三十三話 貫破黒神 八雷神 オール
その神は、厳格な男。
特別な能力は無く、極地に至りし黒雷のみを使う武人。
額と頭の側面から生えた黒い角。
上半身は裸。一切無駄のない筋肉の山が聳えている。
濃い赤銅色の肌にはたくさんの刺青が彫られており、上下一帯の黒い衣服を腰で巻いている。
手には漆黒の棍棒一本だけを握っていた。
彼の姿を目にした瞬間、終始余裕のあったルシファーの表情が険しく変わった。
その逸脱した格を目の当たりにすれば警戒せざる負えない。
対照的にオールはルシファーへ背を向け、背後のロードへと向き合った。
「其方が我ら“八雷神”を束ねる主。ロード・フォン・ディオスか」
初めて顕現させたオールの全てを押し潰しそうな圧と重厚な声。
そして、鋭い眼光が一点に突き刺さる。
「ああ」
ロードはそんな威圧に臆する事なく、主としてオールに堂々とした態度で振舞った。
オールは主を見定めるように査定するとその在り方を理解し、軽く頷く。
「良い眼。そして、良い器だ。其方は我々を統べる主として相応しいと存在だとこの大雷神オールが認めよう」
“八雷神”の頂点は一人の少年の前で膝を折り、その場で首を垂れた。
「やめろ。今はそんな状況じゃないだろ。早々にアレをどうにかしてくれ」
ロードは少し安心した気持ちを隠しつつ、現状の場違い感を指摘する。
「そうであったな。失礼をした主よ。そして、背を向けた非礼を詫びよう。天魔の騎士よ」
胸を張った堂々たる姿勢でルシファーにも背を向けた無礼を詫びる。
「問題ない。幕間に私は成すべき事は成した」
全力のエナを聖剣に込めたルシファーはこの一振りに全てを賭ける。
「行くぞ、大雷神。そして、未来を視る者たちよ。これが……未来を諦めた者の覚悟だ」
聖剣は煌々と輝き、交わった白と黒の力を一気に開放した。
空間が揺らぎ、世界が震える。
「白黒―聖王堕天!」
一振りの輝く斬撃が飛ぶ。速度は至極当然の神速。
一つの世界と同等の質量が込められた常識の範囲の物質、現象、世界、全てを破壊する最も神々しく
洗礼、凝縮された神をも穿つ“神滅亡級”の一撃。
そんな攻撃を――――。
「ふんっ!」
オールは片手に持った棍棒で振り払った。
「――――」
神域に昇華された“裁きの調停者”たちはその光景を見て絶句する。
「…………まさか、我が棍棒に傷を付けるとは……天魔の騎士よ。誇るといい」
オールは深々と傷の入った漆黒の棍棒を握り締め、一瞬でルシファーとの距離を詰めた。
「頂は――――まだ遠いか」
神速の打撃がルシファーを腹部を打ち、その衝撃で地盤が爆発し弾け砕け散った。
土煙が晴れるとその場には大きな背中の男ただ一人だけが立っていた。
「大した男だ……」
オールは己と真っ向から対峙した男を静かに褒め称えた。
「主よ、これで我の力は示せたか?」
主人の顔を窺うオールにロードは悪い笑みを浮かべる。
「ああ。最高だ」
一瞬の出来事に咄嗟に気の利いた言葉も出ない。
だが、主の満足した声色の言葉を聞いたオールは満足そうに天へと還って行った。
「初めてオールを呼び出したが、他の奴らから聞いた以上だ! まさかあれほどの絶対的な神だとは!」
ロードは表情に嬉しさが溢れている。
そんなロードと対象的にツグミの顔は青ざめている。
「あの神……ルシファーの事殺してないわよね?」
「…………」
オールが打ち据えた後ルシファーの姿は確認出来ていない。
だが、オールが無警戒で天に帰還するとは思えない。
「だ、大丈夫だろ……。会話の内容は神々で共有している……はずだ、多分」
“裁きの調停者に定められた“戒律”に・調停者の殺害を禁ズ。という項目がある。
真偽不明の不確かな法ながらも、破りしモノは永久の死を。という言葉が明言されている以上“高天原”の法を破るわけにはいかない。
それはこの世界を出るためのロードたちの最低条件だった。
ルシファーが死んでしまえばこの罪はロードへと降り掛かる事になる。
だが、ロードに目立った異変は起きていない。
一抹の不安を胸にロードとツグミは最大にして最後の関門へと向かう。
重い足取りで数分の道程の果て
二人は“高天原”の最も高所に位置する居城へと辿り着く。
何も存在しない広大な無の居城。塵も汚れも存在しない潔癖空間。
その部屋の中心の床に片膝を立てて座る城主が訪問者に気付く。
「やあ。どれくらいぶりだろう。僕の居城にお客さんが来るのは」
左右非対称でボサボサの白髪。
真っ黒に曇った瞳。
整いすぎた顔には感情を表す表情は備わっていない。
袖も丈も大きな合っていない白装束を着た少年のような少女のような存在が
音もなく、ゆっくりと立ち上がる。
「ようこそ。この私Ⅰ席イフの居城に」
イフは今にも折れてしまいそうなか細い腕を伸ばし、小さく細長い手をロードとツグミへと差し伸べた。




