九十二話 若き頃の肉体
レオを先に行かせノアの黒体の相手を引き受けた
“人魔調査団”と“五色雲”連合は
互いに助け合い窮地を凌いでいた。
だが、全員が満身創痍。これではまずいとエプンキネが打って出る。
「皆我の傍に!」
エプンキネが呼び掛け、全員が周囲に集うと手を天へと翳した。
「現れよ、北地を守りし一柱。彼の地に安寧を与えよ! 神魚! カムイチェプ!」
川の方角から宙を泳ぐ鮭の神 カムイチェプが顕現。
水の防壁をエプンキネの周囲に展開し、自身の傷だらけの分厚く頑丈な身体で
周囲のノアの黒体を打ち砕き一網打尽にした。
「やっと……止まったか……?」
息を荒くしたエプンキネが周囲を見渡す。
周囲にはもうノアの黒体は湧いていない。
レオの活躍により黒体の生成は止まり、連合は誰一人として欠ける事なく
渇望の黒城内での戦いを生き抜いた。
「ありがとう……エプンキネ」
メイプルが功労を労うとエプンキネは息を切らし手を挙げて応える。
「少年の……加勢に行きましょう……」
メイプルが切らした息でレオの援護を提案する。
皆も息を切らしながら移動しようとするとピリカが大きな声で呼び止めた。
「待って! そっちも行かなきゃだけど……向こうの塔、凄い気を感じる」
全身の肌がヒリつくほどの強力な気の存在を放っておく訳にはいかない。
「見逃してはおけないほどの相手か?」
「相手……というよりも気の塊かな? 膨大な気の塊」
「ふむ……ならば、二手に別れよう。我ら“五色雲”はピリカの言う膨大な気の方へ向かう。“人魔調査団”は彼の援軍に向かってほしい」
エプンキネは気に一番敏感なピリカの言い分を無視するにはあまりに危険だと即座に判断し提案する。
「了解したわ。ご武運を」
メイプルは“五色雲”の幸運を願い“人魔調査団”はレオの後を追う。
“五色雲”はピリカを先頭に膨大な気の塊の方へと向かった。
一方、一番右の塔の中。
明かりの無い広大な部屋の中央に奇妙な形の台座が設置されている。
その台座こそが渇望の黒城の心臓部。
床から“九邪候補”カテスが現れ、台座へと手を翳す。
そこには渇望の黒城が建つ北の大地から吸い取ったエナと
黒体と対峙しエナを奪われた者たちのエナが台座に溜め込まれていた。
「ようやく完成したようですね……。触れたモノのエナを吸収し
より強硬に、より大きく成長する創造主の手を離れた自立人形……“堪能黒城兵”。
これがあれば、人間界など枯れた更地に還し、私は“九邪”と成り得る!」
狙い通りに物事が進行しすぎて笑いが止まらないカテス。
その隙だらけの背中を、風の精霊術が刻んだ。
「ぐっ!」
油断していたカテスは即座に攻撃の反対側へと退き、敵の正体を見極めようとする。
だが、その行動は襲撃者の想定通り。
「何処を見ておる?」
応戦しようと後退した背後から老人の声が響く。
完全に裏をかかれたカテスは即座に反応出来ず、燃え盛る火に全身を焼き尽くされた。
「きゃあぁぁ!!」
高い叫び声を上げ、能力《夜渡り》で闇の中へと身を潜める。
「最近の若いのは脇が甘いのぉ」
エナが一点に集中している場所を早々に突き止め
風の精霊術を使い、渇望の黒城へと侵入。
気配を消し、暗い室内で虎視眈々と奪い取るチャンスを狙っていたのは
“人魔調査団”から逃げ延びたドクレスであった。
「あの火傷では早々に動く事は出来んじゃろうて」
ドクレスは台座に手を翳しただけで膨大なエナの量を把握する。
「あ奴の言っておった通り、堪能黒城兵というのを動かすのも面白い。
じゃが、人間界には些か興味がある。破壊させるにはあまりに惜しい。
故に……この力は儂が頂こう!」
台座に手を触れると溜め込まれていたエナが一気にドクレスに流れ込む。
だが、その流れは予想を超えて凄まじいものだった。
「ぐっぅ!!」
ドクレスは自身のエナ値を超えたエナを大量に摂取する。
それは小さな風船に大量の水を一気に流し込むようなものだ。
張り裂けそうな身をグッと堪え、無謀にもエナを吸収してゆく。
歳を重ね、自然の現象に精通しているドクレスは知っていた。
エナ値のほとんどは、生物が命を終えた時に大気に散る。
それが地面に降り積もり、大地に溶け込む。
北の地でかつて生き、死んだ生物のエナ値をエナと共に取り込んでゆく。
「うぉぉぉぉ!!!!」
ドクレスの老人と思えない雄叫びが城中に木霊した。
同時に“五色雲”のエプンキネ、ポロオッカヨ、ピリカが到着。
一同はその場の現状を目の当たりにして一歩遅かったと悟った。
その場に老人の姿はない。存在しているのは、神を顕現する事の出来る強者三名。
そして、上裸姿の強靭な肉体を持つ細身の青年。
薄汚れよれた柳色の分厚い羽織りを首に掛け
破れたローブを腰に巻き付けている最中だった。
「エナジードがここまで肉体に著しい変化を及ぼすとは思いもせんかった」
若々しい声で自身の身体を見て呟く。
「お前、何者だ?」
エプンキネが名を問うと三人と対峙した男は名乗りを上げた。
「儂は“金有場”に所属する傭兵。ドクレスじゃ」
そこには老い耄れの老人は存在せず、若々しい青年が孤高に佇んでいた。




