七十六話 贋作
ドクレスと入れ替わりで現れたシンシアの黒体と対峙する
ウェポン、メイプル、エンジェル、リョクエン、メティニ、そして名も知らぬ男。
優しくも凶悪な強さの黒体に全員は息を呑む。
まるで蛇に睨まれた蛙のように皆、動く事が出来ない。
リョクエンとメティニに関しては一度シンシアに敗北しており、苦手意識も相まっている。
この絶望に近しい静寂を破ったのはメイプルだった。
両手を樹液へと変え、黒体の足元に流し込み
樹液を硬化させ、両脚の自由を奪う。
「エンジェルッ!!」
合図と同時にジェット機の如く飛び出すエンジェル。
「気攻―天承!」
零距離の掌から放たれた衝撃波がシンシアの黒体を穿つ。
しかし、黒体は微動だにしていない。
「あれ? 全然効いてないや」
感情なく見たままの感想を述べるエンジェル。
黒地の特性は“吸収”。如何なるエナの攻撃も無意味である。
黒体はまるで蠅を落とすかのようにエンジェルを素手で叩き落した。
地面に叩き落されたエンジェルはエナを根こそぎ持っていかれ
急激な消耗に身体が対応出来ず、呂律も回らず、まともな身動きも出来ていない。
黒体はエンジェルを見下ろすも、ウェポンの時と同じように息の根を止める事はしない。
「なるほど。性格は本家本元と同じって事ね」
メティニの言葉に取っ掛かりを得たリョクエンも黒体の穴に勘付いた。
「はっ、ようはコレも甘ちゃんて訳か」
黒体は想像主のイメージで構築されている。
今まで完全なる悪意を持つモノ以外
倒すだけにとどめていたシンシアの優しさを組み込んでいた事が幸いしている。
もしも想像主が残虐無比な圧倒的な強者だと曖昧なイメージで創造されてしまったら
その黒体の強さたるや、もはや手の付けようがない化け物と相成る。
「貴方たち何か倒す策はあるの!?」
勘付いたメティニとリョクエンに藁にも縋る思いでメイプルは問う。
しかし、二人の表情は険しい。
「あれは腕力も速度も私たちを遥かに凌駕している」
「殺されはしないだろうが、能力に差があり過ぎるぜ」
冷静に力量の差を計る二人。
「だけど、本家より遥かに劣る」
「だが、本物はこれの比じゃねぇ」
二人は動じに紛いモノへの評価を下した。
その言葉でメイプルの口角が上がる。
「弓矢の無いエルフなんて牙の無いネオパンサーみたいなもんよ」
「そりゃ鱗の無いガリザードみたいなもんだな」
二人の各世界の独特な例えに無駄な思考力を使ってしまったメイプル。
「せめて人間にも分かりやすい例えにしてもらえるかしら?」
三人が話している間に名も知らぬ男が黒体にエナを吸い取られて倒れていた。
黒体は次の行動に出るために一度森の中へと姿を消す。
「やべっ」
リョクエンは即座に自身の目を頭上に飛ばし、360゜回転させ、消えた黒体の場所を確認する。
「金髪のあんたの左前。木の枝の上だ」
リョクエンが黒体の潜む場所を示すと
メイプルは指先から樹液の弾丸を飛ばし
メティニは両手の指の隙間に挟んだ黒塗りのダガーを八本放つ。
黒体は瞬時にその場を移動し攻撃をかわした。
「甘いわね」
メティニは樹液の弾丸とダガーを視認。
能力《指定方向》で指の動きに合わせ
動きのあるモノの流れを同等速で一定方向に動かす。
十の指に樹液とダガーを割り振り、巧みな指の動きで黒体を包囲。全ての攻撃を同時に直撃させる。
だが、そんな攻撃など黒体にすれば雀の涙に等しい。
傷一つ付いておらず、まるで意味のない行為。
「まるで効いてねぇじゃん! 前言撤回! やっぱ勝てねぇぞこれ!」
リョクエンが諦めムードを醸し出し及び腰になっているなか
メティニは光明を得ていた。
「目と指の慣らしは終わった。それにあったわ。こいつの大穴が」
何かを閃いたメティニがしっかりとシンシアの黒体を視認。
黒体が動き出すと同時に笑みを浮かべ、メティニが指で示す方向に黒体が動く。
「これって……まさか!」
メイプルが今起きている現象に気が付く。
「私の能力は生物の動きは操れない。でも、モノの動きなら操れる。
人体を模した人形なら、私の能力の範囲内!」
生物ではない黒体を自在に操り上空に飛ばす。
地に足を着けさせない事で黒体の動きを完全に制した。
「やるじゃねぇかメティニ!」
「気安く名前を呼ばないでくれる? こっちは今真剣なの」
目を離せば《指定方向》が解け、一瞬で全員のエナを奪われる可能性もある。
メティニは今シンシアの黒体から一時も目を離せない。
「今のうちにコレを倒せる方法考えてくれる?」
上空を回遊させて自由を奪い、追撃の隙を与えない。
「倒せる方法ってんな無茶な事言われても……。
アレを破壊できる攻撃方法を持ってる奴なんて居んのか?」
今まともに動けるのは、リョクエンとメイプルだけ。
リョクエンにまともな攻撃方法など無いし
メイプルの樹液も黒体にはまるで効果が無かった。
二人の実力でシンシアの黒体を破壊するのは不可能だ。
リョクエンは離した眼で周囲を注意深く観察する。
周囲は木々に囲まれた開けた地。
あるのは黒体に劣る硬度の自然の木や石ばかり。
攻撃手段には使えない。
だが、ただ一つ異質なモノが残っていた。
「あれだ!!」
リョクエンはこの絶望的な状況を好転させる打開策が浮かぶ。
「おい、指示女!」
「…………」
「てめぇだ! てめぇ!」
「……私?」
「しかいねぇだろうが!」
「私も居るけど」
「うるせぇな! 状況見て言え!」
「それで何? いい案でも浮かんだ?」
「あぁ! だが、時間がねぇ!
そいつを爺の撒いた液にぶち込め!!」
「爺の撒いた液って……」
リョクエンの言葉を復唱し、メティニも気が付いた。
“四適者”ドクレスが逃走時に撒き散らし
一箇所に固めておいた銀色の液体、錬金核。
それがまだ残存していた。
「以前に爺があの液は全ての元素のうんたらだって自慢げに言ってやがった!
この状況をどうにか出来るかも知れねぇ!」
「試してみる価値はありそうねっ」
メイプルがウェポン、エンジェル、名も知らぬ男を樹液で回収。
リョクエンも眼を回収し、錬金核から十分な距離を取った。
「いいぞ!」
周囲の安全確認は出来た。
メティニは黒体を宙で振り回しつつ
後方へと退き、視野を広げて錬金核の位置を把握。
シンシアの黒体を急降下させ、錬金核へと勢い良く叩き落す。
「お願い、くたばれ贋作!」
黒体が錬金核と接した瞬間錬金核と黒体が共鳴。結合。分解。中和。飽和。反発を繰り返し
錬金核の構造が著しく崩れた。その瞬間、絶大な威力の大爆発が起こり森一帯が吹き飛ぶ。
錬金核で黒体の構造も著しくしく乱され、シンシアの黒体は跡形もなく分解された。
「みんな……どうにか無事みたいね……」
メイプルが身を液にして液壁を何重にも重ねて展開してくれたおかげで
全員はなんとか爆炎に巻き込まれる事なく、シンシアの黒体に勝利したのだった。




