十八話 エルフの鉄拳
シンシアに迫り来るのは、精霊人ドクレスの火、風、水、地の四属性で形成された精霊術。
全ての既存する元素へ変化する液体、錬金核。
飛び散った百を越える銀の滴を魔人リョクエンの何かしらの力で
動くモノを指の動きに合わせて同速度で操っている。
シンシアは雷の精霊ベガの力で脚力を強化し、触れれば即死の滴をから逃げ、開けた地を駆け回る。
「ちっ! 足速ぇなおい」
リョクエンの文句を聞き、ドクレスが顔を顰める。
「一方向から攻めるな! 散らして数で囲い込め!」
「ったくうるせぇな、散らすとよぉ指が疲れんだよ!」
シンシアの後を追っていた攻撃が分散し、周囲を囲むように逃げ道を阻んでゆく。
「さぁ、詰みだな。どんな死に様をするのか、この眼でしっかり見届けてやるぜ」
リョクエンが拳を握り締めるとシンシアに向かって一斉に滴が集う。
それと同時にシンシアは背中から弓矢を手に取り黒塗りの鉄矢をドクレスに向かって放った。
「黒塗りの矢だろうと俺の眼から逃れられないぜ」
リョクエンが目を凝らし、放たれた矢を視認した瞬間。
「エレバーシュ!」
シンシアの詠唱で矢から強烈な閃光が放たれた。
「ぐああああああああ!!!!」
注視していたリョクエンの盛大な叫び声が夜の森に響き渡る。
「うぐっ!」
同時に防御面をリョクエンに任し切っていたドクレスは矢を腹部に受けた。
シンシアはその隙に一足で飛び上がるが、シンシアの動きに追従する滴は一つも無く
飛んで来た錬金核の滴を全てかわしきる。
無事着地すると地を転がっているリョクエンに向けて矢を番えた。
「視力が良すぎるのも困りものね」
地面には仮面を外したリョクエンが左目を抑えのたうち回っている。
「くそっ俺の目がああああ!!!」
シンシアが空を高くを見上げると白と黒の小さな斑模様の球体がゆらゆらと不安定に浮遊していた。
あれはリョクエンの目玉。能力《追眼》で目玉を三キロ範囲まで自由に飛ばす事が出来る。
事前に上空に目を配置しており、それを悟られないよう仮面で顔を隠していたのだ。
「見えないモノは操れない。その法則はメティニの能力と同じようね」
「俺様がぁ……そのメティニって奴の能力を持っているって何処で気づいた?」
息を荒くしたリョクエンがシンシアを睨むとシンシアは首を傾げる。
「気づいてなんていないわよ。ていうかやっぱりそれメティニの能力なのね」
「う゛っ……」
自分からネタをバラしてしまったリョクエンは言葉に詰まる。
「大体察しはついていたけれど。自分の手足みたいにその能力を操れていなかったし
自分の投擲武器で攻撃するといった機転もなかったから」
リョクエンはひとしきり笑うと潔く両手を挙げた。
「はっ、正解、正解。大正解だ。
俺ははなから戦闘向きじゃねぇし、爺さんもあの様子だし、降参するわ。
まぁ、殺しはしねぇよな?」
「もちろん」
「なら素直に従おう。あんたはどうする? ドクレスの爺さん?」
黒塗りの矢を腹部に受け、真っ赤な血を流し息も絶え絶えなドクレスは
立っているだけでも辛そうだ。
「エルフを異形種と虐げた事を撤回し、頭を下げるのなら処置してあげましょう。
急所は狙っていないし、その程度の出血量ならまだ助かるわ」
シンシアが提案するもドクレスは声を荒らげる。
「ふざけるな……! 儂は偉大な“四適者”じゃぞ!
異形種如きに下げる頭も弁明する言葉も無い!」
「そう。ならその出血で苦しみながら死になさい。
貴方が縋るその短い命を精一杯謳歌する事ね」
シンシアの冷たい言葉を受け、ドクレスの顔色がみるみると青ざめてゆく。
“死”というものを実感し、脳が恐怖に支配されてゆく。
「爺さんマジで死んじまうぜ?」
「リョクエン助けろ……」
「嫌だよ。死にたくねぇし」
リョクエンにも見捨てられたドクレスは最後の手段に出た。
「……ならば、もうよい! 全員道連れじゃ!」
地面に両手を着き、精霊術を詠唱を始める。
「太陽は火、天は氷。星々は火」
雲が渦巻き、空が怪しく濁る。
「火、風、土、水。四属性を司る四世界。
我は人であり、獣であり、霊であり。
高貴な魂は高貴な存在へと還る」
大地が揺れ、木々や精霊が騒めく。
「天地開闢! 原初――――」
「制・裁!」
シンシアの鉄拳がドクレスの腹部にめり込む。
「正直、舐めていたわドクレス……。
今の攻撃が放たれていたならば周辺の生命はもちろん、精霊界が滅びていたかもしれないわ」
ドクレスが放とうとした精霊術は
シンシアが慌てて止めに入るほど強大な精霊術であった。
「とりあえず、無事勝利っと……。
急いでみんなと合流しなくちゃ」
シンシアは腰袋から縄を取り出し
リョクエンとドクレスを縛り上げ
出前の蕎麦のように二人を掌に載せて仲間を探すのだった。




