五十三話 仇
七カ国空母艦“ヒュージア・ブロード”の最下層。
F6エンジン施設に落ちたティナは“人魔調査団”のスモークとウェポンと共闘し
鏡のような仮面を付けた魔人と対峙している最中。
武器を自在に使いこなすウェポンは懐から
どこに仕舞っていたのか分からない大きさの機関銃を取り出し
好き勝手に撃ち始めた。
「おらあああああああああああ!!!」
「ちょっと!! 何を考えている!」
ティナが大声で抗議するが、乱射する発射音で聞こえていないのか
無視しているのか判断は出来ないがやめる気は無いらしい。
そんな弾丸の雨の中にスモークは動じる事なく
丸腰で仮面の魔人へ突き進み、拳に気術を込めて殴りかかる。
一見無謀な行動に思えるが、弾はまるでスモークを避けているかのように
一発とて被弾していない。
むしろ、ほとんどの弾が仮面の魔人の動きを制し
少数の狙い弾は吸い込まれるように適格に急所へと向かってゆく。
これは二人の能力でもなんでもない。
卓越した銃火器を操る技術と信頼の成せる業だ。
動き辛そうな仮面の魔人は器用に弾丸をかわすも、目の前に迫るスモークの対処に困る。
「…………」
何も言葉を発せず、一度ピタリと動きを止めると
ウェポンの撃った弾を指で弾きスモークへと撃ち込む。
「MU!」
首を曲げ、眉間に弾き出された弾丸をギリギリでかわし
そのまま拳を打ち出すも、後方に退かれかわされてしまった。
それを見たウェポンは銃を撃つ手を止める。
「女、その濁った目で今の見たか?」
「ええ」
「アレはあいつの能力だ。野郎は弾頭も潰さずに指で弾いて
ケツの方から跳ね返してきやがる。
空気抵抗もあるにも関わらず、発射速度のマシマシだ」
「そんなの見れば分かるけど」
「ちっ……可愛くねぇ女だな」
「奴の能力は弾くだけでは無い!
色々なモノを出してくRU」
「色々なモノ?」
ティナが不足した説明に眉を寄せると
答え合わせをするかのように仮面の魔人は
右の手から小豆の詰まった布の玉とカラフルな輪を出した。
「何あれ」
「お手玉と輪投げの輪だろ! この国の遊び道具だ! 住んでるのに知らないのKA!!」
スモークが初めて感情を剥き出して怒りを露わにする。
彼はこの国のカルチャーが好きらしい。
「悪かったわね。玩具を買い与えてくれるような親はいなかったのよ」
ティナがその言葉を発した途端
今まで一言も声を出さなかった魔人が不気味に笑い始めた。
「クッフフフッ……フハハハ……」
「……お前、何がおかしい」
ティナは母の有無をバカにされ、鋭い眼で睨みを利かす。
ティナにとって実の母と育ての母との思い出は
何にも代え難い大切な記憶という財産だ。
それを笑われて許せるはずもない。
「いや、悪い事をしたと思ってな」
「突然、何を――――」
初めて言葉を発した魔人は、ティナの言葉に聞く耳を持たず
手にした輪を三人に向かって素早く投げ、指を鳴らした。
音に反応した輪は、爆炎を広範囲に撒き散らし爆発。
三人の周囲は灼熱の炎に包まれる。
「育ての親を目の前で失うなどそれほどに悲しい事はあるまい。
だが、無粋な侵略者には似合いの死に様であった。
強欲な簒奪者にそそのかされ、言われるがままに動く哀れな駒。
魔装一つであれほど戦える力を持ちながら
成り上がりの小賢しい“十二貴族”に縋り生きるとは実に嘆かわしい。
“トロステア”の娘よ……お前もそうは思わないか?」
魔人の言葉でティナの脳内に過去の忌まわしき記憶が一気に流れ込む。
音、炎、爆発、魔人。
記憶のピースが視覚情報と重なるまで時間は掛からなかった。
「嘘……だろ…………お前…………お前……お前ぇぇぇぇ!!!!!」
怒り狂い今にも飛び掛かり出しそうなティナの眼前に
指で弾かれたお手玉が飛んで来る。
「《触爆》」
「――――」
記憶の最後のトリガーを無理やりこじ開けると
お手玉の爆破で吹き飛び、床に転がったティナを見下ろす。
「因果なモノだな。だが、これこそが世界の巡り合わせ。
さあ、若き可能性よ。我が腕一つに見合うほどに成長したのかを
その形見『八つ脚の捕食者』を用いて愛しき親の仇である
我、アルレイア・インベルトに示してみよ」
ティナを慈悲で救い、愛情を込めて育ててくれた母
ミストルティを亡き者にした男が、長き時を得て、再びティナの前へとその姿を現した。




