七十三話 別格の黒体
七ヵ国航空母艦“ヒュージア・ブロード”からドクレスに叩き落された
リョクエン、エンジェルに加え、消えたはずのメティニ。
そして、突如現れた男を引き連れ、ドクレスに制裁の一撃を与えた。
「エンジェル!?」
窮地に駆けつけてくれた仲間の登場にメイプルは驚く。
「どうして、その老人に殺されたはずじゃ……」
「ん? 死んでいないよ。海に叩き落とされただけ」
「落とされただけって……」
驚いているのはメイプルたちだけじゃない。
強烈な一撃を喰らいヨロヨロと立ち上がったドクレスも驚いている。
「バカな……生きているはずがない……。
リョクエンは万一生きていたにしても納得できる。
じゃが、お前は儂の錬金核で無数の猛毒を受けたはずじゃ……」
「あれね。本当に死ぬかと思ったよ。ほんとに」
エンジェルは他人事のように語る。
「だから何故――――」
「情報を引き出そうとしても無駄だから」
メティニはドクレスの考えを見破り、黒塗りのダガーを構えた。
「(あの女。容姿から見て“金有場”の悪名高き暗殺者メティニか……。
能力はリョクエンから大体聞いておる)」
「時間稼ぎも見苦しい。良いのね? 殺して」
「おう、殺っちまえ」
メティニはリョクエンに確認を取るとダガーを放つ。
だが、事前知識のあるドクレスはメティニの前に岩壁を出し、ダガーとの視界を遮った。
「ヴァべーパー」
続けて火と水の混合精霊術で大量の水蒸気を発生させ、姿を眩ませる。
「爺こんな事も出来たのかよ!」
「ふん、全ての手の内を晒すほど阿呆ではないわ」
「逃がすかよっ!」
リョクエンが《追眼》で目を上空に飛ばそうとすると、エンジェルが制す。
「やめといたほうがいい。アレ見て」
上空を指差すと無数の錬金核が周囲に漂っていた。
「うわっあぶねぇ! 水蒸気で姿を消しつつ、アレも撒いてやがったのか!」
「みんな動いちゃダメ。あれに触れると猛毒で死に至る」
「この水蒸気が邪魔で能力が使えない!」
蒸気が晴れたと同時にメティニは周囲を一気に視野に収め、指先で指定した箇所に錬金核を集める。
皆が安全に動けるようになった頃には、既にドクレスの姿は何処にもなかった。
「まんまと逃げられたね」
エンジェルが他人事のように呟くとメイプルが泣きながら強く彼女を抱き締めた。
「泣いて損したじゃない!!」
「ごめん、ごめん」
エンジェルはポンポンと年上のお姉さんの頭を撫でる。
「どうする? エンジェルが生きてたなら俺らがあいつを殺す理由も無くなった訳だが?」
「そういえば、そうね……でも、とりあえずティナには報告しなくちゃ。
彼女が真実を教えてくれたんだし」
登山の最中、ティナがメイプルを呼び止めたのは
ドクレスの行いを報告していたからだ。
「いけ好かないクソ老人から絶対に目を離すな。何か変な行動を起こしたら
いえ、敵討ちがしたくなったらいつでも殺していいわよって言われたから
朔桜に説明せずに突然逃げ出した彼を追って来ちゃったけど向こうは無事かしら?
全滅してなければいいけど……」
メイプルが朔桜の心配をしていると草むらが揺れる。
話題の流れから朔桜たちかと一瞬期待するも
そこに静かに立っていたのはエルフの黒体であった。
「っ!!」
「っ!!」
見覚えのあるその姿に一度敗北した者たちの心が騒めく。
「なんでお前がこの世界に居るんだよ!」
リョクエンが見覚えのある姿に声を荒らげるも、反応はない。
「違う。あれは本人じゃない」
暗殺者であるメティニの目は黒地の力で造られた存在を生物とは認識しなかった。
「あなたたちの知り合い? 味方なの? 敵なの?」
メイプルは状況が掴めず二人に問いかける。
だが、答えを言う前にウェポンが動いた。
「あのナリどう見たって敵だろうが!」
懐から片手用ショットガンを素早く放つが、当たるはずもない。
その異常な速度は想像主ですら把握していない不良体。
ただ、強く、速く、優しいをベースに造られた黒体である。
黒体は一瞬でウェポンとの距離を詰め、額を優しく小突いた。
「うっ!」
途端、ウェポンは地面へと崩れる。
僅か数秒の接触で身体のエナの九割九分を吸収され全身の感覚が狂う。
ウェポンにとどめを刺さず、静かにエナを持っているものを品定めするような目で窺う。
精霊界でも最強の指折りに入るであろうシンシアの黒体は
その場の全員を絶対的な恐怖で支配したのだった。




