二十六話 神域の剣士たち
Ⅴ席カウルはⅪ席ランドルト・ベーゼンと対峙する。
二人の放った斬撃がぶつかり合い、居城は跡形も無く消し飛び周囲は更地と化した。
「工房を地下に作っておいて正解だった」
ランドルト・ベーゼンは周囲の被害を見てもなお、涼しい顔で冷静だ。
「マジか、全力の四虎爪でやっと相殺かよ……」
ベーゼンはなんの前振りもなくボロボロの魔剣から
再び常軌を逸脱した威力の斬撃を放つ。
「うおっ!」
カウルは防五段階一の実力で攻撃を感覚でかわす。
だが、再び斬撃は放たれた。
カウルは異空間に手を突っ込み、剣と亀の甲羅のような盾が融合した緑の剣を手にする。
名を『四精剣―玄武』。
「玄帝!!」
前方に透過された緑色の防壁が展開され、魔剣の斬撃を完全に防いだ。
「ほう。それが噂に聞く世界滅亡級すら防ぐ防壁か」
「ああ。何発打たれようが、全て防ぎきってやる」
「ならば斬撃用の魔剣は終いだ」
ベーゼンはローブの中から細長く紙よりも薄い魔剣を取り出す。
その刹那、一瞬でカウルとの間合いを詰めた。
「っ!?」
カウルはその異常な速度を捉え、玄武で攻撃を受ける。
ベーゼンがその折れてしまいそうな薄い魔剣を瞬時に軽く引くと
最高にして最硬の『四精剣―玄武』の甲羅に深々と傷が付く。
「お前っ! 俺の精剣に傷付けやがったな!」
カウルは怒りの感情を露わにし、剣を振ってベーゼンを退かせると、別の剣を取り出す。
その剣に剣伸はなく、柄から伸びるのは炎。下に伸びるのは豪華絢爛な鳥の尾。
この剣は刃に非ず。炎そのものが武器である。
名を『四精剣―朱雀』。
「朱帝!」
炎は渦となり『四精剣―玄武』を呑み込むと
ベーゼンの魔剣から受けた刀傷が跡形もなくなった。
「興味深い。それは治癒の炎か」
「その通り。朱雀の炎は“生物”を癒す煌めきの炎だ」
カウルが剣を振るうと炎は静まる。
「“生物”とは妙だな。“四界の法”ではソレは物ではないのか?」
「この四精剣は物なんかじゃない。かつて精霊界を守護していた“四精獣”そのもの。正真正銘、今も生きている剣だ」
カウルの言葉にベーゼンは目の色を変えた。
「生きている剣っ!!」
姿勢が前のめりになり、溢れ出る興味を隠しきれていない。
「ならば、その生きている剣と久しく太刀打ちにでも興じようか」
ベーゼンは懐から太刀打ち合い用の魔剣を取り出す。
片手で軽々しく振っているが、それは禍々しい大剣。
どう見ても危険な雰囲気が漂っている。
「あれとまともに打ち合う気にはならないな」
カウルも異空間から蛇のように何度も湾曲した蒼剣を取り出す。
柄に龍の顔が付いた硝子のように煌めく精剣。
名を『四精剣―青龍』。
両者は瞬時に飛び出し、互いに剣を振るう。
だが、その剣はぶつかり合わない。
ベーゼンの魔剣は捻じ曲がり、剣としての形を失った。
勢いが生きているカウルの精剣がベーゼンに切り込む。
防五段階二のベーゼンはカウルの攻撃をかわせずモロに受け、肩から腹部にかけて深い傷を負った。
「くっ!」
即座に後方に下がり距離を取るベーゼン。
だが、カウルは既に追撃を仕掛けていた。
「なっ!」
風の精霊術で加速し、剣をランスのように構える。
ベーゼンは曲がった魔剣を捨て、更に二本の魔剣を取り出し、攻撃を防ごうとするも
魔剣は精剣を避けるかのように湾曲しベーゼンへの道を空けた。
カウルはベーゼンの脇腹を深く突き刺し、勝負は決まった。
「青帝は万物を湾曲させる。その魔剣、ダメにして悪かったな」
「……そんなものはどうでもいい。何故……情けを掛けた」
ベーゼンは腹部の傷を抑え、カウルに鋭い視線を向ける。
カウルは今の一撃で心臓を刺し抜く事も出来た。
しかし、それは“戒律”により出来ない。
だが、手の健を切るくらいなら出来た。
それをしなかったのが彼の不満点だった。
「これからも剣を打ち続けるには腕に支障あっちゃ困るだろ?」
あっけらかんと答えるカウルにベーゼンは目を丸くして拍子抜けする。
「ふっ……それが精霊界の勇者たる由縁か。全く……度し難い考えだ」
ベーゼンは僅かに笑みを浮かべると血に塗れた手をローブで拭い
懐から一本の刀を取り出した。
「か、刀?」
「我が“裁きの調停者”へと昇華され、下したかの剣豪から受け継いだ名刀。名を『和泉守』。
その鋭い刃の輝きにカウルは息を呑む。
何物も阻む事の出来ないような圧倒的な圧を放っている。意思が乗っている。
「奴は死に際にこれを我に託した。そして、約束を交わした。
我が魔剣二百二十八本を打ち砕き、二百二十九本目にして大破した奴の愛刀を越えるモノを作ると。
貴様に渡したその魔剣が奴との約束に相応しいか、それを試したい。
我からこの世界を奪うのであれば、詫びとして少し付き合え」
カウルは静かに頷き、異空間から一本の剣を取り出し
一定の空気を真っ直ぐ吐くと、心穏やかに逸脱魔剣『無銘』を構えた。
「行くぞ、ランドルト・ベーゼン!」
剣士として卓越した二人の神域者。
二つの閃光が交差する。
全力と全力の真剣勝負。
時が流れぬ世界で時が止まったかのように静まり返る。
そして勝敗は静かに決まった。
「……流石だ。勇者カウル」
『和泉守』の刀身はバラバラに砕け散り
ランドルト・ベーゼンは満足した笑みを浮かべ
砕けた刀の破片と一緒に地面へと倒れた。
「その名、心に刻んどけ」
カウルは剣を納め、周囲一帯が消し飛んだ荒野を一人進むのだった。




