九十四話 零れる本音と溢れる想い
勇者カウルに憧れ、彼のように世界を救うために俺たち三人は旅に出た。
でも今は、暴走したキリエの身勝手な行動で一つの世界が滅びようとしている。
そんな大罪を負わせる訳にはいかない。
「止めろキリエ!! この世界を破壊したって何も意味もないだろ!!」
「意味はあるよ。。。間違いは正さなくっちゃ。。。」
さも自分の行いが正しいかのように自分の言葉で飾り正当化しようとしている。
「レオ。。。私ね、シンシアさんのように強くてかっこいい立派な女性になりたかった。。。
でもね、一緒に鍛錬してみたら分かった。。。圧倒的な才能の差に。。。
精霊神と戦った時、私だけ何の役にも立っていないのがもどかしかった。。。苦しかった。。。
でも見て、レオ。。。これが今の私の力だよ。。。! 世界すらも滅ぼせる私の力なんだよ。。。!」
「……そんな禍々しいものが、お前が憧れ、望んだ力か?」
「そうだよ。。。? この力があれば、間違いを正し、悪を滅ぼせる。。。
私が最初からこれくらい強かったらお父さんもお母さんも精霊獣に殺されなかった。。。
ポテ師匠だって“精天機獣”に殺されなかった。。。
お兄ちゃんだって……。。。」
言葉に詰まりながら虚ろな瞳からボロボロと涙を流し
胸に押し込んでいた黒いものを吐き出してゆく。
「この世界は残酷だよね。。。お兄ちゃんを失った私とは対照的に
朔桜さんはロードさんというお兄さんと再会してお母さんも生きている。。。
本当に朔桜さんが羨ましい。。。私とは真反対。。。
生まれながらに持っているモノが違うんだ。。。」
キリエは胸に秘めていた世界の理不尽さに不快感を露わにする。
「他者と自分の立場を比べて卑下していてもどうにもならないだろ。
俺らは勇者でも英雄でもない。ましてや神々を使役出来る存在でもないんだ。
俺たちは自分たちの大切なものを精一杯溢さないよう守れる範囲で守るしかないんだよ!」
「そんなの、弱者の選択だよ。。。」
「お前は大切なものを守るんじゃなく、気に食わないものを壊す選択をするのか!?」
「……そうだよ。。。だって……今の私なら可能だから。。。!」
キリエは本当にそう思っているのだろう。
確かにロードさんやシンシアさんのように強い人たちならば
そういう力の使い方も出来るのは確かだ。
でも、あの二人とは根本的な芯が違う。
キリエは幼い頃からよく知っている。
ずっと俺らの後ろを付いて来ていたような奴が
自身の判断で世界の命運を左右するなんて事出来る訳がない。
それに。
「そんなのお前には似合わない」
ふと本音が零れていた。
そうか。俺はキリエに前に出てほしくないんだ。
俺の後ろにずっと居てほしいんだ。
俺はキリエの事が大切で、キリエの事が心配で
キリエの事が、好きなんだ。
「なにそれ。。。私にはずっと弱いままでいろって事。。。?
奪われ続ける存在でいろって事。。。?レオまでそんな事言うの。。。?」
自分が否定されたと勘違いしたキリエの熱が上がっていく。
「違う! 聞いてくれキリエッ!」
「いや。。。!! もうこんな世界要らない。。。! みんな死んじゃえばいい。。。!!」
いくらキリエでもその言葉は看過できない。
人々が紡ぎ、守ってきた世界を癇癪で壊すだなんて許されない。
自身の鬱憤で人々の命を奪っていい訳がない。
「っ! その言葉は……キーフが聞いたらきっとぶちギレるぜ?」
「お兄ちゃんは、もういないでしょ。。。!!」
「っ……だからこそっ……あるものだけで前を向いて生きるしかないだろ!!」
俺たちは感情を強くぶつけ合う。
「俺はキーフが死ぬ寸前に妹を頼むと言われたっ!
