二十二話 浮上!
数年前、Dr.Jはモノに特別な力が宿った神秘“宝具”を研究していた。
その時に出会った出資者に莫大な予算、場所、知恵を与えられ、ここに竜宮城を建設。
地下に地熱発電所を作り、そこから電力を供給。
宝具を調べる研究室。機械を作る作業室。子供たちを治す手術室。
機械兵を置く船着場。廃材を廃棄するスクラップ場。攫った子供たちが住む“楽園”。
各階に実戦フロアを設立し。理想郷“竜宮城”は完成。
その後、出資者からあの玉手箱を貰った。
・人の願いから生まれた人工宝具を作ること。
・無尽蔵の力を持つ機械兵器を作ること。
その二つを出資者から指示されていた。
そして、ロード・フォン・ディオスがここに来ることも事前に知らされていたとノアは語った。
「なんだそりゃ……その出資者ってのは一体何者だ?
俺を知っているって事は人間じゃないな?」
ノアは無言で頷く。
「姿ははっきりと見ていないけど、恐らくはあなたと同じ魔人だね?
でも、あなたやそこの魔人のお姉さんとは全く違うなにか。
そう、得体の知れないモノを感じたよ?」
「得体の知れないモノ……ステンの他にも魔人が……?
いや、もしかしたらステンは生きてる……?」
ロードは色々と一人で考え込む。
「話を続けるね? その出資者はあなたの名前を出して、
もし、どうしようもなくピンチになった時に、玉手箱を使えって言われたみたいだよ?」
「お前が負けたからあいつは危機を感じたんだろうな」
「そしてあれの本領は水の中。世界を滅ぼす力を持つって言ってたよ?」
「水の中? 世界を滅ぼす……。まだ、いまいちあいつの力量を判断できないが、
やばそうなのは見て分かる。せめてあいつの弱点が分かれば……」
三人で動きを観察していると、アルべリアウォカナスはDrが開けたままだった
上の階へ行く階段を見つけ、そこから奥へと行ってしまう。
「まずい、上の階には子供たちがいる楽園があるよ?」
「ロードっ! 追いかけよう!」
朔桜が我先に飛び出すと、それにノアも続く。
もう一度、ロードと事を構えるつもりは今のところはないみたいだ。
三人が追いかけると、通路から大きな音が鳴り響く。
「なんだ? この音」
ガンガンと物と物とがぶつかり合う激突音。
嫌な予感を胸に階段を上りきると、入り口すぐのところで
アルべリアウォカナスは、狂ったように分厚いガラス目掛け体当たりをしていた。
白かった目は真っ赤に染まっており、ぼんやりと浮遊していた姿とはまるで別物。
その一心に目指す先は――――海だ。
止めようとしたのも束の間、勢いをつけた体当たりの後、ガラスに大きな罅が入り
湖の氷を踏み抜く様な音をたてながら罅は一気に広がっていく。
「まずい。下がれ!」
ロードの号令と同時にガラスは大破。
大量の海水が竜宮城に流れ込む。
ロードは咄嗟に通路の隅から隅までピッタリと風壁を張り、水の侵入を防ぐ。
その間にアルべリアウォカナスは、入り込む激流に軽々と逆らい、大海原に放たれた。
「くっそ! 逃げられた!」
泳ぐアルべリアウォカナスを目で追っていると、ノアが大声を出し気を引く。
「後ろにも壁を張って! この通路はドーナツ状になってるから、後ろから海水がきちゃうよ?」
ノアの言った通り背後から荒ぶる波の轟音が押し寄せてきた。
言われた通りに両方の通路に風壁を張り、水をせき止める。
「これじゃ子供たちのところに行けないし、いずれ溺れちゃうよ!」
朔桜が握った手を胸に当て苦しそうに叫ぶ。
「その心配はない……」
返事をしたのは男の声だった。
階段から足音が聞こえ、振り向くと、ティナが八つ脚の捕食者の脚先で
汚いものを摘まむかの様にしてDrを連れて来て、床に落とす。
「どういう事ですか?」
「子供たちはとっくの前に、緊急脱出用の潜水艦で海上に逃がしてある。だから溺れる事はない」
朔桜はホッと胸を撫で下ろす。
「はあ、よかった……」
「だが、それよりも危険な事になってしまった……」
「どういう事……?」
朔桜の問いには答えず、Dr.は地を舐めるように深く床に頭を擦り付けた。
「お前たちに頼みがある……! どうか……あのアルべリアウォカナスを倒してくれっ!」
予想外の言葉に一同は驚く。
「自分で解放しておいて、倒してくれだ? 図々しい。
もう逃げた奴をわざわざ追って倒す暇なんてこっちにはねぇよ」
風壁を張ってる最中だが、自分のやった事と言っている事が
矛盾しているのに不審に感じつつもロードは一瞥する。
「あれを使うつもりなんて無かったんだ……。だが、身体が勝手に――――」
「話は後にしろ! ここで立ち話しててもエナの無駄使いだ。 全員、周囲に寄れ!」
ロードの言う通り、にその場の全員が一か所に集う。
「風壁―球!」
水をせき止めていた風壁が球体となり、全員を囲う。
「とにかくここは放棄し、海下から上がる! そっちの方が俺としても都合がいい」
明かりのために電気の球体を出し、風壁は泡の様に浮き上がった。
一同は水没した真っ暗な竜宮城を後にする。
竜宮城で作られ、産まれたノアだけは、切なそうな表情で竜宮城が見えなくなるまで
ずっと海底を見続けていた――――。




