六十四話 山男の裸祭
北の大地に足を踏み入れた一行。
川沿いに着いてから数時間。
夜の険しい山道を進み、灯台のように輝く黒城を一心に目指す。
先導するのは夜目の効くノア。
その後ろに朔桜とティナ。
続いてレオ、カシャ、ラヴェイン。
逃げないよう中部にドクレスとデガロ。
最後尾に“人魔調査団”の三名だ。
息を切らして今にも倒れそうな朔桜がとうとう愚痴を溢した。
「これっ……本気の登山っ!!!!」
一人一つ持った懐中電灯をブンブンと荒々しく振り回す。
疲れて歩けない~とは言わないが、誰の目から見ても足取りが重い。
ちょっとやそっと鍛えただけですぐに体力が付くはずもなく
戦いを始める前から既に満身創痍。
周りの皆は幼少期から鍛え続けてきた怪物ばかり。
ヒーラー役の朔桜が一番疲労していると言ってもいい。
少し前まで普通の人間生活を送っていた朔桜の
人生初の登山が夜のカムイエクウチカウシ山というのはあまりにも過酷な話だ。
「先生! 朔ちゃんがゴネ始めました!」
ノアが挙手してティナに助けを求める。
「誰か背負ってあげなさいよ」
「大丈夫ですか? 俺が背負いましょうか?」
気を遣ってレオが手を差し伸べるとティナが鬼の形相で手を払う。
「男はダメッ! 女が背負えっ!」
「えぇ……」
ティナの形相に竦んだレオは小さく縮こまりたじろく。
「ノアちゃんっ……お願いできる……?」
「も~朔ちゃんはしょ~がないなぁ~」
朔桜がノアを指名し、ノアは衣で朔桜を楽々持ち上げると
落ちないように端を反り上げた。
「ごめん……少し休憩するぅ……」
朔桜は衣の上でぐったりと倒れた。
「“人魔調査団”の痴女。少しいいかしら?」
朔桜休息に入るやいなや、ティナがメイプルを呼び付ける。
「私の事?」
「他に誰が居るっていうの。少し面貸しなさい」
ティナが前方までメイプルを呼び出し、密談を交わす。
「いいの? それを貴女の独断で決めて?」
「いいのよ。私だから勝手に決めれる事だから」
「そ。なら遠慮なく」
話が済むとメイプルは“人魔調査団”の並びに戻った。
「何の悪巧みだ?」
「さぁね」
ウェポンが会話の内容を聞くもメイプルははぐらかした。
それから数十分歩いていると、ノアが川沿いに人影が佇んでいる事にいち早く気づく。
「さてと、お姫様が休んでる間に目の前のアレ、終わらせちゃおうか」
ノアの言葉で何かが居る事を察したティナは足を止め
魔装『八つ脚の捕食者』を構えた。
ティナが臨戦態勢を取った事により皆も異変を察知。
互いで視界を遮らぬよう扇状に広がり戦闘に備える。
ティナがノアの視線の先に懐中電灯を当てると
身長二メートルを超える長髪の大男の一糸纏わぬ全裸姿が照らし出された。
「…………」
ティナは無言で懐中電灯を山道に戻す。
「問題ないわ。野生の変質者だったみたい」
「いやいやいや!! 何、今の全裸の大男!?」
どう考えても異常な事態にメイプルが再び懐中電灯を照らすと
その場に男の姿は無かった。
「えっ、今そこに――――」
「うがー!!」
メイプルが照らしたと同時に、叫び声が轟く。
大岩のような巨体がラヴェインとスモークに飛び掛かり、二人を両腕に引っかけて山を削りながら滑り落ちてゆく。
「師匠っ!!」
「スモークッ!!」
カシャとウェポンが二人の身を案じるも
二人は互いに親指を立てていた。
「問題ないコレの相手は私に任せて先に行け」
「これはミーが相手するYO」
不足の事態にまるで動じず安心感のある二人は
闇の中へと消えてしまった。
「別に問題ないでしょ。まるでエナを感じなかったし大した相手じゃないわ」
ティナがそう吐き捨てると暗闇から反応が返ってきた。
「甘いな、子娘」
エナどころか生命の反応すらなかったところから男の声がする。
「ねぇ、また裸のおじさんが出て来たぁ~」
夜目の効くノアがうんざりとした声で呟く。
皆が恐る恐る暗がりを照らすと藤納戸色の柄鉢巻きと
褌のみを纏った眼つきの悪い筋肉質の男が立っていた。
手に持つ木製の長銛には鋭い鉄製のフックが付いており
柄尻の部分には藤納戸色の布が巻き付けてある。
「気の大小でしか相手の力量を判断出来ぬ未熟者は直ちにこの場から去れ!」
凄味のある声で一同を一喝した。
「次から次へと出てくるのが露出癖ばかりで困るわね」
「てめぇがそれを言うのかよ」
メイプルのブーメラン発言にすかさず、ウェポンがツッコミを入れる。
「話を聞いているのか? 弱者はこの場から去れ。
それとも、貴様らがあの塔を生み出した元凶か?」
銛を構えて敵意を露わにした。
この言葉から“九邪”の刺客では無さそうだという事が窺える。
「それを調べに来たんだっての。早々に失せろ」
ティナは次第に苛立ちを露わにすると、『八つ脚の捕食者』の脚を構えた。
脅しのつもりで構えた脚。
しかし、それにまるで動じる事なく、一同に立ち塞がる。
「出来ぬ相談だ」
「なら押し通るまで」
「良かろう。我こそは北の大地を守る“五色雲”、エプンキネ」
「あっそ。興味無いわ」
名乗りを上げたエプンキネに対し
それを軽くあしらうティナ。
九対一の圧倒的優位な状況で夜の山中で戦いが始まるのだった。




