三話 勇者カウル
口の利き方を弁えないロードに一方的な躾を与えるツグミ。
それを止めたのは、千二百年前に精霊界を救ったあの男であった。
「勇者……カウル?」
「お! 新人っ! 俺の事知ってるのか!?」
押し潰されるロードの顔前に迫り、しゃがみ込むカウル。
だがロードは落ち着いて話せる状況じゃない。
「取り敢えず……この女の術を止めてくれ……」
「ああ、悪い悪い!」
カウルはおどけながら無の空間から突如として
橙色の細い剣取り出し、ロードを押し潰していたモノを斬った。
「邪魔しないで、カウル。これは“教育係”としての――――」
「度を越えているって。新人苛めは良くないぜ、な?」
その明るい口調、言葉から“これ以上は”という圧が籠っていた。
「ふん。今後は気を付けなさい」
ツグミはロードに忠告すると再び踵を返し、その場を去ってしまった。
「ふ~事を構える事になんなくて良かった~。あいつ、滅茶苦茶強いからさ。
まあ、ここに居る奴ら全員、滅茶苦茶強いんだけどなっ!」
カウルは自分の言った事にケラケラと笑う。
その騒がしさを見てロードはまるで男版の朔桜のようだと思っていた。
「新人! 名前は?」
「俺はロード。ロード・フォン・ディオス。
さっきは助かった。感謝する」
「あ~いいっていいって!
でも災難だったな。ツグミの八つ当たりに遭って」
「八つ当たり?」
「ああ、ツグミの“教育係”はお前が倒したシエラユースだったからさ」
勘弁してやってくれと顔の前で両手を合わせ片目を閉じてロードの顔色を窺う。
「ちっ……そういう理由か」
「それにあの二人、滅茶苦茶仲良かったんだ。
だからシエラユースを下したお前に気を立ててたみたいだな」
「ふざけんな。シエラユースは自分から死を――――」
「おっと! それ以上は」
カウルは食い気味にロードの口を止めた。
「みんな薄々気付いているよ。
あの未来が視えるシエラユースがわざと負けるなんて俺らにとっちゃ大事件だ。
彼女の名誉のためにルシファーもツグミも知らないフリしているだけなんだ」
「わざと負けた? お前らは俺が奴の情けで勝ったと思ってるのか?」
「思っているよ。全員」
あっけらかんと答えたカウルをロードは鋭い眼で睨む。
「俺は正面から戦ってあいつに勝ったんだ。そこを吐き違えるな」
「気づかないよう上手く手を抜いてくれたんだよ」
「違うつってんだろ!」
否定するロードをカウルはまるで相手にしていない。
「まあ、まあ! 何はともあれこれからよろしくな、ロード!
それはそうと、深緑のズボンと靴。
それに若緑色の羽織りは精霊界のだよな?
俺の事知ってたみたいだけどお前、精霊人か!?」
カウルはさっきの話題は途中で投げ捨てたかのようにウキウキしてロードに迫る。
「近い、離れろ! 俺は魔人と人間の混血だ。精霊人じゃない!」
「な~んだ~。期待したのにな。
ん? じゃあなんで、俺が勇者だって知ってるんだ?」
「金髪碧眼のエルフ……シンシア・クリスティリアから聞いた」
その言葉を聞いた瞬間、カウルの顔色が変わる。
「シンシアッ! シンシアは今も……今も生きているのかっ!?」
カウルは興奮しロードの肩に掴み掛かる。
その力はとんでもないほど強くロードですら振り解けない。
「ぐっ……落ち着け……まず手を離せっ……」
「落ち着いてなんていられるかっ!
ロードがシンシアと知り合いだったなんて、どんな奇跡だよっ!」
興奮したままロードを前後に揺さぶる。
「いいから離せ……この単細胞」
ロードが全身に電撃を迸らせると、ハッとしたカウルは咄嗟に手を離す。
「悪い悪い。興奮してつい! で、シンシアは!?」
「精霊界で今だ生きてる……はずだ。
俺が“裁きの調停者”の審判とやらにかけられる前は
精霊神との戦いで満身創痍だったが、今は俺の妹が回復させているだろう」
朔桜との別れの際にシエラユースのエナで皆を回復させるように言ってある。
予想だにしていない出来事が起きていなければ、皆無事なはずだ。
「精霊神!? 精霊神ってあのシ・セウアかっ!?
倒す手段が無くて神鍵で封印したはずじゃ……」
カウルは精霊界で起こった異常を察する。
「一体、精霊界で何があった?」
「話してやる。俺が精霊界を旅した全てをな」
ロードとカウルは神殿の椅子に腰かけ、暇をかけて語らった。
世界の門を通り、精霊界へ来た事。
シンシアとの出会い。
カウルが英雄となっている事。
“金有場”を使った影の策謀。
水都市スネピハでの精霊王との戦い。
三体の“喰者”の討伐。
精霊神との戦い。
数々のロードたちの冒険譚を――――。




