六十三話 北の大地に集う者
捕らえた一文字咲を仕留め損なったが、これで不確定な要素が消えたのも事実。
正面に聳えるカムイエクウチカウシ山。
その山頂から伸びる異質な黒城を皆が見つめる。
「ここからならなんとか上陸可能です」
管制塔の船員が地図から登山道を割り出す。
通信機能も回復したため、船に追従していたオスプレイは清掃した甲板に降り立ち待機。
藤沢町で待機してるDr. にも連絡が取れた。
「みんな無事かい? 心配したよ……」
「みんな、とは言い難いけど、私たちは比較的無傷の部類よ。
色々あって“人魔調査団”と合流して空間の侵食反応地点へ向かう」
「オスプレイのモニターで現状を確認したけれど
あの黒城にエナの異常集中が確認されている。くれぐれも気を付けて」
「無論よ」
ティナが通信を終えると皆が朔桜たちが乗って来たオスプレイに乗り込む。
あの死地へ向かうのは、朔桜、ティナ、ノア、レオ、カシャ、ドクレス、ラヴェイン、デガロの八名。
そして“人魔調査団”からは、ウェポン、スモーク、メイプルの三名。
船に残るのは、仮面化されて以来怯えきってしまったボーノ、アート、スノーマンの三名と生き残った船員たちだ。
一同に助けられた船員は船の縁に並び、揃った敬礼で恩人たちを送り出した。
激しい高低差のある緑一色の広大な山々をオスプレイで越え、山間部の川まで辿り着く。
「ここが皆さんを降ろせる限界です」
パイロットが比較的開けた平らな場所に皆を降ろしてくれた。
“人魔調査団”が先に降り、一同が続く。
「ご苦労様。貴方は“人魔調査団”の船に戻り給油。迎えの合図をするまで待機していて」
「了解しました」
ティナが降りる寸前でパイロットが全体通信を個人通信に切り替えてティナを呼び止めた。
「あのっ! 個人通信で少しよろしいですか……?」
訝し気な顔をしたティナが個人通信へと切り替える。
「何かしら? 急用?」
「はい……えっと……追従時に上空からずっと船上様子を見ていたのですが……。
あの老人が同行していた仮面の少年を海に叩き落すのを目撃しました」
何かに怯えるようにそっとティナにだけ真実を告げた。
「なんですって? “人魔調査団”の金髪と相打ちになったんじゃないの?」
「違います。あの老人が諸共海へと叩き落したんです。どうかあの老人にはお気を付けください……」
「そう……情報、ありがと」
有益な情報の礼を言うとティナが降り立つ。
「今何を話してたの?」
朔桜が問うとティナはドクレス同乗の手前、回答を控える。
「後で話すわ」
「皆様、ご武運を」
全体通信に戻したパイロットはそのまま船へと戻って行く。
「待ってろよ、キリエ! ぜってぇ助けてやるからな!!」
レオは強く拳を握り締め、自身の決意を露わにする。
その気合いに釣られるかのように朔桜たちは足に力を入れ東側の川沿いから黒城を目指すのであった。
一方、西側の暗い森を慣れた足取りで進む集団が朔桜たちの気配を悟る。
「けっ、厄介な連中がぞろぞろと入って来たぞ、ユプケ」
「どうする? 全員追い出す?」
「がうがうがー!」
「全員潰すには時期尚早。動向を見て判断する方が良いだろう」
「このタイミングで来たという事は碌な奴らではない。
全て我ら“五色雲”が薙ぎ払い、この地を汚す元凶を断ち斬る」
五人の守り人は思いを一つに黒城を目指す。
一方、遥か南側の海岸にはセーラ服の少女が上陸していた。
「いやぁ、うちほんまについてるなぁ~」
自身の運の良さを自賛する“九邪候補”一文字 咲。
気盾で周囲を覆い海に飛び込んだため、濡れた部分は少しもない。
「おっ! 樹液の凝固も溶けとるやん」
メイプルの能力の効果範囲から離れたため、強固に固まった樹液は液体へと戻っていた。
刀を抜いて海水でじゃぶじゃぶと刃と鞘を念入りに洗う。
「これで綺麗綺麗や。あの禍々しい黒城はうちんとこのお仲間さんやろし
取り敢えず、合流して、はよ異空間で休みたいわ~」
咲は吞気に伸びをして軽い足取りで黒城を目指す。
強者たちが黒城を目指し集うなか、城内では全ての気配を目聡く覚るモノが一人。
「こんな短時間で人間界まで追って来るなんて。君は愛されているね……。
それにこの力に誘われて妙な連中も引き寄せてしまったみたいだ……」
“九邪候補”カテスが色調の違う青黒い衣装に身を包んだキリエの頬を背後から優しく撫でる。
「だが、私が“九邪”と成る晴れ舞台。せっかくの来賓の方々のお相手をして差し上げて」
カテスがキリエの耳元で静かに囁く。
「黒地―土眷。。。」
キリエが静かに手を前に伸ばし、淡々とした口調で術を唱えると
地面から十体の土人形“黒色十化身”が顕現。
「さあ、役者は揃いました。この死に絶える大地にて、前座の舞踏会を始めましょう」
カテスの合図で日の落ちた黒城に炎の明かりが灯る。
「踊り相手はご自由に。
しかして、我が渇望の黒城の姫と踊れるのは
心苦しくも一名様のみとさせていただます。
皆々様におきましては、私の掌で踊り狂って頂きますれば、光栄にございます」
カテスは観客の居ない広間でそう宣言し、一礼すると暗闇へと溶けるように消えた。
北の大地に強者たちが集い、人間界の存在を揺るがす大きな戦いの幕開けとなる。




