九十六話 青年ドクレス
一同は現れた青年の膨大なエナの量を察し、即座に戦闘態勢に入る。
「おうおう、有象無象が勢揃いじゃな」
青年の手から銀色の滴が流れ出る。
「あれはっ!?」
リョクエンがその男の正体にいち早く気が付いた。
「爺の猛毒が来るぞ!!」
「錬金核―毒蛇王!」
全ての元素へ変化出来る液体が意志を持つ蛇のように一同を襲う。
「全員下がれ!」
エプンキネが手を前に出して気盾を展開。
激突した毒蛇王は弾け、気盾を丸呑みにするかのように濁流のようにエプンキネに迫る。
「くっ!」
呑み込まれる寸前、ノアが衣を伸ばし、エプンキネを回収する。
「へ~き?」
「すまない。助かった」
「おじさんは朔ちゃんを守って!」
ノアはエプンキネを後方へ放り投げ、一瞬でドクレスとの距離を詰めた。
「ほう!」
その速度に対応したドクレスはノアの不意の衣をかわす。
「ヴァべーパー」
水蒸気を撒いて姿を眩ませる。
「そのおっきい気配丸見えだよ!!」
ノアは構わず追撃を掛ける。
「錬金核―五月雨!」
視界を奪いノアの上空から無数の錬金核が雨のように降り注ぐ。
【鵜の目鷹の目】を持つノアならばかわす事はさほど難しくはない。
しかし、それは動ければの話だ。
「っ!」
いつの間にかノアの足は地面の中に引きずり込まれ、身動きが出来なくなっていた。
「うぇっ!? 【変身】!」
変身可能な中で最も硬度のありそうな“精天機獣”
丑の刻へと変化するも、降り注ぐ錬金核が強固な天使の機体をも容易に溶かす。
「ノアちゃーん!!!」
朔桜が叫ぶも虚しく変化したノアは全身が溶かされ跡形も無く消え去った。
「いや~今回もノア死んじゃった!」
他人事のようにノアが皆の後方から現れる。
「ねぇ! 毎回心臓に悪いから教えておいてくれないかなぁ!?」
「そしたら戦っている時ハラハラしたり、死んだ時、今みたいに迫真に叫んでくれないでしょ?
敵を欺くにはまず味方からってね~」
ノアがゲラゲラと笑い皆が驚くなか、ドクレスもつられて笑う。
「実に興味深い力だ。今のがお前さんの全てか?」
「さぁ? どうだろうね~? それよりも、お爺ちゃん若返ったんだね。前より生き生きしてるよ」
「そうじゃろう? これが儂の全盛期じゃ。
知識はそのまま、エナジードの量も膨大に増え、頭の回転も早く回り
身体なんて翼が生えたかのように軽いわ」
「へぇ~良かったねぇ~」
ノアが笑みを浮かべ適当に答えるとすぐに表情が変わる。
「みんなはあの攻撃、絶対まともに食らったダメだよ。死因を割り出してみたけど複数あった。
もし触れた場合、即その部位を抉り取って朔ちゃんに治してもらって。
数十秒でも放置したら死ぬからね」
いつもは天真爛漫お気楽なノアの真面目な態度に
アレがどれだけ危険なのか一同は理解し、身が引き締まった。
ノアを躊躇なく殺した事により朔桜たちはもちろんの事
“人魔調査団”と“五色雲”も完全にドクレスを敵とみなして警戒している。
「そこの童女の言う通り。儂の錬金核を受けて生きているのは奇跡に等しい。
リョクエンとそこの女には考察程度に生き残った理由を是非とも聞いておきたいものじゃな」
ドクレスは錬金核を受けて生き残ったリョクエンとエンジェルに視線を移す。
「誰が言うかよ。若爺!」
「秘密」
二人は一切答える気はないらしい。
「そうか、そうか。ならば良い。被検体としてお前たちは生け捕りにして
早く言った方は生かし、言わなかった方を死んだ方がマシだと後悔するような実験に使わせて貰おう」
「おいマジかよ……言っていいか?」
怖気づいたリョクエンは恐る恐る朔桜に問うと代わりにティナが答えた。
「今すぐ全身穴だらけになって失血死したいのならどうぞ」
『八つ脚の捕食者』を構えたティナが言いたきゃ言えと顎で指示する。
「いえ……言わないのでどうか負けるんじゃねぇでください」
「この人数と実力差で……負ける訳ないだろ!」
ティナが先陣を切って飛び出すと近接戦が得意なカシャ、ラヴェイン、スモーク、ポロオッカヨが続く。
その間を縫うようにメティニ、ウェポン、メイプルが遠距離で援護。
遊撃のノアとエンジェルは素早く動き回りドクレスの隙を窺う。
後方では朔桜が負傷者を回復する準備を整え
病み上がりのレオ、キリエ、デガロ、リョクエン、清陵、エプンキネ、ピリカが控える。
多勢に無勢。勝って然るべき戦力差だ。
しかし、詰め切れない。
ドクレスは周囲に錬金核を撒き、接近戦を許さず
適応した四属性を上手く使いこなし全員の攻撃をいなし
隙が出来た者へと即座に狙いを定め、攻撃へと転じていた。
「こいつっ! 即死級の攻撃を持ってるうえに属性術の使い方が上手いっ!
