナは八つ脚の捕食者を舟に突き刺し各自なんとか凌いだ。
「方舟損傷90%! 耐久ギリギリだね……一度張り直すよ?」
ノアの方舟を再度展開した間際、突き上げるような衝撃が襲う。
周囲を見渡すと水平線見える。
ロードが舟から身を乗り出し下を見ると
海中から伸びる水の大柱に百メートル近く押し出されていた。
「おい、この舟、衝撃にはどれほど耐えれる?」
「今のところアルべリアウォカナスの体当たりならギリギリ一度は耐えられるよ?」
「このまま落下したらどうなる?」
「海面との衝撃くらいなら大丈夫だけど
落下と同時に体当たりされたらみんな死んじゃうかもね?」
その言葉の直後、水柱は霧散。
フッと重力が無くなり、身が宙に浮く。
「全員、何かに捕まれ!」
大舟は海に向かい急速落下。
「風壁―重羽!」
柔らかな風が何重にも重なり、落下を僅かに緩めていく。
微調整で舟が逆さまに落下しないように重心を保つ。
しかし、下にはアルべリアウォカナスが備えている。
「あのくそ魚っ! 知恵が回りやがる!」
ロードは渋りつつも手を天に翳す。
「現れよ、裂雷神 クリムゾン!」
天からの紅雷がアルべリアウォカナスの角に直撃。
顕現と同時にクリムゾンは拳を繰り出す。
「三枚に卸してやれ!」
忌竜は禍々しい深紅の目で雷神を睨むと、周囲の水が数千数万の槍へと変化。
先端からは水分が消え、石のように凝固された白い塩の塊へ。
その鋭い先端がクリムゾンを襲う。
「じゃかあしい!!」
大きな四本の腕で薙ぎ払うも槍の数は圧倒的。
この大海原全てがアルべリアウォカナスの武器だ。
顔は守ったものの、腕は無数の水槍に鎖のように捕らわれ、クリムゾンは自由を奪われた。
「ぐぬぬ……」
「くっそ! 分が悪いか」
だが、クリムゾンのおかげでロードたちは無事に着水。
アルべリアウォカナスから距離を取れた。
捕縛されたクリムゾンを還し時間を見る。
残り一分半。まだ半分だ。
「とりあえず奴から距離を!!」
ノアは一心不乱に舵を取る。
残り一分。
「目標消失したわ」」
「おい! しっかり見張れ! 蜘蛛女!」
「殺すわよ? くそ鴉」
「あーくそ! またあれをやられたら厄介だ。左右に蛇行して走れ」
注意を促し、海中を覗き込むと海中に灰色の一閃が見えた。
次の瞬間、方舟は中部を貫かれ真っ二つに大破。
「ふええええええええええええ? なんでぇぇぇ!?」
ノアは今まで見た事無いほどに感情を露わにしている。
あれは色は違えど、破海水だ。
「おい! 話が違うぞ! 水に関係する攻撃全てを防ぐ完全なんちゃらなんじゃねーのかよ!」
「だって、だって! ドクターはそう言ってたもん! 私、悪くないもん!?」
ノアの方舟が壊れ、子供たちが乗る潜水艦が剥き出しになり
舟上に居たメンバーは海に投げ出された。
ロードは飛翔で朔桜とノアを回収。二人を潜水艇に送り届け海中を警戒する。
ティナは大破した方舟の破片を自力で渡り歩き、潜水艦に辿り着く。
ティナは服に付着した粒を指で擦ると今の攻撃の正体を理解した。
「砂ね。あいつ、大量の海底の砂を含んだ水をぶっ放してきやがったわ」
「砂だぁ? どこまで賢いんだあの魚」
今のは運が良かった。運が良すぎた。
誰かが死んでもまるでおかしくなかった。
このままあの一撃を喰らったら全員死ぬ。
残り三十秒。
「ノア! もう一度張れ!」
「私の電力これが最後だよ? ノアの方舟!!!」
白い方舟が潜水艇を囲うように創製。
即座にその場を移動する。
「この角度なら真下からは打たれないはずだ。蜘蛛女! 地の重力魔術は使えるな?」
「愚問ね」
「俺の黒鏡の合図でこの舟に掛かる重力を最大限下に向けろ!」
ロードの言葉に返事を返さない。
だが、了承している様子だ。
「朔桜! 回復だ!」
「これが最後の回復だよ!」
雷電池でロードの魔力を最大に回復させる。
「お前たちは潜水艦に入り、施錠しろ。そしてすぐにこれを割れ! いいな!」
朔桜に空気の泡のようなものを預け、ロードは飛翔で飛び立つ。
「ロード!!」
朔桜が引き留めようと手を伸ばすも、黒鴉の衣が指先をかすめ飛び去る。
「大丈夫。方舟から飛び立つ鴉は絶対帰って来るよ?」
ノアは不安そうな朔桜の手を優しく握る。
ロード以外は全員潜水艦に入り入り口を施錠。
朔桜は黒鏡を繋ぎ、ロードの合図を待つ。
ロードは最後の充電を確認し、最後の準備を整えた。
「方舟を解除しろ!」
ノアは言われた通りに方舟を解除。潜水艇が剥き出しになり着水。
「さて、アルべリアウォカナス。お前はどちらを狙う?」
直後、灰色の線が真直ぐに海面に伸びていく。
狙ったのは、潜水艦の方だ。
「蜘蛛女!」
ロードの合図通り、ティナは潜水艇の重力を最大に掛け、一瞬で海の中層まで沈む。
それによりアルべリアウォカナスの砂混じりの破海水を回避。
ロードの渡した風の泡を割った事により潜水艇空気圧が調整され
急な潜水でも、中の者は誰一人不調を起こさなかった。
攻撃を外したアルべリアウォカナスは急浮上。
ただ一人宙に浮くちっぽけな魔人の姿を肉眼で捉える。
ロードは即座に天に手を翳した。
「目標捕捉。これが大陸震撼砲と呼ばれる
土雷神 ネザーの力だ。消え果ろ、忌竜アルべリアウォカナス!」
手を振り下ろすと同時にアルべリアウォカナスも
最大限に溜めるに溜めた破海水を一点目掛け音速放出。
天から降る大きな一閃の光は破海水はもちろん
アルべリアウォカナスの身と周辺の海
そして、海底をも一瞬で蒸発させたのだった。




