九十九話 世界を治す力
ドクレスの世界滅亡級の超極大精霊術。原初還しが発動。
北の大地から超巨大な火山が隆起する。
キリエの作り出した渇望の黒城を遥かに上回る大きさだ。
「はっはっは! 有り難や、有り難や!
今の儂が持ち直すには十分な時間を稼いでくれた!」
ノアの攻撃で負った首の傷を自身の火で焼き繋ぎ
一命を取り留めていたドクレスは声を高らかに自身の力を誇る。
「見よ、この力をっ!!
人間界の地殻を隆起させた大火山、原初還し!
私の合図で火口から大地に燻るマグマが一気に噴き出す!
この力に触発された各所の活火山にも影響をもたらし
世界の内から流出したマグマは次第に世界を呑み込み
文化を、命を、世界を滅ぼす力となるであろう!」
「そんなもん撃ったら俺らだけじゃなく若爺、てめぇも死ぬだろ!」
高笑いするドクレスにリョクエンが指摘する。
「このまま貴様らに殺されるくらいならばそれもまた一興よ。
それに見てみたいのだ。一つの世界が終わる瞬間を!」
地鳴りとともに火口から真っ赤なマグマが押し寄せて来る音が響く。
「おい、あいつイカれてやがるぞ!」
「止めないとっっ!!」
朔桜が焦りをみせるも、自身には巨大な力に対抗する手立てはない。
止めれる方法はただ二つ。
術者のドクレスを倒すか。
超極大精霊術に正面から打ち勝つかだ。
「この場の中にあれに打ち勝つ自信がある方、いらっしゃいますかぁー!?」
朔桜が全員に呼び掛けるも皆の表情は暗い。
対人ならともかく相手は世界構成の原初。
世界滅亡級の火山となれば皆が黙るのも無理はない。
少しの沈黙の間、一人の少女が意を決して朔桜をしっかりと見据えた。
「私にやらせてください。。。!」
名乗りを上げて一歩前に出たのは、黒衣に身を包むキリエであった。
必然と静まり返る中、キリエに視線が集まる。
「キリエ……お前……」
突然の申し出にレオも驚く。
カテスに黒化されていたとはいえ、北の地を枯らし、黒体を使い多くの者からエナを奪い取った張本人。
精霊界で一緒に旅をしてきた朔桜、ノア、レオ、カシャはともかく
他の面々は怪訝な表情を浮かべている。
背後の周囲の雰囲気を感じ、キリエが目を伏せると朔桜がキリエに近づいて正面に立つ。
「キリちゃん……信じていい?」
「……はい。。。!」
その強い返事を聞いて朔桜は頷くと皆の方を見た。
「皆さん聞いてください! 私はキリエちゃんにこの人間界の命運を任せようと思います!
異論がある方は挙手でお願いします!!!!」
皆思うところはある様子だが、手を上げる事はしない。
異論を言ったところで誰一人として火山に打ち勝つ打開策などない。
「異論がある方はどうぞ!!」
朔桜は再び呼びかける。
「異論がある方いませんねー!? 全員賛成でいいですねー!?」
朔桜は念を押すが誰も異論を唱える者はいなかった。
朔桜の無理をゴリ押す姿勢に隅の方で傍観していた玖寧は静かに笑っている。
「よしっ!」
総意を勝ち取った朔桜はキリエに向き直りその目を見た。
その目にはもう絶望はない。あるのは強い信念だけだ。
「キリエちゃんに人間界の命運託した!」
「はいっ。。。!!」
朔桜は手を差し出すとキリエはその手をしっかりと取った。
火山の活性が高まり、火口付近にマグマが湧き上がった事で
夜空が赤く染まり、周囲の温度が上がっていく。
「無駄じゃ。どれだけ足掻こうとこの世界の終焉は決まっておる。
さあ、一つの世界が滅びる瞬間を見届けようではないか!」
追い詰められ自暴自棄となった笑い狂ったドクレスに
息を吞み、精神を整えたキリエが対峙する。
「黒地―瓦解!!」
キリエが詠唱と同時に右手を天に翳すと
黒城が崩れた後にまだ残っていた瓦礫が天へと吸い寄せられてゆく。
砂のように細かい黒地が中心で高速で渦を巻き
外側で大きな黒地がゆっくりと漂い、火口目掛けて堕ちる。
同時に火口から大量のマグマが湯水の如く大地を鳴らす凄まじい威力で吹き上がった。
天から堕ちる世界滅亡級の黒地の精霊術と
地から吹き上がる世界滅亡級の超極大精霊術が激しくぶつかり合う。
赤に染まる夜空。天に空く黒い渦。噴火する大火山。
世界の終末のような光景を前に一同は息を呑み、キリエを信じ見守る。
回転する黒地の残骸が湯水の如く吹き上がるマグマに含まれたエナを吸収し
その勢いを増していく一方、噴き出したマグマが黒地に絡まった状態で固まり
重量が何倍にも膨れ上がる。その総重量は全てキリエの腕に全てのし掛かる。
「ぐっ。。。」
キリエの腕の血管からは圧力で血が噴き出し、上げた腕から血がとめどなく流れ落ちる。
「小娘、貴様には身に余る力のようじゃなぁ!」
ドクレスが叫ぶと内気だったキリエが強く睨み返す。
「まだ。。。まだ。。。っ!」
破裂しそうな右腕を左の手で支え
なんとか堪えてはいるが、このままでは時間の問題だ。
「加勢するぞ!」
“五色雲”エプンキネが動きだそうとすると
レオが前に立ちそれを制す。
「大丈夫です。あいつは一人でやれます」
「何を言っている! 見ろっ! もうエナも枯渇してきている!
このままでは奴もこの世界も消えて無くなってしまう!」
キリエが劣勢になり世界の危機を危惧したエプンキネはなんとしても
割り込もうとするが、レオも道を譲らない。
「キリエを信じてくださいっ!!」
レオの大きな声が森に響き木霊した。
それは彼女への最大の激励となり、狂うように噴き出すマグマを押し返してゆく。
「バカなっ! 儂の原初還しが押し負けている!」
術の力は互角でも精神力に大きな差があった。
だが、今のキリエは死に物狂いのドクレスの精神力をも遥かに凌駕していた。
「こんな私を助けに来てくれた。。。こんな私を信じてくれた。。。こんな私を救ってくれた。。。
大切な仲間を。。。大切な人を。。。託されたこの世界を。。。私は絶対に守る!!!!」
ハッキリとした口調で自分の意志を確立させた。
皆の強さが、皆の想いが伝播し、彼女の心を強くしたのだ。
荒々しく噴き出すマグマを呑み込み、蓋をするかのように火口を完全に塞いだ。
瓦解は回転したまま火山を削り取り、平坦な大地へと均す。
「儂の力がぁ……」
絶望するドクレスを前にキリエは再び“黒”の力を行使する。
「黒地―寛解」
瓦解で渦巻く黒の瓦礫は一つの大きなプレートへと変化。
ドクレスの莫大なエナを含んだ火山を吸収したプレートが
自身がエナを吸い取り、枯らした大地の歪んだ箇所を補強しながら薄く伸びて大地へと馴染んでゆく。
奪ったエナを返し、死んだ土地に豊富なエナが満ち、エナを糧とする花々の命が即座に芽吹き始める。
キリエの世界を壊す力は、世界を治す力へと変貌を遂げたのだった。