それに判断力、身体能力も高い」
ティナが戦闘の中でドクレスの実力を認めた。
「錬金核―五月雨!」
上空から無数の錬金核が雨のように降り注ぐ。
“人魔調査団”と“五色雲”は上空に気盾を重ね合わせ
傘のように展開し、不意の攻撃をなんとか防いだ。
「足止めだ! また逃げるぞあの若爺!」
リョクエンの言った通りドクレスは一同に背を向け、森の中へと姿を消す間際だった。
近接組が逃してたまるかと即座に追おうとした瞬間、地面が突如として爆ぜた。
ドクレスが追って来ると想定して仕掛けていた火と地の混合精霊術の罠に掛かり
ティナ、カシャ、ラヴェイン、スモーク、ポロオッカヨはまんまと吹き飛んだ。
周囲は土煙で視界を奪われ、後方からは状況が分からないうえ
ドクレスが水蒸気を撒き散らし更に視界を悪化させている。
「みんなっ不用意に動いちゃダメッ! 煙と一緒に水銀が撒き散らされてる!」
朔桜が大きな声で報告した通り、周囲には錬金核が浮遊しておりドクレスへの追撃を阻む。
「若僧共は詰めが甘いのぉ!」
先ほどまで逃げ腰だったドクレスは静かに煙が晴れるのを待っていた。
「さて、今のお前さんの報告で何人が死んだかのぉ?」
ドクレスは笑みを浮かべて朔桜の表情を窺う。
「どういう……事?」
「ふざけんな! あんな爆発程度で死ぬような人は居ねぇ!」
レオが怒りの形相で反論するとドクレスは再び笑みを浮かべる。
「ただの爆発ならな。あの爆発に錬金核が混じっていたらどうなると思う?」
その言葉に一同は戦慄する。
世界滅亡が撃ち負けて早々逃げ腰を追わせ罠に掛け
戦力を削ぐ事を狙ってきたその精神力と思考力は並の域ではない。
「あの童女が言った通り、錬金核が触れた箇所を即座に切り離せれば、毒は回らない。
だが、この煙の悪視界では錬金核を受けた数も箇所も分かるまいて」
「みんなっ!!」
朔桜が皆の身を案じて叫ぶも返事はない。
「そんなにも心配ならばあの浮遊する無数の錬金核をかわしつつ
壊死した死体を掻き分けて生存者を探しにいくといい!」
ドクレスは勝ち誇り大きな声で笑う。
「てめぇ!!」
レオは拳を握り締めて跳び出し、ドクレスに連撃を打ち込むも全ていなされる。
「威力はある。だが、技術はまだ素人に毛が生えた程度。全盛期の儂には当たりはせん」
「くそっ!」
レオがドクレスにあしらわれながらも必死に食いつくなか
遊撃組のノアとエンジェルが警戒に錬金核をかわして
衣の風圧と衝撃波で煙を晴らした。
一同の安否を確認するため朔桜は早急に目を凝らす。
ティナ、カシャ、ラヴェイン、スモークは無事な様子。
だが、“五色雲”の大男ポロオッカヨだけが大の字で倒れていた。
「ポロオッカヨッ!」
エプンキネがその惨状を見て涙を流す。
ポロオッカヨは爆発の寸前、気を前に展開し爆発を抑え込み、
後方に展開し皆を吹き飛ばして逃していた。
彼は自身を犠牲に生身一身で爆発を受け
爆発に紛れ込んでいた鋭利な針状の錬金核に身体を突き刺されていた。
「負傷箇所を抉って!」
ノアが早急に指示するも時は既に遅く身体全身に毒が回っており
ポロオッカヨは苦しそうに藻掻いている。
「なんじゃ一人か。つまらん」
レオなど眼中になくポロオッカヨの姿を嘲笑う。
「てめぇ!!」
レオの拳の連撃を風の精霊術で素早くかわす。
「ファイアバイツ!」
巨大な炎の弾丸がレオを襲う。
「ちっ!」
レオは上手くかわし懐に入る。
「ストーンレガド!」
地面から石槍が飛び出てくるもそれをうまくかわす。
「ワンツー!!」
レオの拳の連撃が上手く腹部に決まる。
「ぐっ! フレイウェーブッ!」
火の波を広範囲に展開。
レオも堪らず後方へと身を退く。
「ええい、鬱陶しい奴め!颯! 」
ドクレスの動きに次第に対応していくレオを煩わしく感じ
ドクレスは風の精霊術で高所へと浮遊。
「颯―停滞」
上空で自身の位置を固定し、ポロオッカヨの凄惨な死に様を確認する。
だが、ドクレスの視線の先には完全に復活したポロオッカヨの元気な姿があった。
「な、なんじゃと! 何故!? この僅かな間に一体何があった!?」
レオとの攻防でほんの数秒目を離した際に起きた出来事に同様を隠せない。
「日頃から筋肉を鍛えていたのが幸いだったわね」
メティニは空になった小袋をポケットに仕舞い込む。
「貴様! また何かしおったな!?」
「さあね」
メティニは頑なにドクレスが有利になる情報を話さない。
「口を割らんなら再びこれを受けて否が応でもそのタネを見せて貰おうか!」
ドクレスは再び周囲に錬金核を展開する。
「もう今ので手持ちが無いわ。次受けた奴は本当に死ぬわよ」
「平気っ!」
ドクレスが声の先に視線を移すと同時に気攻と衣が放たれた。
ドクレスは唐突な攻撃にも冷静に風の精霊術を攻撃を逸らす。
「今度はこっちの小蠅共を何とかしなくてはな」
ドクレスの前には浮遊するノアとエンジェルが待ち構えていた。




