八十五話 黒姫の双騎士
朔桜たちがロードの黒体と無数のノアの黒体に苦戦しているなか
城対策組もまたノアの黒体に苦戦していた。
「また湧いてきTA!」
気術の浮遊高度を上げて長い廊下を真っ直ぐ進む。
生えてきたノアの手の届かない高さを維持しながら天井にも警戒を欠かさない。
「前から来るZO!」
先導するスモークとポロオッカヨがカシャの木製グローブで
正面からミサイルの如く超スピードで跳んでくる黒体をいなし、戦わず奥へ奥へと進んで行く。
まともにやり合ったところで時間とエナの無駄だ。
「これでもしも、行き止まりにでもなっていたら袋の鼠ね」
メイプルが不穏な事を言ったそばから行き止まりにぶち当たる。
「お前が余計な事言うからだぞ!」
ウェポンがメイプルを責めるもレオが姿勢を傾け速度を上げる。
「突破します! 右拳に打撃ください!」
能力《反拳》を使い、横を抜ける皆から強烈な打撃を拳に貰い、衝撃を蓄積。
両手の拳で威力を反復させ先頭に躍り出たレオは、溜め込んだ衝撃を一気に放つ。
「欧波転衝!」
黒城を破壊し、そのまま直進すると中庭に出た。
中庭と言っても綺麗な花や洒落た噴水などはない。一面黒の平地だ。
「うーん質素」
エンジェルが感想を述べると何処からともなく声が響く。
「この渇望の黒城を完成させたら暁には
世界に君臨する我ら“九邪”の王城にする予定だったんですよ。
建設中にも関わらず、壁に穴を開け、土足で踏み込む不届き者共め」
「踏み込んではないよー」
エンジェルが訂正すると城柱の影から短剣が放たれる。
「危ない!」
ピリカが僅かな殺気に対応し短剣を弾く。
「ありがと。よく気付いたね」
「殺気には慣れてるの。多分、あの影の中にいる。いや、動いた!」
カテスは影の中を素早く移動し、特定出来ぬよう翻弄する。
「みんな気を付けて! この声の奴、影の中を移動してる!」
ピリカが気配を追跡するも向けられた殺気は消え、居場所が掴めなくなった。
「まさか私の仮面能力《夜渡り》に対応出来る者が居るとは厄介極まりない。
ですが、これならば、どうです?」
指を鳴らす音が響くとノアの黒体が湧き出て来る。
「多勢に無勢。皆様のエナ、絞り尽くして糧にさせて頂きます!」
黒体が迫る最中、エンジェルがレオの推進力を上げ、城の最も高い塔へと押し出す。
「先に行きたい顔してた」
レオの背後でボソッと呟きが聞こえ
“人魔調査団”&“五色雲”連合がノアの黒体との戦闘が始まった。
「あざっす!!!!」
レオは大きな声で感謝を述べ、振り向く事なく突き進む。
その背中をカテスは静かに見送った。
「(一人逃した……が、あれは戻りの森にいた少年。
一日で随分と力を付けたようですが、到底、姫の踊り相手に成り得ない。
それに今一番重要なのは姫ではない。アレさえ完成すれば、私は“九邪”へと至れる。
精々、私の掌で踊っていてください)」
まだ何かを企むカテスは溶けるようにして影の中へと消えて行った。
レオが暫く道なりに進んで行くと
エンジェルの能力《推進力》の効果範囲外に近いのか
推進力の効力が弱まる。
「頼む以ってくれよ!」
レオは願いながら進む。
そして、ついに目的の場所へと到着した。
城内に存在する九つの塔。その最も高い位置に存在する生活感の無い大きな部屋。
硝子もない吹き抜け窓からの景色は、月明りすらも照らせない真っ暗な山と森しか見えない。
室内の中央には黒い玉座が一席だけが存在し、座するのは黒城の黒姫。
幼い頃に出会い、苦楽を共にし育ったレオにしてみれば、家族のような存在。
キリエが青黒い衣装に身を纏い、玉座で静かに微睡んでいた。
「キリエーー!!!!!!」
レオの声が静かな部屋いっぱいに響くと黒姫は虚ろな目を開いた。
「貴方、だぁれ。。。?」
寝ぼけているのかまだしっかりと見えていないのか
レオの事を判別できていない。
レオはその言葉に息が詰まりそうになりながらも叫ぶ。
「俺だ! レオだよ、キリエッ!!」
自分の足で駆け出そうとするも、弱まった推進力は速度が出ない。
ここまで安全に運んでくれた力が今はもどかしい。
水中を泳ぐように少しずつ、キリエの元へと進んでゆく。
「レオ。。。? いいえ、違う。。。
貴方はレオじゃない。。。レオは死んでしまった。。。
みんなも。。。精霊界も。。。全てが死んでしまった。。。」
レオは死んでいないと即座に否定しようとした。
「お兄ちゃんも……死んでしまった。。。!」
その切実なる言葉を聞き、否定するタイミングを逃した。
「私は不幸。。。だけど、幸い。。。
みんなは死んだ。。。だけど生きてる。。。ここに生きてる。。。!」
キリエの言動も思考力もまともに機能していない。
悪夢に囚われ、魘されて発した寝言のように苦しそうに声を絞り出している。
「だから、お願い。。。私を守って。。。」
助けを求める声に呼応して玉座が黒姫を支えるようにして変形する。
黒の精霊術、黒地―土眷。
身近な生命の紛い物を創造する歪んだ力。
故にカテスが“黒色十化身”と名付けた黒体。
物心ついた時から共に過ごしたポテ、イツツ、ヒシメ。
短いながらも濃密で過酷な旅共にしたロード、朔桜、ノア、シンシア、カシャ。
そして、レオの前に現れた精巧に模倣された自らの現身と
既に命を落とした、今は亡き親友の黒体であった。




