三十五話 精霊女王 ティターニア
カウルがⅪ席ランドルト・ベーゼンを下し、進んだ先はⅣ席の住まう居城。
Ⅸ席ラミュ・ラミュレットと似たような自然の多い居城の作り。
ロードの作戦では、ラミュを下したゼルノ・アーフェリンと入口で
合流する算段だったが、彼の姿は何処にもない。
「よいしょ」
門前で腰を下ろし、ひと時の休息した後
カウルは渋々と重い腰を上げた。
「しゃあなし。一人で行くか」
一向に来る気配のないゼルノを置いてカウルは単身で居城の門を通る。
入口の真っ赤な薔薇のアーチを潜ると
屋敷の庭園には真っ赤な薔薇だけがびっしりと咲いており
咽返るほどの薔薇の香りに満ち満ちていた。
中庭にある白いドーム状の建物でドレス姿の女性が静かに紅茶を嗜む。
「無礼者」
上品かつ美しい声色で浴びせられた非難の言葉。
その途端、女性の背後に植物のような精霊が出現。
花弁から爆発的な衝撃波をカウルに向かって放つ。
「うおっ!」
カウルが感覚で攻撃をかわすと彼女はティーカップをソーサーの上に静かに置いた。
「今ので失せればいいものを。“裁きの調停者”を殺さない程度を生むのは大変なのよ?」
小言を溢しながら、か細くしなやかな指を鳴らす。
「《楽園の種》」
無限に精霊、精霊獣を生み出せる生命の能力。精霊界で生命の魔女、精霊女王と呼ばれた由縁。
この能力で生まれたのが“前災”“冥呑”“喰者”“精霊神”などの精霊たち。
故に、今の精霊界の人々を恐れさせる“忘れ形見”たちの生みの親である。
その生み出す生命の姿は千差万別。全ての個体が従順に言う事を聞くとは限らず、強い個体を生み出すには時間掛かる。
稀に能力を持って生まれる個体も存在するというランダム要素の多い能力だったが
彼女は“高天原”で永い時を過ごした事により、自身の能力を完全に熟知していた。
生み出す生命の能力の有無は決める事は出来ないが、姿、形、強さは自身の裁量で一つで決められる。
「其方が何用かは知らぬし、興味もない。だが、その汚い足で不敬にも妾の居城へ無断で踏み込んだ事、極死に値する」
数秒で生み出した四体の精霊獣が女性の背後に並ぶ。
その全てがロードたちを苦しめた“喰者”を優に超えるエナを持った怪物たち。
災厄を振り撒く“前災”。
「まじかよ……この“格”の精霊獣を一瞬で出してくるのか……」
驚愕するカウルにまるで興味を示さず精霊獣の主は
覇気のない視線を向けたまま、羽虫を払うかのように雑に手を振る。
「散れ。俗物」
その号令で一斉に災厄がカウル目掛けて突き進む。
カウルは能力《勇気の剣使い》を使い、異空間から即座に剣を取り出す。
灼熱の獄炎を纏った獅子が吐いた街一つを壊滅させる超巨大な業火を世界滅亡級すらも凌ぐ『四精剣―玄武』の甲羅で完全に防いだ。
「あっちいな!」
続いて、細身で大口大脚の螽斯が足を発条のようにして数万の鋭い歯が揃った大口を開けてジェットのように加速。
その全てを喰らう口の先にある障害物は跡形も残らない。
浮遊する丸々と太った目の光る海豚は回転突撃。その回転速度は動きが止まっているように見えるほどに速い。
カウルは早々に双剣『双子切子』へ持ち替え二体を真っ向から迎え撃つ。
「悪いな」
一瞬の攻防の末、螽斯と海豚は真っ二つに両断され膨大なエナとなり散る。
安心する暇もなく、額に穴のある巨大なキリンは長い尾の先の鋭利なプラグを伸ばし自身の頭に突き刺すと
脳天から高電圧の電撃を迸らせ身体、脚と伝い周囲に電撃を撒き散らした。
その姿はまさに漏電の避雷針。
綺麗に咲き誇っていた薔薇の庭園は一瞬にして溶け、キリンの近くにいた獅子は感電。
体内の水分が蒸発し、体内の臓器が焼けこげ煙を吐きながらエナとなり散る。
カウルは雷剣『天籟の目』を取り出し、地面に突き刺す。
「よっと」
両手でバランスを取りながら柄の上に立つと地を伝う電撃が剣へと吸収されてゆく。
雷撃が治まると稲妻迸る剣を引き抜いた。
「返すぜ。雷光一閃!!」
ロードに撃った時とは比べ物にならないほど凄まじい電光砲が高電圧を放ったキリンに直撃。
キリンは電撃を吸収しようとするも、増大された電圧と凄まじい威力身が持たず、頭部の穴から電撃を吹き出し頭部が爆ぜ、巨体は倒れた。
四体の“前災”を凌ぎ切ったカウルは天を仰ぐと大量の浮遊精霊に囲まれた精霊女王の姿があった。
「種はこれくらいでよい」
自身の生み出した生物が一瞬にしてやられたにも関わず、眉一つ動かさない。
まるで興味関心なかったかのように手に集められた“前災”四体分の莫大なエナを見つめていた。
「後、何体で妾の前から消え失せる?」
指を鳴らすと集めたエナを媒介に更に協力な生命を生む。
その存在は生物を冥土へと呑み込む存在として“冥呑”と呼ばれる。
古き時代の精霊界で最も恐れられた最強格の“精霊女王の忘れ形見”である。
その生きる絶望の象徴が同時に三体生み出された。
生まれたその瞬間から一体一体の格が自立しており、殺しの成体として完成している。
「これが……Ⅳ席精霊女王ティターニアの力かよ」
かつてたった一人で広大な精霊界を統べた精霊女王の精霊人の域を越えた力を前に
カウルは呆れる感情とともに不思議と心が昂っていた。
「悪いな。まだ俺はこの場から消える訳にはいかないんだ」
“英雄”は冥界へ誘う三つの死の前で笑みを浮かべながら静かに剣を構えるのであった。




