二十八話 国家予算三年分
人間界に着いて早々、異国防衛対策本部駐屯地の防衛隊に襲撃されたが
全員怪我の一つもなく、無事世界を渡る事が出来た。
しかし、ティナの早々の派手な歓迎で
精霊界から渡ってきた一同は全員戦闘態勢だ。
「なんだこの女っ! 敵の新手か!?」
レオが拳を構え、ティナに敵意を向けた。
そうなるのも無理はない。
あれだけ苛烈な攻撃、絶対に死んでいないという信頼関係がなければ、普通に死んでいる。
カシャや、ハーフも今にも飛び出していきそうな雰囲気で警戒していた。
ティナはレオの行動に反応し、蔑むような冷たい視線で睨みを利かす。
「私と朔桜との会話中に割り込むなんて、死にたいのお前?」
ティナも当たり前のように殺意を向けた。
「桜髪、こいつは何者だ?」
カシャは対峙する少女の存在を朔桜に問う。
「この子は魔人の月星明。私の親友だからみんな警戒しないで」
「警戒しないでって……早々に殺されかけたんだけど……」
ハーフが呆れて文句を言った。
「あれは……一種の愛情表現みたいなものだから……」
「やっぱり、君の周りの子はどこか壊れているよ……」
一同を品定めするように見渡し、ティナは遅れながらに重大な違和感に気が付く。
「随分と短い間に雑多なお友達も連れて来たみたいだけど、あのクソ鴉は今ので爆散したのかしら?」
エナを探るも、居るはずのロード・フォン・ディオスの気配はない。
そして、もう一つの違和感に気が付く。
「朔桜っ! 貴女、魔力が……!?」
朔桜の暗い表情を見て、流石のティナも状況が呑み込めない。
「精霊界で一体、何があったの?」
「その件についてはDr.も含めて話したいんだ」
「そ~そ~ティナちゃん、Dr.はどこ?」
「Dr.なら、穴倉に籠っているわ。すぐに行きましょう」
すぐさま踵を返すとティナは防衛隊の隊長を指で呼びつける。
「新堂、即最速のジェット機を手配して」
「ジェット機では、この大きい生物を運べません」
「じゃあ、置いてくわ」
「ダメっ!! この犬はノアのペットなのっ!」
「い、犬?」
新堂も困惑している。
「無理よ。ここの指揮権は私にある。絶対に覆さないわ」
「明、どうにかワンちゃんも一緒に運ぶ方法はないかな?」
「何してるの、犬も運べる機体を用意しなさい」
ティナは一瞬で意見を覆す。
「では、あのオスプレイを用意させます」
「じゃあ、それで。私たちは先にヘリポートで待機しているわ。朔桜、付いて来て」
「ちょっと待って明!」
ティナを呼び止めると朔桜は精人門へと向き直った。
「世界の門よ、道を閉ざせ」
朔桜の言葉で大きく開かれた門は再び固く閉ざされた。
「よし。行こう!」
こうして再び世界と世界を繋ぐ門は閉ざされた。
ティナは慣れた様子で異国防衛対策本部駐屯地を歩く。
どうやら頻繁に出入りしていた様子だ。
移動中、朔桜とノア以外は興味深そうにキョロキョロと周囲を見渡す。
巨大な貨物移動用のエレベーターに乗ると
別世界の一同は何事かと警戒していた。
「これエレベーターっていう移動手段だからみんな警戒しないで平気だよ!」
朔桜が説明すると一同は警戒を解く。
「人間界ってすげぇ……」
「精霊界より遥かに発展しているゾ!」
「正直、驚いているよ」
レオ、カシャ、ハ―フは人間界に興味津々だ。
リョクエン、ペテペッツ、バグラエガも驚いている。
中でも、一番興奮していたのは、ドクレスだ。
「未知の素材に自動の扉、上昇運動開……無機物にエナが通っているのか!?」
目を輝かせ、起こる事全てに反応している。
「ん~そんなかんじ~~」
困る朔桜の代わりにノアが適当な返事で軽くあしらう。
「ていうか、明は随分とこの施設に慣れてるね」
「異国防衛対策本部駐屯地は私の統括だからね」
「統括って……ここ国の施設だよね?」
「Dr.が異国防衛対策本部駐屯地を買収したの。
国家予算三年分で一括買いよ。呆れるでしょ」
「国家予算三年分!?」
「ここの兵も給料三倍でそのまま買収。
それに魔界への門がある山一帯も買い占めて速攻建築。
地下研究所として開発している。あいつの手腕には驚かされるわ」
あのティナが他者を評価した。
今はそれほどまでにDr.の腕を買っているらしい。
朔桜たちが施設の外に出て巨大なヘリポートに辿り着くと
綺麗に澄んだ四天の空と広大な青い大海原
そして、二つが交わる境界線はパッキリと色の異なる水平線が一望できる絶景が広がっていた。
「綺麗~~!!」
朔桜はそのあまりの絶景に大きな声を出す。
「ここは標高の高い山の上だから。風も強いから落ちないように気を付けて」
落下防止用の柵はちゃんと付いてはいるが
朔桜は景色に見惚れて落ちかねないとティナは早々に忠告する。
「ていうか、朝なんだね。精霊界を出発した時は夜だったのに……」
朔桜が不思議そうに空を眺める。
「そうなの? 今の時間は朝の七時くらいよ」
ティナが腕時計を見て時間を即答する。
「(人間界と精霊界では時間がズレてるんですかね?)」
朔桜は脳内でイザナミに問いかけるが、返事はない。
「あれ?」
何かの違和感と同時に強風が朔桜を襲った。
風に煽られよろめく朔桜をティナが支える。
「平気?」
「うん、ありがと」
強風の正体は通常よりも巨大なオスプレイのプロペラ二つが巻き起こした
ダウンウォッシュと言われる吹き下ろし風だ。
着陸したオスプレイは普通の機体とは違い
内部構造がかなり広くとられていてプロペラの大きさも段違い。
これならバグラエガもどうにか入りそうだ。
「仕事が早いわね、新堂」
「ありがとうございます」
「えっと……こちらの方は?」
「自分は、異国防衛対策本部駐屯地隊長の新堂です」
綺麗な敬礼をした新堂。
それに釣られ、朔桜も敬礼を返す。
「わ、私は並木朔桜ですっ!」
「“並木”……失礼ですが、あの“六大神宮”の?」
「“六大神宮”?」
「“赤熱”“深川”“待風”“頼光”“一文字”そして、“並木”。
ご存じありませんか?」
「すみません……。ご存じありません……」
「朔桜っ! とっとと行くわよ!」
「あ、うん! では、失礼します! 待って~!」
ティナの大声に急かされ、朔桜は慌てて駆け出す。
全員の搭乗を確認すると巨大なオスプレイが大きな二つのプロペラを回し、垂直上昇。
異国防衛対策本部駐屯地から離陸する。
オスプレイが見えなくなるまで新堂は敬礼しながら一同を見送っていた。




