三十二話 カムイエクウチカウシ山
朔桜たちは戦いの連続で疲れ果てた身体を休めるため
浴場でゆっくりと湯舟に浸かり、長旅の疲れを癒す。
束の間の深い休息。
フリーサイズの質素な寝衣に着替えると
施設に備えられた六人部屋の仮眠室に護衛のノアと一緒に睡眠を取っていた。
しかし、数時間後。
けたたましいサイレン音が目覚まし替わりに鳴り響き
暗い部屋に警戒を示す赤いランプがチカチカと点滅する。
「何事!?」
突然の出来事に飛び起きた朔桜は慌てふためく。
「ふぁ~敵襲?」
横で一緒に寝ていたノアと一緒にメインルームへ急ぐと既に全員揃っていた。
「いひひ、休まる暇がないね……。
残念だけど、空間の侵食反応だ……」
「それって……」
「ああ、あの影の能力だよ」
Dr.は既に空間の侵食を探知出来る技術まで会得していたのだ。
「で、場所は何処?」
朔桜とは対照的にティナは冷静に場所を問う。
Dr.は独自配置の大量のキーボードを打って細かい座標を特定。
異変の座標を大きな画面にマップを表示する。
「ここから遥か北の大地。場所は、北海道。カムイエクウチカウシ山だ」
「ほ、北海道っ!? そこには何があるんですか!?」
「見ての通りだよ。なにも無い。
正確には、ただただ自然豊かな大きな山々が聳えているだけだ」
「人間がいないなら派手に暴れられるわね。朔桜も文句ないでしょ?」
「自然や動物もいるんだからシンシアさんみたいに派手に周囲を吹き飛ばすのはダメだよ!」
「シンシア? 誰よその女」
「あは~、朔ちゃんも内心そう思ってたんだ!」
ノアがゲラゲラと笑う。
「と、とにかく! なるべく自然破壊禁止でお願いしますっ!」
「まあ、いいけど。朔桜、編成はどうするの?
一応ここにも武装した異国防衛対策本部の兵は在中しているけど
ここが落とされると厄介よ」
「それなら…………基地防衛として、ハーフ君、ワンちゃん、猫さんを置いていきます!
みんなの指揮はDr.に一任します!」
「了解した。よろしく頼むよ。ハーフ君、猫さん」
「ああ、任された、Dr.」
「もう猫さんでいいですにゃ……」
「ノアのペットにちゃんと餌あげておいてね、ねこさん」
「承りましたにゃ……」
「間違っても反逆なんて事は考えないことね。
いつでも鉛玉がお前らを蜂の巣にできるから」
「も、もちろんですにゃ……」
「じゃあ、すぐに行きましょう!」
「待ちたまえ」
気持ちが逸る朔桜をDr.が止める。
「皆、その恰好で行くつもりかい?」
自分の寝間着姿を改めて見て顔を真っ赤にして恥ずかしくなる朔桜。
だが、皆戦闘の連続で服はボロボロだ。
「朔桜ちゃんとノアは着て帰ってきた衣装も凄く可愛いけれど戦いには向いているとは思えない。
二人には主から頼まれていた特別な装備があるんだ」
「特別な装備?」
「わ~い」
「ティナちゃんもあれに着替えて行くといい」
「そうね、そうするわ」
「君たちには悪いけど、彼女たちのような特別製はないんだ。
重装か量産型の耐術インナーしか用意できない。
仲間を連れて帰って来るなんて想定していなかったからね」
「いや、十分に有難いゾ!」
「通路右手に個室の更衣室がある。皆そこで着替えてくれ」
「えっとその装備はどこです?」
「入れば分かるわ。行きましょ、朔桜!」
ティナに引っ張られるようにして朔桜は更衣室に連れて行かれる。
「やった~新しいお洋服だぁ~!」
「待ってくれ、ノア」
はしゃぐノアをDr.が呼び止める。
「なぁに? Dr.?」
「ノアには僕から特別なプレゼントがあるんだ。
本当は強化改造したいところなんだけど、如何せん時間が無いからね」
「特別なプレゼント?」
可愛らしく首を傾げるノアにDr.は
まるで親が子供に向けるような慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべた。




