六十五話 五色雲 エプンキネ
“五色雲”エプンキネを名乗った男はたった一人で強者揃いの一同を相手にするつもりらしい。
「俺が速攻で終わらせます」
レオが拳を構えるとティナがそれよりも先に仕掛けた。
「私が速攻で終わらせる!」
アルレイア・インベルトに大敗した憂さを晴らすかのように猛攻を仕掛けるティナ。
魔装『八つ脚の捕食者』の脚を器用に使い
複雑な動きでエプンキネを翻弄する。
しかし、エプンキネは険しい表情を崩す事なく、木製の槍一本で八つ脚の猛攻を凌ぎ切った。
「……なるほど。そこそこ戦えるらしい」
「何よ。その上から目線」
エプンキネは銛に気術を流して強化。
ティナ目掛けて銛を穿つが、柔らかな身体で蝶のようにヒラリとかわす。
「当たらないわよっ、そんな単調な突き!」
猛攻していた間、絶え間なく周囲に張り巡らしておいた
『絡め捕る糸』をエプンキネ一点に集めるよう指を引く。
その瞬間、暗い森の奥から気術で纏われたライフルの弾がティナに放たれる。
「っ――――!」
ティナは弾丸に反応するが、ノアが一早くに衣で打ち払った。
「平気。向こうは気にしないで。先にそっち終わらせちゃって」
ノアはティナの方を見る事もせず、淡々と指示を出す。
「言われなくともっ!!」
再び指を引くと鋼鉄よりも硬い糸がエプンキネの全身を拘束。
鉄の塊でも一瞬でスライスされるほどの切れ味だが、エプンキネは人の形を保っている。
ティナは全力で引いている関わらず、全身に秘めていた気術を巡らせ、筋肉の鎧でギリギリ耐えていた。
だが、それも時間の問題。既に皮膚に糸が食い込み、引き裂かれ始めている。
「ぐっ! 抜かったわぁ!」
エプンキネが自身の過ちを認め死を悟ると
遠くの山奥が一瞬光り、何かが顕現した。
「っ――――! ヤバい! ティナちゃんっ!」
ノアの忠告と同時に振り返ると
光速の塊が一瞬にして糸をバラバラに切り裂き、エプンキネの拘束を解く。
「なっ――――!」
「キムンカムイ……イラマンテか……」
光は次第に形を露わにし、その爪と牙を剥き出しにした全身の毛が逆立った黄金の熊。
それが飛んで来た光の正体。神々しくも雄雄しいその立ち姿はまさに“神熊”。
熊は糸を狩り取るとその役目を終えたかのように周囲に散るようにして姿を消した。
「手を抜くな、という事だな……」
自分の中で何かを落とし込んだエプンキネの雰囲気が一変。
皆無だったエナが身体の中から湧き水の如く溢れ出し、川のように周囲に流れ出る。
「こいつ、こんな膨大な量のエナを!?」
あまりのエナの量にティナも一度身を退いて様子を窺うなか
異常なエナの流れに勘付いた朔桜がノアの衣の中から血相を変えて飛び出し、一点を指で指し示す。
「ノアちゃん止めてっ!! アレを出させちゃダメ!!」
「あれってどぉれ?」
何を焦っているのか分からないノアはキョロキョロ周囲を見渡すもそれらしいモノは見つからない。
それもそのはず。まだ顕現していないのだから。
「ほう、君には分かるのか。この“力”が」
エプンキネは嬉しそうに笑みを浮かべ、手を川へ向かって伸ばす。
「現れよ、北地を守りし一柱。彼の地に安寧を与えよ! 神魚! カムイチェプ!」
川を触媒として激しい水飛沫をあげ、激流の中から顕現した六メートルほどの巨大な魚。
鳥の嘴のように尖った上口。
無数に並ぶ鋭い歯。
分厚い身体は銀色の鱗に覆われ、黒炎のような模様が浮かぶ。
ボロボロの八つ鰭はその生き様を物語る鮭の神 カムイチェプ。
ロード・フォン・ディオスが統べる“八雷神”と同格の存在が朔桜たちの前へと立ち塞がるのだった。




