五十六話 山頂の黒城
“九邪候補”一文字 咲をアートの能力《迷宮美術館》に封印した
朔桜、ノア、アート、スノーマン、メイプルはF2にて船に異変が起きている事を肌に感じていた。
「すごく暑い……」
スノーマンは額に玉の汗が浮かばせ、顔を顰めて文句を吐く。
そんな状況でも長い裾を捲ったり、首に巻いた長いマフラーを取る気はないらしい。
熱の原因を突き止めるため一同が温度の高い方へと向かうと
ウォーゾーンが空けた大穴から熱波が吹き上がっていた。
「溶けちゃいそうな暑さね……」
そう言ったメイプルの身体はギャグ漫画のように実際に溶けている。
「わっ!? 身体溶けてますっ! 溶けてますっ!」
慌てる朔桜とは対照的にメイプルは冷静に今後の方針を考えていた。
「暑さの原因は多分、最下層のあの強者……。
仲間たちや船のエンジンが心配。私は最下層に戻るわ」
「じゃあ私も」
スノーマンも即座に参加を表明。
「じゃあ僕も」
アートも参加を表明するとメイプルは顔を横に振った。
「駄目よ。貴方の能力は奴にはもう使えないじゃない。
それに戦いの最中、閉じ込めたもう一人が出てきたらもっと厄介な事になる」
「確かに……」
「だからアートは彼女たちと管制塔で母艦に異変がないか確認してきて」
「……うん、分かった。
二人とも、死なないでくれよ」
「ふん、誰に言ってるの」
スノーマンは迷いなく大穴に飛び降りる。
「あっあのっ! 金髪サイドテールの女の子とオレンジ髪の黒バンドの男の子と
ペンギンみたいな仮面の男の人は私の仲間なので戦闘は無しでお願いします!」
「分かったわ。貴方たちも気を付けて」
メイプルは優しい笑みを浮かべると落ちるように穴に飛び降りた。
アートは二人を複雑な表情で見送るとすぐに気持ちを切り替える。
「よし、管制塔は甲板にある。僕らはそっちに急ごう!」
朔桜とノアは強く頷くとアートの後に続いた。
船尾の方から急な階段を駆け上ると無事に甲板へと出る。
先導するアートは一面の血塗られた甲板を見てその悲惨な惨状に愕然とする。
そして、強く唇を噛んだ。
「惨状は聞いてはいたけど、これはかなりクるね……」
家族にも等しい船員を惨たらしく殺されたアートの怒りは心の内で燃え上がっていた。
怒りをなんとか堪え、今やるべき事を思い出す。
「すまない……行こう」
航空管制、航行を行うブリッチ。
三次元レーダー、通信アンテナがある母艦の脳部分。
甲板から突出した建物、それが管制塔だ。
電気系統はまだ生きているらしく、アートが壁に埋め込まれた機械基盤に
長く複雑なパスワードを打ち込むと重厚な扉が開く。
そこには驚くべき光景が広がっていた。
生き残った僅か五十三名の船員が集まって母艦を何とか保たせようと奮闘していたのだ。
目の前で何人もの仲間が殺されたにも関わらず、自分のやれる事を少しでもやろうと奮闘していた。
「アートさんっ!」
アートの存在に最初気が付いたのは、銃を構え扉を見張っていた若い青年だけ。
他の船員は自分のやるべき事に手一杯で前しか見えていない様子だ。
「……他の皆さんは? そちらの方々は……?」
青年の表情には疑念と戸惑いが窺える。
それもそのはず、母艦に似つかない戦闘服の元女子高生と
生後一歳と少しの小中学生程度の少女は明らかに場違いだ。
「スノーマンとメイプルはさっきまで一緒だった。この子たちは援軍だよ。安心していい」
アートが断言すると青年は素直に頷いた。
「それで、今この“ヒュージア・ブロード”はどんな状況なんだい?」
「F6で原因不明の火災が発生。メインエンジン四機中、船尾部二機が完全に破損。
一機が熱の影響で緊急停止。熱源から一番離れた前方部分の一機のみがなんとか現在稼働しています!」
「それは……まずいね。最悪、この母艦が沈みかねない状況だ。
せめてエンジェルと合流出来れば……」
アートは独りで呟きながら打開する方法を思考する。
そんな姿を余所にノアが進行方向を見て驚愕した。
「朔ちゃん見て! この先にお城が見えるよ!」
ノアが管制塔の外海が一望出来るガラスを指差した。
「お城? そんなの見えないよ!」
「この直進方向だよぉ! 大きなお城が見える」
「????」
朔桜が首を傾げるとノアの言葉を聞いた船員たちが騒めき出す。
「本当だ! アート、この先の山頂に真っ黒い城があるぞ!」
「場所と画像を出せる?」
「少し待ってくれ」
船員たちが機械を弄り始めると、少しして大きなモニターに漆黒の城が出現した。
山の上に構えられた漆黒で異質な洋風城。
周辺の木々は枯れ果て朽ち木と化し、城の周囲は分厚い外壁に囲まれ
巨大な城壁が構えられている。
内に九つの巨大な塔が聳え、三角形を象るように三柱が三つずつ形成されていた。
「場所は北海道、カムイエクウチカウシ山だ!」
「そこっ! 私たちが目指していた場所ですっ!」
朔桜が反応するとアートが船員に問う。
「向こうまで船は保つかな?」
「エンジンが直ればなんとか――――」
管制塔に五月蠅いくらいの警報音が鳴り響く。
「た、大変ですっ! 船底に穴が空いてバラスト水が船内に漏れ出ていますっ!」
「なんだって!?」
アートが急いで船の状況を表す画面を見ると下層が赤く点滅している。
「原因は!?」
「不明です! 炎による引火爆発か、物理的なものなのか……」
「この船が沈むのも時間の問題だな……。みんなすぐに脱出の準備を――――」
アートが船に見切りを付けると退避を促したと同時に下層の画面に変化が起こった。
「海水の浸水量低下! 室内の温度も急激に下がっています!」
「ふぅ……。スノーマンたちが上手くやってくれたみたいだね」
アートが一息吐くと温度が下がり止まっていたエンジンが再び動き出し
起動していたエンジンも安定化し母艦は安定航海を続けるのだった。




