三十八話 私精霊の実力
精霊女王ティターニアを守る絶対的な守護者。
唯一の私精霊御側付き。
彼の存在がティターニアの圧倒的な余裕と、他者に興味も関心も示さない理由。
ヒリつくような緊張感が張りつめるなか、先に仕掛けたのはカウルだった。
四本の四精剣を融合させた火炎のボウガン二融精剣―武雀穿と
強力な追撃の斬撃を放つ二融精剣―虎龍吠を構え、一直線に駆け出した。
カウルが攻めに転じた瞬間、アルフが動く。
羽根のようにふわりと一足でカウルとの距離を詰め
巨大な拳を振るうと拳が爆発したかのように大気が爆ぜた。
その衝撃は凄まじく、地面を深々と抉り飛ばす。
カウルは二融精剣二本を盾になんとか攻撃を凌いだが
直撃していれば、鍛えられた強靭な身体であっても容易に部位が吹き飛んでいた。最悪、風穴が空いていただろう。
カウルが即死級の攻撃を前に冷や汗を流すなか、即座にアルフの即死級の連撃が繰り出される。
全ての攻撃をなんとか凌ぐも、拳から放たれる爆撃のような拳の波動が襲う。
居城内の大地は一瞬で抉れ、中庭は跡形もなく消し飛ぶ。
派手な攻撃で城の一帯を更地にしたにも関わらず、ティターニアからのお咎めはない。
彼は全てを許容されている。それほど彼女からの信用を得ているのだ。
「流石ですね」
息一つ乱していないアルフが褒める視線の先には、荒々しい息のボロボロのカウルが辛うじて立っていた。
カウルは即座に融合を解除し、『四精剣―青龍』へと変え
青帝で空間を捻じ曲げ、アルフの波動を凌いでいたのだ。
「これはどうです?」
アルフが太い指を鳴らすと同時に、カウルの右腹部が突如として爆ぜた。
「っ!」
即座に身を捩り、軸をぶらして標的にならないよう兎のように俊敏に動き回る。
融合を解除し、『四精剣―朱雀』を握って炎帝の煌めく炎で腹部の傷を即座に癒す。
あと少し攻撃が中央に寄っていたら致命的なダメージになっていただろう。
「それが“勇者”の限界ですか?」
カウルが広範囲に動き回りながらも
視界内に居たはずのアルフはいつの間にかカウルの背後を取っていた。
「っ!」
声に気が付いたと同時に巨大な拳が背中に触れる。
大気すらも激しく震える強大な衝撃がカウルの背から腹部までを穿つ。
「かはっ――――!」
カウルの身体はエビのように反り返り、空気の層を貫いて地面へと激しく叩き付けられた。
身体は地面へと伏せたままピクリとも動かない。
「アルフ、“裁きの調停者”を殺してはいないでしょうね?」
「無論です。かなりの加減はしましたよ」
「でもソレ、ほぼ死んでいるみたいだけど」
カウルは既に虫の息。身動き一つ、指一本すらも動かせない。
「ええ。ですが、殺してはいませんよ」
「やれやれね。主をあまり煩わせないで」
ティターニアが指を鳴らすと丸い蜜の雫を持った羽虫を出現させた。
羽虫がカウルへと近づいて蜜をかけると抉れた背中の負傷が少しずつ治っていく。
それと同時に“高天原”の再生も始まり、カウルが埋まった地面は平地へと均され、少ししてから目を覚ます。
「うっ……俺、今……」
「ええ。ほぼ死んでいましたよ」
「……まじか……」
死んでいたという言葉をその身で実感し、背筋が凍る。
単身で“四精獣”を下したその男の実力をカウルはその身をもって味わってしまった。
「ここまで次元が違うのかよ……」
「私の力は風を軽く操れる程度。後は単純明快。強く、速い。ただそれだけです」
「お前ほどの存在がいても、精霊女王はⅠ席に負けたのか?」
その言葉を口にした瞬間、ティターニアはカウルへ今までになかった鋭い視線を向けた。
「アルフ、ソレを殺せ」
「感情に流されてはいけませんよ主。“裁きの調停者”は殺してはいけないのでしょう?」
「気が変わった。ソレは生かしてはおけぬ」
「だめです」
「命令だ」
「だめです」
「では、別のモノに殺させる」
ティターニアはカウルを殺すため即座に大量の精霊、精霊獣を出現させた。
多勢に無勢。一級の精霊、精霊獣が一斉に襲い掛かるも
カウルは両手の剣で雑兵共を踊るように切り伏せる。
「……不愉快極まりない」
生み出した精霊たちがあっけなく蹴散らされるとティターニアの眼の色が変わる。
肌で危機を感じ取ったアルフが彼女の前に出て視界を阻んだ。
「……邪魔。主の前に出るな、使用人風情が!」
常に無を貫いていた精霊女王は初めてカウルの前で怒りの感情を露わにする。
「冷静にお願い致します。でないとアレが再び来ますよ?」
「っ…………」
ティターニアはその言葉を聞いて言葉を詰まらせる。
彼女の歪んだ表情を見てカウルは大体を察した。
「Ⅰ席の実力は相当みたいだな……」
「ええ。それはもう。あれは一、生命が戦うべき存在ではない。
あれは“法”や“概念”の存在です」
「それほどの相手かぁ。あいつら大丈夫かなぁ……」
「他者を心配している余裕があるのですか?」
カウルが気を散らした瞬間、顔前が弾けた。
その衝撃でカウルは後方にひっくり返る。
「貴方が第一にすべき事は“四精獣”の仇である私を倒す事でしょう?
今度は痛めつける程度に手加減するとしましょうか」
指を鳴らすアルフに睨みを利かせ、カウルは剣を杖のように使い立ち上がる。
「そりゃどーも」
胸の内から闘志を燃やして剣を構え、再び圧倒的な力を持つアルフと対峙するのであった。




