四話 敵対
ロードの精霊界での冒険を聞き
カウルは永い月日を過ごす過程で真っ白に枯れた心から
たくさんの彩りの感情が流れ込む。
喜び。感謝。心配。悲しみ。嫉妬。悔しさ。
たくさんの感情が渦巻く。
同時に、カウルは驚いた。
自身がまだ人並の感情を持っていた事に。
自身がまだ“精霊人”であった事に。
「シンシアは、今もお前を待っている」
ロードは話の最後に一番重要な事を伝えた。
「……そうか。俺と交わした約束を今も一人で……。
俺が……シンシアの枷になっちまったんだな……」
カウルは机に突っ伏して頭を抱える。
「カウル、俺に協力しろ。
そして、このふざけた空間から出て一緒に帰るんだ」
ロードは幸先が良いと思っていた。
まさか、こんなところにシンシアと共に冒険した英雄が
居るとは夢にも思っていなかったからだ。
シンシアと同等以上のカウルが仲間に加われば
どうにかこの“高天原”から抜け出す方法が見つけ出せると思ったのだ。
カウルは一つ返事で首を縦に振るはず。
しかし、返ってきたのは真逆の返答だった。
「いや、ロード……残念だが、それは出来ない。
俺は……シンシアの元には帰れない」
「は?」
ロードは驚きのあまり目を丸くした。
空いた口が塞がらない。
「お前、今の今まで何を聞いていたんだ?」
シンシアが一人でどれだけ奮闘していたか。
どれだけ約束を大切にしていたかを話したにもかかわらず
その意を酌んだうえでカウルは首を横に振ったのだ。
ロードは内から沸々と怒りが湧き出てきた。
両手で机を激しく叩き立ち上がる。
「あいつは、シンシアは、お前を待っているんだぞ!
千二百年とかいう狂った永い年月もの間
他の誰でもないカウル、お前をだ!!」
「さっきも聞いたよ」
顔色一つ変えないカウルの返答。
それを見て更に怒りが増す。
「じゃあ、何故――――」
「エルフの時は永い。シンシアには俺の事なんて忘れて
ただ一人の女性として幸せに生きて欲しかった」
淡々と語る口調からその言葉を聞いた瞬間
ロードは損得の感情を投げ出し、カウルに上級魔術を纏った全力の拳を放っていた。
「あぶねーだろ……ロード」
しかし、その拳は届かない。
カウルは気を落としつつも、当然のようにロードの手首を掴んで攻撃を逸らしていた。
ロードは電撃を放ち、カウルの手を振り払う。
「今の言葉は聞き逃せない。
あいつの想いを、覚悟を、なんだと思っている」
「お前には関係の無い話だろ。そもそもここから出る方法なんて無い」
「勇者様が聞いて呆れるぜ。やる前から何を諦めてやがる!」
「新入りが俺の苦悩も知らずに……何を勝手に……」
「分かるさ。お前と同じ時を苦悩したシンシアを見ていたんだ。
千二百年の間、お前との約束を果たすため、疑う事無くお前の帰りを待っていたんだぞ!!
約束を忘れたとは言わせねぇぞ!」
「俺だってシンシアの事も約束の事も一日たりとも忘れた事なんて無い!!
だが、無理なんだ。約束を果たす事は出来ないんだ!!」
カウルは悔しそうに唇を噛み、拳を握り締める。
「幾千年過ぎ去れば……シンシアも諦めてくれるさ」
彼女の覚悟を無下にしたその言葉にロードの怒りは最高潮を迎えた。
「背中を預けて共に死線で戦い、火を囲んで語らった俺の仲間の覚悟を侮辱するな。
お前は何も分かっちゃいない。シンシアという女を……軽く見るなよ」
「…………」
ロードの言葉にカウルは眼力を強める。
だが、仲間を侮辱されたロードも一歩も退く気はない。
「剣を取れよ……腑抜け勇者。その腐った心根。俺が叩き潰してやる」
ロードは本気だ。
「今はやめてくれ、ロード。
俺も少しばかり気が立ってるんだ。お前を殺しかねない」
「上等だ! お前をぶっ殺して幾千年後、あの世で再会させてやる」
ロードの宣戦布告にカウルは覚悟を決めて応える。
「いいだろう。ここまで言われて逃げたら“勇者”の名が廃る。
その挑戦受けてやるよ! だが、“戒律”を破るつもりは無い」
カウルは異空間から真っ白い木刀を取り出す。
名を『白凪』。カウルの訓練用の武器であり、その重さは五十キロほど。
木刀でありながらエナの制御次第でモノを斬る事も出来る立派な剣であり、刀であり、木刀でもある。
その重さ五十キロの木刀を、目にも止まらぬ速度で素早く振ると、凛々しく先端をロードに向けた。
「“裁きの調停者”Ⅴ席 カウル。その名、心に刻んどけ」
高天原の中心の神殿にて
世界の安寧を守るはずの二人の調停者が争いを始めるのであった。




