二十七話 神への供物
大切な家族を失いタガが外れたラミュ・ラミュレットは
精霊神獣黄龍を顕現させ、神速の閃光でゼルノ・アーフェリン諸共、周囲を一瞬で蒸発させた。
虚ろな目でゼルノが居た場所を見つめる。
深く息を吐くと天を仰いだ。
「やっちゃった……」
自分がした取り返しのつかない行動を振り返る。
“戒律”破りはこの“高天原”最大のタブー。
「まあ後悔はないや。ごめんね、みんな。カビマルの後、みんなで追おうよ」
“裁きの調停者”を殺した事により永遠の死を覚悟するラミュは
目を閉じ運命を受け入れる。だが、天罰は訪れない。
「お咎め……なし?」
不思議に思ったラミュは一瞬“戒律”を疑う。
即死の類ではないのならば、何者かが手ずから殺しに来るのかと思っていた。
だが、そもそも“戒律”を破っていない可能性が脳裏に浮かんだ瞬間。
気配もなく放たれた斬撃がラミュの腕を飛ばした。
「っ――――!」
痛みを堪え、即座に攻撃の方向を向くとそこには蒸発したはずの
ゼルノ・アーフェリンがより一層不気味な笑みで笑っていた。
ラミュはその表情に一瞬戦慄しながらも、自身の腕を拾い上げ
糸状の精霊と回復の精霊を呼び出し、肉体と腕を縫合。
即座に落ちた腕を治癒する。
「キキッ! そんな怯えた顔されると流石の俺でもショックを受けるさぁ~」
ゼルノの爪は剣のように伸び、紫色に変色していた。
腕を振ると菌の斬撃が再び放たれる。
成長、斬撃、猛毒を合わせた毒菌を飛ばす爪の斬撃。
「ハシェック!」
白い盾の精霊が毒の斬撃を浄化する。
「黄龍!」
精霊神獣へ命令を与え、大きく口を開くと閃光がゼルノを溶かす。
「無駄さぁ」
気配なく消えていたゼルノがラミュの背後から出現。
培養された幻影菌が何度消し飛ぼうとゼルノ本体は痛くも痒くもない。
「何が菌の能力よ。もう何でもありね」
ラミュが皮肉を込めて睨み付けた。
「そっちも大概さぁ」
ゼルノは対象的に笑みを浮かべる。
「戻って、黄龍」
最大火力であり最高戦力であるが故、黄龍はエナの消費が凄まじい。
ラミュの精霊はロードの能力《八雷神》とは違い、契約にしているに過ぎない。
その分エナ効率が悪く、無駄にエナを消費してしまうため黄龍を戻した。
変わりにゼルノを相手するに適した精霊獣たちを呼び出す。
「イヌア。ヒヴァト。トウコチ」
ラミュは疾風を吹かす精霊獣。火炎吐く精霊。冷気を纏う精霊獣を呼び出す。
「これはこれはご丁寧に。風、炎、冷気。俺の菌たちが苦手な属性さぁ~」
「みんな、私たちの家族を殺した者に報いを」
号令が掛かると三体の精霊は一気に動き出す。
「解析。培養」
「無理だよ。この三体は複合属性の――――うっ!!」
ラミュは切り落とされて縫合した腕を突如抑えて苦しみ出す。
細胞が沸騰するような凄まじい痛み。
ゼルノを気にする余裕すらないほどの絶望的な苦痛に見舞われた。
「ダメさぁ~ラミュ・ラミュレット。落ちた腕を殺菌もせず縫合したら……バッチイだろ?」
切断された断面からゼルノが潜ませていた猛毒菌が猛威を振る。
その進行は凄まじく、腕から肩を登り首の部分まで到達し、既にまともに呼吸が出来なくなっていた。
意識は遠のき頭の中が真っ白になる。
契約主のラミュが地に倒れたと同時に三体の精霊たちは消滅した。
「いい顔だ。生物が苦しんで死ぬ最期の顔が俺は大好きなんさぁ~」
ゼルノは苦しみ倒れるラミュに近づき笑顔で見下ろす。
「だが、殺せないのは実に残念さぁ。だからお前はあいつへの土産にする」
「くた……ばれ……雑菌男……」
ラミュは最後の抵抗でゼルノの足を掴む。
だがその力は赤子よりも弱々しかった。
「……ふぅ。菌に全身を蝕まれているのに
まだ神経回路を通わせているなんて流石神域さぁ。
だが、もう眠れ。ラミュ・ラミュレット」
ゼルノは強烈な蹴りでラミュの意識を捻じ伏せると
その鋭い歯を剥き出しにして大満足の笑みを浮かべるのだった。




