三十話 神降
“八百万”の神々の一柱、タケミカヅチをその身に降ろし、雷神と化したツグミは刀を即座に構える。
「いざ」
その刹那、ツグミは神速でルシファーへと斬り掛かった。
ルシファーは目を伏せたまま神速の攻撃を防五段階一の感覚回避で華麗にかわす。
その後も幾度の攻防が続く。
ツグミの神速の連撃もルシファーは掠り傷一つ負わず、涼しい顔ですべて完全にかわしきった。
「っ!」
ツグミの目の合図に合わせ、上級魔術を溜めていたロードがライトニングの能力で光化。
ルシファーの背後でその身を現す。
ルシファーとまともに戦い合えば、勝ち目はほぼないに等しい。
一瞬の隙を衝き、願わくば一撃で勝負を決めたい。
故に、ここぞのチャンスだと踏んで二人は仕掛ける。
神を降ろしたツグミと八雷神ライトニングの神二柱。
そして、神域のロードを相手にした三対一。
だが、この程度、彼にとっては危機とも劣勢とも感じていない。
ルシファーは表情一つ動かさず平常心のまま天術を放つ。
「白―天波」
火水雷風樹地の六属性に属さない無属性、白の気を自身の周囲に波動として放つ。
空気を空間を揺るがし、常人ならば即座に爆ぜる衝撃波がロードたちを襲う。
「――――っ!」
心臓の鼓動を止めるほどの衝撃が二柱と一人を揺るがす。
魔人であるロードは“白”の直撃を受け、一瞬で打ちのめされる。
神格のライトニングすらも一瞬で吹き飛ばされた。
ツグミだけが雷神の気で天波の衝撃を相殺し、即座攻撃に転換。
ツグミの渾身の一太刀をルシファーは真っ向から剣で受け止めた。
高い金属音が響き、キリキリと鳴る金属音が力の拮抗を表す。
「お前がこんな無謀に乗るとはな。シエラの件で心病んだか?」
「いいえ。むしろシエラには感謝してる! あの最高最善と最低最悪の宝物をここに寄越してくれたんだから!」
接近し言葉を交わす二人の調停者。
片方は涼しい余裕の顔で、片方は額に汗を浮かばせており余裕などない。
「アレに期待すると?」
「ええ! 私の命を賭けるに値する!」
ツグミがロードを異常にまで高く買っている事に顔を顰める。
「お前がそこまで盲信する理由が私には理解出来ん」
「自身への罰だと自分の運命を諦めた貴方には分からないでしょうね」
ツグミの言葉はルシファーの内を衝く。
「奴の軽い口車に乗り、秩序を守るべき“高天原”の秩序を乱したお前のその黒く曇った瞳。私が光で照らしてやろう」
ルシファーの剣が神々しく輝きだす。
危機的状況なのは明らか。
接近した状況で広範囲の閃光をかわす術はない。
ルシファーが殺さない程度に威力は抑えるとて、瀕死の重傷は負うであろう距離。
だが、ツグミは先ほどのルシファーのように平常心で冷静だった。
その異常なまでの冷静さにルシファーは身の危機を察し、後退しようとする。
しかし、ツグミはルシファーを逃がさないよう、あわよくば瀕死の一撃を負わせる気で追撃して食い下がる。
「はぁっ!!」
ツグミは今持てるエナを全開放し、神速の猛撃をたたみかける。
ルシファーは全力のツグミへの対処に全神経を研ぎ澄ます。
神位の攻撃一つ一つを丁寧にかわし、剣で弾きすべての攻撃を凌ぐ。
一瞬、ルシファーの脳裏に無理を押してまで攻撃に転じる場面ではないにも関わらず
突如として全力を出したツグミの行動に微かな違和感が過った。
「何を――――」
企んでいると続けようとした瞬間。天が一瞬光り、世界震撼砲が二人を容赦なく穿った。
「っ――――」
二人は一瞬で閃雷に呑まれる。
光の正体は、ロードがチンロウトウ戦で顕現させていた《八雷神》土雷神ネザーの世界震撼砲。
今の今までずっとこの時のために天空でエナを充電していた防五段階一でもかわすことの出来ない超広範囲攻撃。
その威力は凄まじく、浮遊する高天原の大地を貫き、下の空間が見えている。
「ライトニング」
“白”の波動を受け、身体中焼け爛れたロードが吹き飛ばされたはずのライトニングを呼び戻す。
その痛々しい傷だらけの神馬の背には、なんとか一命を取り留めているツグミがもたれていた。
「よくやった、二人とも」
身体中焼け爛れたボロボロのロードがライトニングからツグミを降ろし両手で抱える。
「野郎は……堕ちたか? 死んじゃいねぇよな?」
大穴を覗き込みルシファーの安否を確認する。
じわじわと世界が再構築され穴が塞がってゆくがルシファーの姿は目視出来ない。
「私の白気を受けてこの程度の負傷で済むとは。君たちも君たちなりの大儀あっての行動か」
「っ!」
ロードの横から落ち着いた声が響く。
「わざと私の天術を受けて先に脱落したと思い込ませ、私の気をツグミ一人に注力させたか。
神を降ろしたツグミほどの器を囮に使うとは……確かに常人なら考えもつかない逸脱した策だ」
ロードの策略を褒めたのは、その策略で倒すはずであった相手。
「私を倒したのち、負傷した自身と神速の神馬に回収させたツグミを“正常盤”で治すつもりだったか?」
ロードは声の方向を振り向かない。
ツグミを地に転がすように降ろし、その勢いのまま自身に狂雷と雷光を付与。
ただ一点。“正常盤”だけを目掛け、一秒でも早くと駆ける。
その判断は最善だった。
だが、策を遂行出来るほどの実力が足りなかっただけ。
背後から飛んできた聖剣がロードの目の前で“正常盤”に突き刺さり、希望の要が大破した。
「絶望する事はない。この堕天使を再び地に堕とす事が出来たのだ。十分に誇るといい」
ロードが苦渋の顔で振り返るとそこには周囲に大量の白い羽根を舞い散らせ
歴史に名を残す絵画のような、神々しくも神秘的な堕天使が静かに佇んでいた。




