八十九話 立ち塞がる黒と桜
朔桜たちは黒城の門前で、ロードの黒体と複数のノアの黒体と激しい攻防を繰り広げていた。
ティナとノアが最前線でロードの黒体と対峙。
カシャ、メティニ、ラヴェイン、デガロは後衛の朔桜、リョクエン、清陵に危機が及ばぬように
身体を張り無限に復活する大量のノアの黒体を必死で留めている。
激しい攻防の最中、ノアの黒体に指先一本触れられたカシャはエナを三割程度奪われ
突然のエナの欠乏に身体が反応し、膝から崩れた。
「くっ……!」
膝を着くカシャを庇うようにラヴェインがノアの黒体の猛攻を一人で捌き、注意を引く。
「カシャ! 今のうちに退くんだ!!」
「すみません師匠!」
カシャは言われた通りに早々に後方に退避。
カシャと代わるようにメティニがノアの黒体を広範囲で視認し
その動きを能力《指定方向》で支配する。
「助かる」
「いいから集中して」
ラヴェインはメティニの援助を受け、動きが単調化したノアの黒体を
強固な木製グローブを付けた拳で破壊してゆく。
その間に、カシャは朔桜の元へと退避する事ができた。
「回復しますっ!」
「すまない、桜髪」
「いいえ! むしろ戦力になれなくてごめんなさい!」
黒体にはエナの術は通用しない。
この戦いにおいて無力な朔桜は宝具【雷電池】を使い
カシャにエナを補充する。
「明とノアちゃんがロードの黒体を倒すまでどうにか堪えてください!」
「ああ! 任せろ!」
颯爽とカシャが駆け出すと朔桜の背後から
新たに生成されたノアの黒体が地面から飛び出し一気に迫り来る。
「――――っ!」
完全に不意を衝かれた朔桜。
その場の誰もが対応しきれない一撃。
だが、ごく自然な感覚だけで朔桜は攻撃をかわしていた。
「おっと」
攻撃をかわされたノアの黒体は呆然としていた。
その隙を見逃さず、デガロがカシャに新調してもらった巨大な木槌でノアの黒体を打ち据える。
「悪い油断した! 無事か、嬢ちゃん!」
「はい! なんか避けれました!」
「凄げぇ身体能力だな! がはは!!」
デガロが盛大に笑うとティナが盛大にブチ切れる。
「おい笑い事じゃないぞ髭爺!! 死ぬ気で朔桜を守れ!!
他のモブ共も命を懸けて朔桜の壁になれ!!」
「ほんとほんと!」
ティナとノアはロードと生死を賭けた攻防の最中も
朔桜を危機に晒した脇の甘い連中を嗜める。
「あの嬢ちゃんたちは一体目何個付いておるんじゃ……」
自身が危機的な状況でもキッチリと周りの状況を把握している二人にデガロは驚く。
「視野が広いんだろ! 全く羨ましいぜ! 来るぞ、背後新手二体湧いた!」
能力《追眼》で上空に目を飛ばし、周囲を監視しているリョクエンが
黒体の位置を捕捉して全員に伝える。
「儂に任せろ!」
先ほどの失態を取り返すかのようにデガロが湧いたばかりのノアの黒体を
もぐら叩きのように押し潰す。
皆が自身の出来る限りの事をして戦う中、清陵は茫然と突っ立っていた。
「(なんだこの空間……戦いのレベルが高すぎるよ……)」
戦いは膠着状態。
そんな状況に痺れを切らしたのは、あろうことかロードの黒体だった。
ティナとノアを振り払い距離を取ると手を天に掲げた。
「まさかっ! 《八雷神》も呼べるの!?」
朔桜が見慣れた動作に危機感を示すと皆の空気も緊張する。
神を顕現されてしまえば最後。戦線は一気に崩壊する。
だが、その動作は単なるフェイク。
ほんの一瞬だけ、視線を集める黒体のパフォーマンス。
全員の視線を釘付けにしている間。
複数のノアの黒体がティナを標的に捉え、一斉に狙い撃つ。
「なっ――――!」
地の魔術で自身を周囲に石柱を乱立させ、ノアの黒体を穿ち窮地を逃れるも、視界が奪われる。
それを狙っていたロードの黒体は石柱を目隠しに皆の視界から消えた。
石柱を砕き、黒い魔の手がティナへと伸びる。
「辛抱できない性格もまんまとはね!」
石柱の中心にティナは居ない。
柱上からロードの黒体を見下ろすように三人が控えていた。
「メティちゃん!」
メティニがロードの黒体を視認。動きを等速で操る。
隙だらけの黒体の懐にティナとノアが入り込んだ。
「土地槍―北方!」
「壱頭両断!」
ティナの地面からの大槍とノアの巨大な衣が上からロードへ迫る。
二人が勝利を確信した瞬間、何者かがメティニの視界を遮った。
その正体は、皆の記憶からすっぽりと抜け落ちていたまるで脅威のない存在。
だが、ここぞという時に道を、戦果を切り開く、並木朔桜の黒体であった。
メティニの拘束から解き放たれたロードの黒体は
二人の攻撃を鮮やかにかわし、即座に反撃に転じる。
「ティナちゃんっ!」
ノアが攻撃をくらえばエナが奪われるティナを庇い
ロードの黒体の強烈な蹴りを代わりに受ける。
「重っ!」
その勢いは止まる事なく、後ろのティナも同時に吹き飛ばす。
勢い良く飛んだ二人は黒城の城壁に激しく叩き付けられた。
ティナを庇い、蹴りの直撃を受けたノアと
ノアを庇い、城壁に叩き付けられたティナの両者ともは即座に動く事が出来ず
その間にロードの黒体はトドメを刺すべく追撃。
二人目掛けて殺意に満ちた鋭い手刀が繰り出される。
「っ!」
「っ!」
二人は攻撃に備え防御態勢を取るも、攻撃は二人には届かなかった。
息を切らした少女が大の字で二人の前に立ち塞がり
黒の手刀は少女の眼前で止まっていた。
「ロードの姿形でこの二人は絶対に殺させない!」
その正体は、黒体の認識からすっぽりと抜け落ちていたまるで脅威のない存在。
だが、ここぞという時に、道を戦果を切り開く、並木朔桜が
強き意志と眼差しでロードの黒体を見据えて立ち塞がった。