だから、その歪んだ本音は俺の……俺たちの正義がその腹ん中に叩き込む!」
「そう。。。ならやってみて。。。
私はこんな世界嫌い。。。!!
弱いものに厳しいこんな世界が大嫌い。。。!!」
キリエが天に翳した手を振り下ろすと巨大な破壊の渦が落ちてくる。
精霊王の消滅の光や、精霊神の剥奪の“黒風”と同格。世界滅亡級の攻撃だろう。
だが、ここで怯むような俺じゃない。
激動の数カ月を過ごし、俺の経験値は旅に出た時より、比べ物にならないほどに上昇していた。
それもロードさんたちに出会ってからの成長が著しいと自分でも自負している。
命の危機や、世界の危機を乗り越え至った道程。
たくさんのモノを失い、たくさんのモノを救った道程。
その経験が全てこの拳に宿っていた。
両拳を合わせ、衝撃を反復させる。
俺にはこの拳で語る事しか出来ない。
俺の言葉は届かなくても俺の拳ならキリエに届くかもしれない。
ここ一番で使う初めての力。
成功するか分からないが、これ以外にあの大術を打ち破る力はない。
拳を合わせ反復させた衝撃を突き出した拳から放つ。
「欧波転来!」
一点集中の欧波天衝とは違い
広範囲に広がる衝撃波がキリエの“黒”の精霊術と正面から衝突。
二つの巨大な力が激しくせめぎ合い。
世界滅亡級の攻撃は――――崩壊した。
「うそ。。。でしょ。。。」
塵芥と化した黒地は月明りに照らされキラキラと星のように輝い降り注ぐ。
さっきまで自身に満ちていたキリエは、消えゆく精霊術を茫然と眺めていた。
欧波転来は衝突時、衝撃を対象内で反復させ衝撃を対消滅させる。
打ち勝つ力じゃない。打ち分ける力だ。
俺は足場を蹴り一気に飛び上がってキリエの両肩を掴む。
もう何処にも逃がしはしない。
「そんな。。。私の力が。。。」
最大の精霊術が消えて心が折れたのか俺たちの足場も崩れ去り
北の大地を一望できるような高所から自由落下を始めた。
「もう……お終いだ……。精霊界へ帰るぞ……キリエッ!」
「帰るなんて無理だよ。。。!!
両親も育ての親も唯一の肉親も全て失った。。。! 私にはもう何も――――」
「俺が……居るだろっ!!!!」
「っ。。。――――」
照れくさい言葉を吐いて俺はキリエを強く抱きしめた。
「お前の傍にはずっと俺が居る!! 何処に居たって俺が居る!!
お前がうざがっても関係ない!! 俺はずっとお前の傍に居たいんだ!!」
「レオ。。。」
キリエの身体が熱された鉄のように熱い。
いや、違う。俺の身体が氷のように冷たいんだ……。
近距離で見つめ合うも、目が霞んでその大好きな顔が見えない。
黒地にエナジードを吸い取られすぎたみたいだ。
耳に水が詰まったかのように大好きな声が鈍く籠る。
微かに目を擦る仕草だけは理解出来た。
キリエは後悔に苛まれ泣いているのだろうか?
それとも大罪を犯さなかった安堵で泣いているのだろうか?
俺を心配してくれているなら最高だ。
嗚咽を漏らしているのか、鼻をすすっているのかも分からない。
ただ、俺はどうしてもこの場で今だからこそ伝えなきゃいけないと思った。
「お前が道を……間違えれば……俺が何度だって……正してやる……
だって……俺は……お前が――――」
想いを伝えきる前に舌の動きが止まり言葉が出なくなった。
喉も機能しない。当然呼吸すらできない。
身体の感覚が消え、頭からさーっと血の気が引くと
頭の中に白い靄が掛かり、意識が遠のく。
やっぱり、俺は最後まで決まらないな……。
瞬間、俺の意識は電源を切るかのように完全に途絶えた――――。




