六十八話 黒体
朔桜の策にハマり、エナを消費しきった“五色雲”エプンキネはその場に倒れた。
「うっ……」
エナを消費しきったはずのエプンキネは何故か目を覚ます。
「あ、起きましたか?」
エプンキネは笑顔を向ける朔桜の顔を見た後
手に握られていた宝具に目を移した。
「それは……神具か」
「神具?」
聞き慣れない単語に朔桜は首を傾げる。
「宝具と言えば通りは良いか? 八百万の神々が宿った“モノ”。それを神具、もとい宝具と呼ぶ」
初めての情報に朔桜は目を丸くする。
まさか、自身の装飾品に神が宿っているなど知る由もない。
朔桜の初めて聞いたという表情を見てエプンキネは溜息を吐く。
「呆れたものだ。そんな事も知らずに力を行使していたのか?」
「はい……凄い高価で特別なモノって認識しかなかったです」
朔桜は神が宿るペンダントを改めて見た。
認識を新たにしても特別感じるものはない。
「我は限界までエナを消費しきったはず……何故、助けた?」
「あのままだと寒さで死んじゃいそうだったので……軽く動ける程度は回復させました」
十月夜の北海道の山中は寒く、そのままエプンキネを放っておけば凍死していたかもしれない。
「甘いな……」
「ははっ! みんなによく言われますっ! でも、それは貴方もでしょ?」
「っ……」
「貴方が本気を出せば、私たちを全員を簡単に殺せたはずです。
でもしなかった。いえ、出来なかった。
貴方には守る覚悟はあっても、殺す覚悟が無かったんです」
「……もういい。やめてくれ」
敗北理由を自分の年の半分以下の娘に解説され
エプンキネは甚大な精神ダメージを負う。
「ずけずけと無粋な事言ってごめんなさい。
でもその優しさのおかげで私たちは生きてますっ!
貴方を本気で殺そうとする相手なら貴方も覚悟を決めちゃってたと思いますしっ!」
朔桜はエプンキネが死を悟れば、死を齎す存在へと変わると察して
殺意の塊であるティナとノアをこの場から遠ざけた。
その試みは見事なまでに事を上手く運んだ。
一日一度のみならば蘇生出来るカシャを前線に立て
エナを消費させる時間を稼ぎつつ、相手の覚悟の有無を窺う。
まさに魔人のように無常で、人間のように理知的な戦法である。
「ではっ! 先を急ぎますので私たちはこれで!」
朔桜が先導し、黒城を目指そうとすると藪を掻き分けて突然何かが出てきた。
その姿は人型。しかして、生命としての鼓動はなく、無機質な黒い土の塊。
見た目は朔桜の面識のある女性を模した姿であった。
「ヒシメ……さん?」
朔桜の言葉通り、月明りに照らされたその姿は
イシデムの鍛錬場で女性陣が稽古をつけてもらったヒシメそのもの。
だが、異質にして歪。この人間界に存在するはずもない。
ごく自然に朔桜の首元に手を伸ばすヒシメの黒体。
「っ!」
朔桜はつま先から頭頂部まで一気に悪寒が走る。
咄嗟の感覚で身体を捻り、間一髪で手をかわした。
「桜髪!!」
カシャが反射的に黒体を殴るも、まるでそこに元から根付いていた物質のようにびくともしていない。
それどころか殴ったカシャの腕が鬱血して血と神経の巡りが止まったかのように動かなくなった。
「ぐっ!!」
カシャの拳など目も眩れず、再び朔桜に手を伸ばす。
「弾けるエレ!!」
朔桜は即座に精霊魔術を放つも、電撃は黒体の中へと吸収された。
全身の鳥肌が止まらない。死の感覚が朔桜を支配する。
「どりゃーー!!」
伸ばされたか細い腕にデガロが重量化させた大木を腕に振り下ろすと同時に軽量化を付与。
脆くなった腕をへし折った。
腕の折れたヒシメの黒体は折れた腕をただただ見つめている。
その目には感情はない。その頭に理解はない。ただ起きた事実を受けているだけだ。
「大丈夫か、嬢ちゃん!!」
「デガロさんっ!」
「桜髪、今のうちに退け!!」
デガロの助けで朔桜は後方へと退く事が出来た。
「咄嗟にあれの腕をへし折っちまったが問題なかったか?」
「大丈夫……だと思います。助かりました、ありがとうございますっ!」
「桜髪、アレに触れるなよ……。触れただけでごっそりとエナを持っていかれるゾ……!」
腕がだらりと垂れたままのカシャを見て、朔桜が宝具を当てる。
カシャの言葉の通り、先の一瞬でカシャの持つエナの八割が一瞬で奪われていた。
「嘘っ、あの一瞬でこんなにもエナを吸われたんですか!?」
「ああ、その宝具を持つ桜髪ならまだしも、ドワーフは数秒触れられたら存在ごと吸われるゾ」
「存在ごとって……冗談じゃねぇ。なんで次から次へとヤバいもんが湧いて出るんだよ!?」
デガロが文句を言っている間に黒体は視線を一同に向ける。
だが、折れた腕を補修する事はなく、落ちた腕は少しずつ地面へと溶けはじめていた。
「見た目はヒシメさんていう精霊界でお世話になった人に瓜二つなんですけど
人間界に居るはずありません。それにアレからは生気を感じない。
アレはヒシメさんを模しただけの存在だと思います」
「壊してしまってもいいのか?」
カシャが戦闘態勢を取ると朔桜は険しく呻る。
「う~ん……本人への影響があるのか分からないのでなんとも……」
「そんな事言っとる場合かっ! 来るぞ!!」
前のめりで加速したヒシメの黒体が三人へと迫る。
「桜髪、どうするっ!?」
「えっと、えっと!」
「甘いな」
長い銛が黒体を容赦なく貫く。
上半身と下半身が分離し動く手段を失ったヒシメの黒体は攻撃してきた存在を視認。
だが、その瞬間、エプンキネの鋭い銛先が頭部を一突き。
黒体は頭部が破壊された事により塵となって跡形も無く消え去った。




