一話 教育係
登場人物
●ロード・フォン・ディオス
種族:魔人と人のハーフ
属性:雷 風 火 水 地 樹(六適者)
能力:《無常の眼》《八雷神》
宝具:【爪隠】
魔装:『黒鴉の衣』『黒帽子』『骨断』
魔導具:『黒鏡』
どの世界よりも澄み切った空気と暖色の空。
そこに浮かぶは巨大な島。
等間隔で配置された立派な造りの十二の居城
が目を引く。
手入れされずとも、整った緑豊かな平原。
鬱蒼と茂った緑の森には、草花や果実、動物が無限に生成される。
無尽蔵に湧き出る泉を流れ、透き通るような水がせせらぐ川には大小様々な魚が自由に泳ぐ。
だが、これは食を楽しむためのオブジェクトでしかない。
この空間では何も食せずとも死ぬ事は無い。空腹に見舞われる事はない。
まさに“常世の地”。
「こんな世界があるとはな……」
黒衣を纏った黒髪黄金の眼の魔人、ロード・フォン・ディオスは
見知らぬ光景に呆気にとられていた。
「ここは世界ではない。四世界の狭間にある一つの空間だ」
四世界の安寧を守る“裁きの調停者”Ⅲ席にして
六枚の翼を持つ天使ルシファーが間違った認識を訂正する。
「世界の狭間……」
「細かい内情は“教育係”から聞くといい」
「“教育係”?」
「着いたぞ」
真新しく綺麗な淡黄色の石床が広がる。
階段の奥には古代神殿のような場所が見て窺える。
ロードは“裁きの調停者”としてかの地に一歩を踏み入れた。
と、同時にいつの間にか一人の少女がロードの前に立っていた。
ルシファーとは対照的な黒髪。艶のある綺麗で繊細な絹のようだ。
冷淡で芯を見透かすかのようなつり目の奥に深淵の奥深き黒の瞳が輝く。
白い巫女のような和服に柄のある赤い袴。
濃鼠色の帯には
黒い漆の木製の鞘に収まった刀が携えられており
白い靴下に赤い鼻緒の黒い草鞋を履いていた。
古風な少女はロードを見た途端、目を大きく開き、表情を一変させた。
「貴方……名前は……?」
「ロード。ロード・フォン・ディオスだ」
「フォン・ディオス……そう……。数奇な縁もあったものね……」
まるで何かの点と点が繋がったかのように独りでに優しく呟く。
少女は慌てて表情と感情を取り繕うと
目つきは鋭く、感情は刺さるようなトゲトゲしさに戻り、素早く襟を正す。
「私はⅦ席のツグミ。今から貴方の“教育係”だから」
「Ⅶ席?」
「貴方の下の席」
「なんだ、格下か」
「っ!」
瞬間、ロードの腹部が弾け、身体が旋回して
遥か内陸の神殿のような場所まで一気に吹き飛ばされた。
外壁に激しくぶつかるとその衝撃で血を吐き出し、地面に崩れるように倒れ込む。
「ごほっ……なにがっ――――」
一瞬の出来事すぎて
ロードは何が起きたかも分からない。
直後、俊敏に追って来たツグミが
無表情のまま、草鞋でロードの頭を踏み潰した。
「席順が強さの格じゃないわ。口の利き方には気を付けなさい、新人」
「……てめぇ!」
攻撃した者の正体が分かると
ロードは足を払いのけ、反撃に出る。
精霊神シ・セウアの大量のエナに吸収し、格段に強化された拳を連続で繰り出す。
しかし、その全ての攻撃は一撃たりとも当たらず、容易にかわされてしまう。
「遅すぎ」
嘲笑うツグミの掌底が、再びロードの腹部を打つ。
再び、腹が炸裂するような衝撃が襲い、振動が周囲の空気にまで伝わる。
「っ――――」
ロードの意識が飛びそうなるその間際。
無意識に放った拳が、ツグミを頬へ迫る。
「へぇ」
ツグミが感心した声を漏らすと
その左手にはロードの渾身の拳が握られていた。
まるで大人と赤子の戯れだ。
「仲間内の殺しは“戒律”破りだぞ、ツグミ」
音も無く現れたルシファーが無表情ながらも
威圧した殺気を放ってツグミを窘める。
「死んでないでしょ? これは“教育係”としてのただの躾よ」
「躾の域を超えている。
シエラユースとの戦いでこいつは既に満身創痍だった。
いつ死んでもおかしくない状態だ」
今の攻撃でロードの腹は抉れ、体内の臓器の大半は損傷していた。
「だから、ここまで飛ばして来てあげたんじゃない」
神殿の一角にロードを放り投げると、腹部の損傷がみるみるうちに治っていく。
シエラユースとの戦いで負った傷も含めて全ての傷が瞬時に完治してしまった。
「これで終わりにするから。小言はもういいでしょ……」
拳を握り締め、悲しそうに唇を噛み締めるツグミ。
「…………よい。此度は見逃そう。だが、もうこれ以上の私情の持ち込みは見過ごさん」
その表情を見たルシファーは静かに背を向け
六枚の翼を広げて飛び去ってゆくのだった。




