二十一話 忌竜 アルべリアウォカナス
突如現れたDr.Jは荒々しく身振り手振りをする。
「君たちのせいで何もかもめちゃくちゃだ。
僕の研究も、子供たちの幸せも全て、壊すつもりなんだろう!!」
大きな叫びがホールに木霊す。
普段、大きな声を出さないのか声は掠れ、息は絶え絶えだ。
「確かに子供たちは幸せそうにしていた……。
好きな物を食べて、好きな事して遊んでみんな楽しそうだった」
朔桜はDr.の言葉を肯定する。
「そうだ! 外界から不要とされた不幸な子たちなんだ!
彼ら彼女らの居場所はここにしかないんだ!!」
その言葉には顔を顰めた。
「確かに、自分たちは不幸者。外には居場所が無いってみんなは言ってた。
でも、それは貴方の植え付けでしょ!
自分の実験のために苦しい境遇の子を誘拐して救ったと思っているただの偽善だよっ」
真っ直ぐ言い放った朔桜。
そのハッキリしたモノ言いに見直したロードは口笛を吹く。
「暗い海底の小さな空間を“楽園”とは言わない!」
「くっ……! それを決めるのは君じゃない!!」
「じゃあ、本人たちに聞いてみようよ! 子供たちを連れてきて!」
「あの子たちは……もう、ここにはいないっ!」
「ここには……もういないって……」
「君たちが来なければ……こんなものも使わなくて済んだのに!!!!」
Drが取り出したのは、禍々しい小さな黒い玉手箱。
結んであった赤い紐を勢いよく解いた途端、溢れんばかりの真っ黒な瘴気が一気に吹き出す。
「っ! 下がれ、朔桜!」
「朔桜っ!!」
朔桜の前に出たティナはその邪気に中てられたのか膝を折り、苦しそうに手で口を覆った。
朔桜はすぐにティナに寄り添う。
「それは……人間界にあっていいような代物じゃない。お前それをどこで拾ってきた?」
「いひひ……これは賜ったのだ。あのお方からぁ!!!」
Drの目は普通ではない。完全に理性が飛んでいる。
あの尋常じゃない瘴気に当てられて、呑まれてしまっている。
箱を開けさせてはいけない。開けたら今よりもとんでもない事になる。
ロードはやむを得ず、Drを殺そうと電撃でもっとも素早い魔術を放つ。
「蒼雷!」
人間のDrなら感電して即死だろう。
だが、あろうことにDrは蒼雷を弾き飛ばした。
「バカなっ!」
蒼雷を何度か放つも、当たる直前に玉手箱から出るドス黒い瘴気に弾かれているようだ。
こうなれば、もう、フロア一帯ごと吹き飛ばしてでも止めるしかない。
鈴鯨を出そうとしたが、すでに時は遅かった。
「来たれ! 古の忌竜! アルべリアウォカナス!!!」
開け放たれた箱から吹き出す大量の瘴気。
そして現れたのは、片手で掴めるくらいの大きさで
体の半分ほどが鋭利な白い角でできた青磁色の魚竜。
強い意志を持った真っ白な目は、ロードたちをしっかりと捉えていた。
竜巻のように魚竜を中心に箱から溢れ漏れた瘴気を取り巻いている。
空気から異様な危機感を肌で感じたロードは
風握で握りつぶそうとするが、纏われた瘴気にかき消されてしまう。
「爆雷―鬼灯!」
上級の魔術もものともせず、かき消されてしまうようだ。
「おいおい、冗談だろ……」
永久の無事象を張る相手と戦っているようなものだ。
ロードが攻撃が無駄だと判断し、手を止めるとアルべリアウォカナスは空中を泳ぐように浮遊する。
誰に危害を加える訳でもなくただ何かを求め、探すようにふらふらと部屋を彷徨う。
毒気にやられたティナを背負い、ピンピンした朔桜が傍に来る。
「お前、この瘴気大丈夫なのか?」
「瘴気? 少し煙たいくらいで、特に異常は無いよ?」
無理をしてる様子は無く、朔桜はいつも通りのとぼけた顔で答える。
ペンダントで常に瘴気の毒が無力化されているのか。朔桜の体質なのか。理由は不明だ。
「それより、あれは何をしてるんだろう?」
朔桜は無意味にする回遊行動に疑問を持つ。
「さあな、あの行動は俺にも分からん」
「ロードはあれを知っているの?」
「あいつは解き放つ時、アルべリアウォカナスと言っていたな。
確か、遥か昔魔界で封じられた忌竜の名だ。“死せぬ大厄災”とも書かれていたな」
「死せぬ大厄災……。どうして魔界で封印されたのか人間界に……?
明が苦しそうにしてるのもあの魚の力なの?」
「さあな」
幸いにもロードと朔桜は普段通り動ける。
ティナは毒気にやられ、玉手箱を開けたDr.はその場で倒れている。
「さて、あれをどうするか……」
二人で対策を考えていると、背後で空気が揺れる。
「まさか……Dr.あれを使ったの?」
いつの間にか目を覚まし、アルべリアウォカナスを見て驚愕しているノア。
それは何か知っている口ぶりだった。
「お前あれをなんだか知っているのか?」
「あなた……私を――――」
「そんな事今はどうでもいいだろ。あの魚について知ってる事を全部話せ」
「…………全部、Drから聞いた話だからね?」
半ば強引な命令に、渋々従い口を開くのだった。




