五十八話 完全敗北の記憶①
喉を焼くような熱した空気。
肌を焦がすような燃え盛る炎の中
互いに酸欠状態のティナとアルレイア・インベルトは雄叫びを上げながら
自分の命を懸けて憎き相手へと向かい合った。
因縁ある二人の決死の殺し合い。
ティナは魔装『視認できない剣』で渾身の一刀を放つ。
刃先がアルレイアの心臓部に届く寸前、横から突如現れた煌々と発光する人型粘土が割り込み
その強固な身体でティナ渾身の一刺しを真正面から受け、刀身をへし折った。
同時にアルレイアの能力《触爆》を宿した手は横から現れたスモークの機械の拳が押し返した。
「っ!」
「くっ!」
双方、もう少しだったのにと言わんばかりの声を漏らすと
邪魔をした相手に睨みを利かす。
「邪魔をするなッ!!」
「無粋な男がッ!」
アルレイアの怒号が響き渡るとスモークの義手が爆炎を上げて大破。
爆風により敵、味方同士の距離が開いた。
「オゥ……ミーの祖国の技術と叡智の結晶GA……」
スモークの義手からは細々とした機械部品がポロポロとこぼれ落ち
強固な太いワイヤーが剥き出しになっている。
「くっ……私の魔装もやられた……」
鋼鉄のような肉体に真正面からぶつかったティナの魔装『視認できない剣』は無惨にへし折れ使いモノにならない。
「よく練られたエナだったね。だけど、僕の身体にはまるで響かない」
言葉の通り人型粘土の身体には外傷はおろか、傷一つも付いてない。
「その姿を晒していいのか?」
「あっ……忘れていたよ。ま、別にいいか。もう僕のやるべき事は終えたし」
猛炎に包まれる中、吞気に伸びをする人型粘土は周囲の熱に苦しむ素振りすら見せない。
ティナとスモークは熱された乾いた空気や、内壁を焼いて出た有害な煙をあまり吸わぬように腕で口を抑えていた。
仮面をしたアルレイアの表情は窺えないが、彼も既に限界。
皆、気力だけでなんとか持ち堪えている状態だ。
そんな状況で人型粘土だけは吞気にアルレイアへ語り掛ける。
「鏡面、宝探しは終わったの?」
「……ああ。宝具はここに」
ウェポンから奪い懐に仕舞い込んだ銃を見せる。
「よし、今回の宝探しは鏡面の勝ちだね。
狐面と叫仮面は? 彼らのエナを感じないけど?」
「少し前に二体とも消えた」
「えぇ……狐面は玖寧のお気に入りだったのに。彼凹むだろうなぁ~」
「それにウォーゾーンのエナも先程消えた」
「あぁ、鉄仮面は黒髭の男にやられちゃったよ。代わりにその男を貰ってきたけど」
身体の中に手を突っ込み、新たに会得した仮面を取り出して指先で回す。
「ウォーゾーンが死んだのか?」
「うん。大きさを変化させる能力者に仮面を真っ二つに両断されちゃった」
人型粘土の言葉にスモークが反応を示した。
「大きさを変化させる……黒髭の男……まさKAっ!」
二人の会話に何かを察し、顔色が蒼白に変わる。
「君、彼の知り合い? なら、コレ使う? 出来が僕の趣味じゃないんだ」
指で弾かれた仮面を上手く受け取るとスモークは確信した。
言葉は発しなくとも、その仮面の正体を理解する。
「これは……ボーノ……KA……」
スモークは変わり果てた仲間の姿を見て怒りに震える。
その言葉を聞いたティナが目を見開く。
「人を……仮面に変えたのかっ!?」
「そうだよ。僕の能力《活仮面》は見ての通り、生物を仮面へと変える事が出来るんだ。
彼が付けている仮面も元は生物。僕のコレクションの中から不要な仮面を提供しているんだ」
「イカれた能力ね……」
「ああ、自己紹介がまだだったね。
僕は【採集】の位を与えられた“九邪”パーフェクト=フェイス」
朔桜から聞いていた世界を滅ぼしかねない危険な集団“九邪”の名を聞き
ティナは表情を凍らせ、無意識に身構えた。
「パーフェクト……フェイス? 随分と大層な名前ね……」
この灼熱の環境でも出てこなかった汗が、自然と額から流れ落ちる。
「ありがとう! 気に入っているんだこの名前。
仲の良い者はみんなフェイスって呼んでくれるよ」
フェイスは上機嫌に自身の愛称を語り出す。
「そんなクソみたいな情報どうでもいいわ」
「酷いなぁ……」
フェイスは両人差し指を突き合わせ明らかに凹んでいる。
そんなフェイスの後方から重厚な足音を鳴らしラヴェインが現れ、背後から二つの足音が続く。
「あぁ、狂気面追いついたんだね……ん?」
ラヴェインの後方にレオとカシャの姿を捉えた。
「その後ろの二人は?」
この船に来た時二人とは一度顔を合わせている。
だが、フェイスにとって雑魚など草木と一緒。
風景の一部でしかない。
「私の元弟子と新弟子です」
「そう。じゃあ、それも向こうに連れて行く?」
「……いいえ。貴方たちとはここでお別れです」
ラヴェインは事もあろうに真正面からフェイスとの対峙を宣言した。
「ん? どういう事? もしかして、“九邪”を裏切るって事かな?」
フェイスは無の表情で淡々とした言葉を放つとラヴェインは肯定の意味を込め、静かに頷く。
「まったく、“九邪”は本当に人望がないなぁ。
これだけ圧倒的な力を持っているのに。どうして敵対されてしまうんだろう?」
溜息を吐き首をガクンと下げる。
「じゃあ、もうここには用は無いし、全員殺――――」」
「マッコウパンチッ!!」
いち早く危機を感じたラヴェインの不意の拳が
フェイスの不気味な顔面を穿つ。
拳の衝撃は凄まじく、空気が震え、衝撃波が弾けた。
少し遅れてフェイスの身体が奥へと吹き飛ぶ。
「《軽重》重量化!!」
ラヴェインの仮面能力《軽重》を受け
フェイスの身体は鉛のように重く変わり、弾丸の如く壁を貫いて闇の中へと消えて行くのだった。




