三十四話 生きる法 イフ
“高天原”の最も高所に存在する無の居城へ訪れたロードとツグミに
小さな手を差し伸べる性別判定不能な個体Ⅰ席イフ。
その姿からは圧倒的で絶望的な理不尽さも
権威ある風格もまるで備わっていない。
普通に生を全うする一個体のようにしか感じられない。
いつまで経っても差し出した手を取りに来ないロードとツグミにイフは手を降ろして首を傾げる。
「初めましてだね。Ⅵ席ロード・フォン・ディオス。
それに君はⅦ席の待風 継姫だね。
はてさて、君たちは一体僕の居城に何をしに来たんだい?」
直球の問いかけに二人は息を呑む。
ほんの少しの沈黙の後、ロードがその問いかけに答える。
「お前を倒しに来た」
ロードのシンプルな返答はしっかりと届いていた。
しかし、イフは再び首を傾げる。
「倒しに? 私を?」
「……あぁ」
倒すと言う言葉の意味を理解していないのか
実現不可能な戯言だと思われているのか、イフの反応は薄い。
「僕を倒してどうしたいんだい? 己の力を試してみたいのかな?
もしもそれを望むのならば、私は喜んで胸を貸そう」
「そりゃどうも。こっちは遠慮、配慮一切なくやらせてもらうぞ!」
ロードは魔力を右手に溜め込み、全力で放った雷撃がイフを穿つ。
突然の奇襲。しかし、イフは無傷。
何事も無かったかのように涼しい顔でロードの眼を見た。
「……そうか。君たちは“高天原”を出たいんだね?」
ロードの攻撃を受け、ロードの闘志と覚悟の宿る眼を見て即座に二人の目的を読み取った。
まるで他者の心を無断で覗き見るかのように。
「……その通りだ。俺らはここを出て自由を望む。
そのために、お前には消えてもらう!」
ロードが敵意を剥き出しにして構えた。
その動きに合わせツグミも臨戦態勢を取る。
「僕を倒すという事は、四世界の秩序を壊すという事と同義。
その意味を君たちは正しく理解しているのかな?」
「無論だ」
「一定のエナを得て神域に至りし者は“裁きの調停者”の審判を受けず世界に残る事になる」
ツグミが正しい認識で言葉にしてイフへと伝えた。
「そう。そうなれば、世界の生命のバランスは崩れる。
弱者は強者に蹂躙され、弱者は強者に滅ぼされる。
それをさせないための“裁きの調停者”だ」
「それが余計なお世話だってんだ。お前らにいちいち干渉されなくとも
その世界の事は、その世界に生きる奴らがどうにかする問題だ!」
「君の言い分は、強き者の思考だよ。弱き者はただ黙って逸脱した脅威に蹂躙される他ない」
「だからその強い奴らが幾度も脅威と対峙してきたんだろうがっ!
一部例外も居るようだが、それが今の“裁きの調停者”だろ。
一定に満ちていないだけの逸脱した脅威を放置しておいて何が“四界の法”だ! 笑わせんな!」
世界のために戦い、残してきた大切な者たちの姿がロードの頭に浮かぶ。
ツグミも同じだ。カウルも。ルシファーも。
世界を守り抜いた者の末路にロードは堂々と意を唱える。
しかし、一定未満のエナで収まった世界を破壊する存在は裁かない。
その法にロードは不満を持っていた。
「世界のために戦った者の結末がこの仕打ちか?
“裁きの調停者”なんて便利な入れ替えの駒にするのが、この世界の正しさか?」
「うん。そうだよ」
イフはまるで当然かのように答える。
「この世界は神々の観察キット。
四世界の安寧を守るのが、僕ら“裁きの調停者”の役目。神々が定めた“四界の法”。
この世界を創造したイザナギ様とイザナミ様のご意思だ。
君の言った通り、世界を救った“勇者”も“救世主”も存在する。
でも、君らが想像も出来ないような絶対的な“悪”も存在するんだよ。
僕らという抑止力が無ければ、絶対的な“悪”に世界は滅ぼされてしまうと思うよ?」
「そんな事はない。神が定めた法だけを信じるな。もっとその世界に生きてる奴らの事を信じろよ。
誰かが必ず食い止める。誰かが必ず世界を救う。世界はそういう風に出来ている」
「他力本願の空想論だね」
「誰かがやらねぇなら俺がやってやる。
どんなもんからも俺が世界を、俺の大切な奴らを守ってやる。
だからこんな窮屈な世界は要らない。大切な者を傍で守れない法は要らない。
そんなもん俺らが全部ぶっ壊してやる!」
「自分勝手な理屈だね。まるで昔のルシファーと同じだ。
君も彼と同じ道を辿らなければ分からないかな?」
ロードは即座に身構えるとイフは面倒くさそうに溜息を吐く。
「いいかい? 神域に至りしモノを消すのは簡単な事なんだよ。
でも、それじゃあ勿体ないから“永遠の確約”と“安寧への奉仕”義務付けて“裁きの調停者”として使ってあげてるんだ。
いわば、救済措置なんだよ? それってそんなに悪い事なのかな?」
「あたりめぇだ。不満しかねぇよ」
「そうかな? 分かり合えなくて……残念だ」
互いの言い分は平行線。決して交わる事はない。
それを悟り、何かを諦めたのように息を吐いたイフの姿がその場から忽然と消えた。
その刹那、ロードの目の前にイフは存在していた。
「――――」
かわす暇もなく、ロードはイフの弾かれた指先を額に受け
一瞬で吹き飛ばされてノされる。
「っ!」
その光景を目にしたツグミは距離を取り後方に退くもまるで無駄。無意味。
退いた直後、既にイフはツグミの眼前に迫っていた。
続けざまにツグミも弾かれた指先を額に受け、一瞬で吹き飛ばされてノされた。
対峙して数分。戦闘にして一秒。勝負は着いた。
立っているのは脱力したイフだけ。
「力無き正義は……虚しいね」
自身の手を見つめ、溜息を漏らす。
大きな覚悟と強い意志を持ち一席へと臨んだロードとツグミは一瞬で大敗を喫した。




